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『兵長』のすき間


*『兵長』のすき間*



 さて、私はとあるサイトで小説を書いて投稿するという、中二病?的なことを始めたわけだが。


異世界というキーワードのせいか、その作品を見た人というのはある程度いるようだ。PVという、数値で表される。


しかし、作品に対する評価や、感想というものがないので、いまいちよくわからない。


読んだのかどうかも不明のまま。とりあえず、連載という形式にしたけれど、ブックマークもゼロのままだ。


うん、つまりは、開いただけで興味が無い、ということですよね。知ってた。



 私はそのサイトではずっと読み専門だった。書くことはあんまり意識していなかった。


だけど、投稿するようになって初めて、他の人達はどんなことを思いながら書いているのかと考え始めた。 


んー、Twittre、のアカウントでも増やしてみようかな。


お気に入りの作者の方々をフォローしてみようと思う。


 この春は、やることが決まったなー。






 そういえば、ゴールデンウィークの頃になると思い出す猫がいる。


その猫はやっぱり母が拾ってきたが、うちには既に猫が二匹いたので、その猫は一週間もしないうちに、弟の友達の家に引き取られて行った。


雄の子猫で、生後約二ヵ月くらい。サバトラ柄の灰色系だ。


それはそれは短い付き合いだったけど、名前は『兵長』、もちろん名付け親は母である。


「ねーねー、『リヴァイ』とかどう?」


母は「進撃の巨人」のリヴァイ兵長のファンだった。


しかし、猫の名前としては呼びにくいってことで、『兵長』となった。


「へーちゃん、へーちゃん」


母は自分で付けたくせに、『兵長』と呼ばずに『へーちゃん』と呼んでいた。


まあ、その方がかわいいから、いいかー。






 事情により、私の家はすでに兼業でも農家では無くなっている。が、その頃がこの地域の田植えの時期になる。連休を利用して家族総出で、というのが今までの風物詩だった。


しかし最近はご近所の風景も少し変わってきた。


田植えや稲刈りだけは、日頃農業などやっていない若い人達が手伝ったりするのだが、彼らだって連休は休みたい。遊びたい。というわけで、連休前には田植えを終わらせるようになった。


さらに近年、後継ぎもいない農家では、作業するのは農協などで頼まれた専業の人達だったりする。彼らは平日の作業が可能なので、連休前に田植えが終わる。


そんなわけで、ゴールデンウィークはご近所はみんな遊びに出掛けるようで、普段の日曜日より静かである。


 

 連休だからといって、私は特にどこへ行くわけでもない。せいぜい、車で一時間くらいの母の実家に顔を出すくらいである。


ついでに本屋まわりもいいな。うん。でも渋滞してそう。ということで、やっぱり結局は、家でだらだらしているだけなのだ。


 

 その日の夕方、お天気の良さに窓を開けて、本を読んでいた私は、何かの声を聞いた。


「なんか聞こえない?」


同じ居間でゲームをしていた弟に聞いてみる。 


「んー?」


根っからのゲーマーである弟は見向きもしない。



 しかし、翌日も、その声は聞こえた。


「あれ、猫じゃね?」


「かなあ」


みー、みー、と子猫の声がする。昨日は何だかわからなかったけど、今日ははっきり聞こえる気がした。


弟とそんな会話をしていたら、母もやっぱり気になるらしく、外へ出て行った。


しばらく家のまわりをうろうろしていたが、その日は何事もなく帰ってきた。


 



 三日目になると、さすがに声が弱くなってきた気がした。


「なんか、お隣のような気がするんやけど」


母は昨日めぼしを付けていたらしい。うちの猫の餌のカリカリを少し手に持って、また出て行った。


そして、しばらくして私と弟を呼びに来た。


「おそらく、ここにいると思うんや」



 母が指さしたのは、隣の家の玄関の横にある、エアコンの室外機である。


そこはちょうど凹でいて、土の上に足付きの台があり、その上に室外機が乗っている。そしてそのすぐ前に、猫の餌が撒いてあった。



 しらばく黙って静かにしていると、みーみーと鳴き声が聞こえ始めた。


そして、室外機の下から小さ灰色の毛玉が、おそるおそる出て来た。警戒より腹ペコが勝ったようで、かりかりと餌を食べ始める。


私達は顔を見合わせて、にへらっと笑った。



 しかし、ここは他人の家、しかも玄関先である。私達家族はそそくさとその場を立ち去った。


隣といっても、私の家との間には田んぼと道路がある。隣接しているわけではない。


お隣の家は、以前は二世帯同居していたが、定年退職した老夫婦がここからさらに田舎の方に家を建ててそちらに行ったそうで、今は若夫婦と小さな子供達だけである。その若夫婦は、連休中は奥さんの実家に帰省中のようで、誰もいない。


 やっぱり他人の家の敷地というのは入りにくい。いくら田舎でも、何の断りも無く敷地内で子猫を捕獲するのは難しかった。





 

 翌日もいい天気に恵まれた。


母はやっぱり気になるようで、ちらちらと隣の家の様子を見ている。相変わらず若夫婦の姿は見えない。


夜は比較的おとなしくしているようで、声は聞こえないが、朝になるとやっぱり聞こえ始める。


 

 母はこっそり水や餌を運んでいたが、その日の午後になってボロのタオルを一つ持って出て行った。


戻って来た母の手の中には、タオルに包まれた灰色のサバトラの子猫がいた。


「足、ケガしとる」


子猫は衰弱しているのか、あまり抵抗はしなかったようだ。右の後ろ足の指のところが、ざっくりと切れていた。血は止まっているようだったが、白い骨が見えた。


ケガを見た母はもう我慢できなかったようだ。後で謝ればいいやーと、子猫をさらって来た。



 とりあえず、母は家にあった猫用のキャリーバッグに、新聞紙やいらないタオルを入れて子猫の寝床にした。


そして翌日、連休明けに、獣医さんへ連れて行った。


傷は思ったより酷くなく、ちょうど指と指の間、骨を避けていたようで、これならすぐ治るとの事だった。


先住猫達は薬臭い子猫に、はじめは近寄ろうともしなかった。しばらくして、やんちゃな猫は近寄って子猫を覗き込んでいたが、臆病な猫は遠くから見ていた。



「お隣さんには後で話してくるわ」


他人の敷地内にいたのだから、勝手に決めるわけにはいかない。若夫婦と子猫をどうするか、話をすることになる。


その日の夕方、やっと帰宅したお隣の若奥さんに母が突撃していった。猫のキャリーバックを持って。


「あー、いえー、うちは子供が小さいから飼えないし、どうしようかって悩んでたんですー」


数日前から子猫がいたことは知っていたらしい。あのエアコンの室外機の下にずっといたわけではなくて、ウロウロしていたのだろう。親を探していたのかも知れない。一体どこから来たのか、サバトラ模様の猫はこの近所にはいない。


「じゃあこっちで貰い手探してみるねー」


そう言って、母は子猫をそのまま連れ帰ってきた。


そして、名前を決めた。面倒を見るにも名前がないと都合が悪いらしい。






 弟が子猫の写真を撮りまくっていた。


「友達が欲しいって」


SNSで飼い主を募集したら、専門学校時代の友達から返事が来たそうだ。


レトルトの子猫用の餌を数個と、獣医さんにもらった薬を持たせ、三日後に「へーちゃん」は貰われて行った。



 何日かして、弟が私にスマホの動画を見せてくれた。


そこにはすっかり元気になった「へーちゃん」がいた。


足もすっかり治ったそうだ。名前も今は「うーちゃん」っていうらしい。


それからも何度か写真や動画が送られてきた。今ではすっかり大きく成長してイケ猫になっている。



 それでも母はその後しらばくの間、どこかの家のエアコンの室外機を見ると、……覗き込んでいた。



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