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猫とニートと底辺作家 作者: さつき けい
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『しゃあ』と私


*始めるきっかけ*


 悲しいことがあった。

胸が痛くて、なかなか涙が止まらなくて。でも仕事に行くには笑顔が大事。

今日も一日がんばろう。そういう気持ちにならないといけないのに。

(何か他のことを考えなくちゃ)

 ノートパソコンを開く。いつものサイトを開く。じっと見つめる。 

何かが変わるだろうか。私はそう思ってキーボードを叩く。……自分のためだけに。



*『しゃあ』と私*



「おいで、おいで」

 たまにうちの猫をかまおうとすると逃げられる。

やっぱり猫は下手にかまわないほうがいいんだなあ。

今日は休日、いい天気。一週間ぶりの洗濯をしながら、縁側で猫を見ている。

 女、31歳、派遣社員、実家暮らし、両親は事情により今は他県にいる。

家にはニートで自称・コミュ障の二つ年下の弟と、猫が二匹。

 田舎はいいぞ。

目の前は田畑、縁側の猫はどこでも出入り自由で、首輪が付いていないと完全にノラだ。

「あむろ、また後でね」

「にゃあ」



 うちの猫の名付け親は母である。近所の子供が三人。まったく同じ柄の子猫を二匹、どこかで見つけたらしい。うちの前の道路で、きゃあきゃあと大声を出して遊んでいるのが見えた。

田舎の大人は子供達が危ないことをしないか、知らない子供でも見ていることがある。

「あんたら、その猫飼うの?」

飼わないなら離してやれと言い放つ。何せ保育園児のことだ、ぞんざいに子猫の体を掴んでいる。

子供達はびびって手を放す。母はその子達が裏のアパート住まいだと知っている。

「貰い手を探しておいで。その間、うちで預かっておくよ」



 母はそうやって二匹の子猫を拾って来た。

『しゃあ』と『あむろ』

雄と雌の、同じ柄の子猫である。すぐに身体を洗い、獣医に連れて行く。よく食べるが、ばりばり警戒している。

おすの『しゃあ』の方が、めすの『あむろ』より少し大きく、身体の色が濃い。キジトラという柄だそうだ。

あむろのしっぽは完全なカギしっぽで短い。しゃあの方はまっすぐに見えるが少し短いと思っていたら、先っぽだけがわずかにカクっと曲がっていた。

 当時パートで働いていた母は、空いている時間はずっと子猫達を見ていた。

かまいたくて仕方ないみたいだが、耳が後ろに倒れ、縮こまっている子猫は無理に抱くのは気がひける。

「大丈夫だよー。ほら、お食べー」

 しかし、すぐに母は餌付けに成功していた。



 春のうららかな休日。

私は掃除を済ませ、洗濯機のスイッチを入れた後、まだ出しっぱなしになっているコタツに入る。うちの地方はまだ必要なのだ。

ノートパソコンを立ち上げる。買い替えたばかりのテンキー付きだ。色は濃グレー。

「しゃあ、ここにいたの」

コタツの中には、もうすぐ三歳になる大きな雄猫が伸びていた。のんびり動いて場所を開けてくれる。

 成猫になったしゃあは、元からの性格なのか、すごくおとなしい。

たまに近所の子供達がひなたぼっこの邪魔をしに来るが、あまり気にしない。ひっぱられたり、掴まれても、滅多に怒らない。

ここ三ヶ月ほど、大好きな母がいないので、ぼーっとしていることが多い。

母がいると、しゃあはずっと母の後ろを追いかけて回る。外に出ても、母が一声呼ぶと「にゃあ」と返事をして、すぐに戻ってくる。

らぶらぶである。



 カチャカチャカチャ。

私がキーボードを叩いていると、二階から弟が下りてきた。痩せてがりがりだが、背は高い。

冷蔵庫を開ける。何か取り出したのか、電子レンジのスイッチを入れている。

「それ、私のお昼なんだけど」

無言でレンジの中身を取り出して、乱暴に流し台に放り出す。大きな音が響いた。どすどすと二階へ上がっていく。

「まったく……働きなさいっての」

バイトでも行けばいいのに、と思う。田舎でもコンビニくらいはあるし、今は人手不足で年中募集はある。

あれでも田舎では見た目は良い方なのだ。うん、ちゃんとすれば、だが。




 事件はその夜に、いや、翌朝に発覚した。

いつものように夜中に猫の集会に出掛けていったしゃあが戻らない。

「しゃあー、しゃあー」

私が呼んでも返事はしてくれないが、ご飯の時間に帰ってこないのは珍しい。

あむろが足下で「にゃあにゃあ」とすりすりしてくる。

仕事に出掛けなけらればならないので、餌の用意をする。

「あむろ、しゃあの分、残しておいてあげてよ」

そう言って外に出る。

 家の前はこの町の中心を通る道路である。センターラインはないが、道幅は広めだ。

車を出すために道路に面した車庫のシャッターを上げる。

「いい天気ー」

空を見上げ、ふと、向かいの家の塀を見て、固まった。

「しゃああー!」



 しゃあは、もうすでに硬くなっていた。

車にはねられたのだろう。でも塀の脇に横たえてあったということは、誰かが動かしたようだ。

しゃあの体は硬かったが、とても綺麗な毛並のままだった。口から少し血は出ていたが。

 思考が止まりそうになったが、なんとか足を動かした。

家に戻ると大声で弟を呼ぶ。泣き叫ぶような声を聞いて、ただことじゃないことはわかったのだろう。いつもなら昼まで寝ている弟が降りて来る。

涙を堪える私の姿を見る。さっきの声も聞いていたのだろう。

「しゃあ、どこ?」

そういうと、すぐにサンダルをひっかけて外に出る。少し遅れて、私も外に出る。

弟は、しゃあに少し触れると、すぐにこっちに戻って来た。

「ねえちゃん、仕事行きなよ」

あとはやっとく。そういって弟は新聞紙と段ボールを家から持って来た。



 田舎は車がないと何も出来ない。仕事も買い物も病院も、何もかも。

朝のラッシュというものが無いだけマシだ。隣接市の、今回の派遣先まで知らないうちに着いていた。

ずっと頭の中がぐるぐるしてて、意識しないと涙があふれそうだ。

駐車場で必死に目がしらを抑え、いつも鞄に入れている目薬をさす。

「おはようございまーす」

なんとか今日一日もたせなければ。



 昼に、母にメールした。

返事はすぐには来なかった。

夕方、携帯を見ると『ありがとうね』と返事が来ていた。

家に帰ると、玄関の横の松の木のある前庭に、人の頭ぐらいの石がどんっと置いてあった。今朝まで無かったものだ。

『ねえちゃん、花、買ってきて』

メールが来ていたので、花屋に寄って買って来た。

石のそばに一輪の菊を置く。仏壇から持ってきたらしい線香が一本、土に刺さっていた。

手を合わせる。

「しゃあ、またね」

私の猫ではないけど、きっと虹の橋のたもとで会えるだろう。そう思うことにした。




 私は自他共に認める活字中毒だ。おまけにネットジャンキーだ。

普通の高校を出て、成績が良かったから少しいい企業に就職出来たけど、その会社も去年辞めた。

今はいくつかの派遣会社に登録し、細々と生活している。

そんなだから、あまり自分の趣味にお金をかけるのは気が引けて、小説の単行本を購入するのを減らし始めた。

その頃に、ネットの友人から勧められたのが、ある「小説を投稿するサイト」だ。

(無料で読めるんだ)

そこには、すでに出版されている作品もあり、それを無料で読めるのはありがたい。



 そして私は今日、初めての投稿をする。

誰が読むんだこんなもの、自嘲気味にパソコンを操作する。やり方は少し前から興味があって調べていた。

でも、「これ、やったら絶対黒歴史になるよね!」と分かっていたので、投稿する気はなかった。

 だけど、今、私は凹んでいる。

うちの猫はかわいい。特にしゃあは本当に大人しくて、賢くて大好きだった。

私が人間関係で会社を辞めた時も、弟が就職難でことごとく受けた会社を落とされても、父に難病が発見された時も。

その頃、母が夜中に目が覚めてお手洗いに行く時、しゃあは黙って付いて来て、部屋に戻るとまたいっしょに寝ると言っていた。

しゃあの一番は母だった。考えただけで涙が溢れそうになった。

(何かが変わるのなら)

私はその日、サイトの『作者』に名前を並べることになった。


 
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