不可解な自分
さて、翌日。私の翼を掛け布団に無事就寝したリオルカが起き出すのを日の出を眺めながら待つ。ここは頂上だから、よく見える。良いものだ
それにしても、この人間のどこか頑固そうな雰囲気、どうにも既視感を覚える。以前、気まぐれでかかわってしまった人間…そう、そいつの雰囲気に似ているんだ。何十年かくらい前だったかな。ドラゴンにとっては短い時だったが、人間にとっては長い時だ。向こうは私のことは忘れているだろう
ところで、この人間はいったいどこの金持ちなのやら。家出ならこんな所には来ないだろうし、彼を手当てした時に見た体の傷にはヘルヴォルフの爪痕や牙の跡の他に、刃物によるものもあった。だとしたら、追われていたのかもしれない
今更だが、厄介なものを拾ってしまったらしい
「…っ……」
不意に小さな呻き声が聞こえて慌てて翼を持ち上げてリオルカを覗き見た。瞳は閉ざされたまま、まだ起きたわけではないようだが、その寝顔は険しい。なんだ、うなされているのか、ってこれ起こしたほうがよくないか
「う…っ…」
険しい表情でうなされながら、リオルカは何かを掴もうとするかのように手を伸ばしている。いや、何かを求めるように、か?
「………」
私は翼をたたみ、人の姿になると、リオルカが伸ばす手に自分の手を伸ばした。しかし、触れる寸前でピタリと止める。しばらく逡巡した後、そっとその手を取った。すると、彼は私の手を強く握った。力強いなぁ
「ん…」
自分が何を思ってこの行動に出たのか、実は自分でもよくわかっていない。これは、まるで同情じゃないようだ。悪夢にうなされいる者の手を握るなどまさにそれ。けれど私は人間に対してそんな感情を持ち合わせるような心は持っていない。なら、どうして私はこんな行動に出たのか
己の行動に首を傾げていると、ふとリオルカの手を握る力が弱まっていることに気が付き、彼の顔に視線を移すと、彼の双眸が緩慢に開けられていた。焦点の合わない瞳が揺れ、そして私を捕えると、じっと見つめてきた。吸い込まれそうな群青に魅入られる
「…ルシア?」
掠れたリオルカの声に、はっと我に返る。なんか調子狂う…
重苦しい疑問にため息をつきそうになる。自分の行動理由が分からないなんて日が来るとは、私もまだまだ若いということか。前世が人間だっただけに、五百余年という時間をとても長く感じてしまった。ドラゴンにとって、千年程度でやっと成人のようなものなのに。すると私は今10代ということか。いや、人間に置き換えて考えるのはやめよう
リオルカは未だに呆けている。この人間は不思議だ。その魔力だけでなく、彼の、なんというか、オーラがただの人間とは違う気がする。だからなのか、平常人間に抱く仄かな憎しみが全くと言っていいほど浮かばず…これ以上、思考に浸るのはよくない
「寝坊助くん。まだ寝ぼけているのかい?とっとと起きたまえ」
無理矢理いつもの調子に戻り、声をかける。リオルカに握られている手を離そうとすれば、逆に再度強く握られてしまった
「何故に握り返す!?」
思わず声が上擦ってしまったではないか。なんという失態
リオルカはぼんやりとしたまま何も答えず、体を起してしばらく動きを止める。彼は視線をゆるりと動かして己が握る私の手を見つめる。そしてポツリと呟いた
『光…』
古代語で呟かれた言葉に背筋が冷やりとする。リオルカはそんな私に気付かず、大きな欠伸をこぼした
「ルシア、どうした?」
澄んだ群青が私を見つめている。私は盛大なため息を吐いて立ち上がり、そしてわざとらしくにっこりと笑った
「朝飯にしようか、寝坊助くん」