マイペース
人に恐れられるこの姿を美しいと言ったこの男を、変わった奴だと思った
以前、とある獣人が置き捨てていった外套を引きちぎって作った包帯もどきを巻く時に気付いたことだが、この男の魔力は人間にしては珍しいものだった。量だけならば人間の中位魔術師、エルフの下級魔法使いとそう変わらない、世界的に言えばありきたりなものだ。しかし、その質が違うのである
一般的に魔力というのは血液のようなもので、この世の生命には必ずと言っていいほど体内に存在する。そしてその魔力は、増やすことが可能だ
さて、彼の魔力は普通では無かった。量はありきたりなものであるが、彼の魔力は“濃い”のである
これは食塩水に例えよう。普通の魔力というのは、コップ一杯の食塩水に塩を追加しても、まだ溶けきることができる程度の濃度だ。しかし彼の魔力は、コップ一杯の水に溶けきることのできる限界までの塩が溶けている状態。マッチくらいの火を点けようとして彼が火の魔術を普通に使用した場合、一軒家を包み込んでしまうほどの炎が生成されてしまう、ということだ。総合的にはエルフの中級魔法使いに匹敵する
ん?どうしてそんなことがわかるのかって?ふっふっふっ、公式チートのドラゴンには体に触れただけでそんなことパパッとわかっちゃうのさ
ちなみに今、彼にここがどこなのか、ヘルヴォルフたちとの会話に使っていた思念話の話などを聞かせ「ひとまず聞きたいことは聞いた」と言った彼に「今度はこっちの番ね」と言ったところである
「じゃあ、とりあえず、君の名前は?」
「リオルカだ」
「いくつ?」
「… 21だ」
「仕事は?」
「一応、魔術研究者だ」
「ふぅん、魔術師ではないんだ」
魔術師としては便利な魔力の持ち主なのに、と思っての発言をすれば、すごいしかめっ面で舌打ちされた。え、何このリアクション
「俺は魔術が使えない」
… はい?あれ、たしかこの辺の国の人間は皆、少なからず魔術を習ってるんじゃなかったっけ?
「どういうこと?」
「… 魔術を使おうとすれば必ず暴走する。挙句、その後は決まって寝込むハメになる」
「あぁ… あ~、そういうことか。なるほど、まぁ君みたいな魔力の持ち主は珍しいもんね」
一人で勝手にうんうんと納得していると、リオルカが本日三度目の愚行、起き上がろうとして傷の痛みに悶える、ということをしていた。何してるのさ、君
「あんた、俺が何故そうなるのか知ってるのか!?」
ものすごい剣幕で聞かれて思わず彼の身長ほどある頭を引く。すると、彼はハッとして瞳を伏せた。何やらただこどではない
あ、忘れていたが彼の希望でドラゴンの姿のままである
「うん、知ってる。傷に障るからとりあえず落ち着こうか」
「あ、あぁ… 」
浮かせていた頭を草布団の上に戻させて、深く息を吐く。痛みに顔をしかめているリオルカを視界に収めつつ、思考にふける
今までの会話から、この人間が私に損害をもたらすような存在ではないことは判断しかねるが… 大丈夫、のような気がする
ひとつ、瞬きをすると人型をとった。怪訝そうな表情をするリオルカのそばに跪いて、その綺麗な群青色の瞳を見つめる
「君との話は、どうやら長くなりそうだ。だから、話がしやすいように君の傷を治す」
群青が丸くなるのを見てから、スッと顔を鼻先が触れ合いそうな程に近付けた
「だが万が一にも思い上がるなよ、人間」
少し低い声を出して冷ややかに告げる。まんまるになっていた目の前の群青は、されど不意に穏やかになる。私は彼が頷くのを待っていたが、果たして、彼が返したのは返事ではなかった
「やはり、綺麗だな」
「… え?」
「あんたのその瞳のことだ。王城の白竜は紅い瞳で、あれも美しいと思ったが、俺はあんたの金色の瞳のほうが、好きだ」
思わずきょとんとした後、数回瞬いてから片手で顔を覆うと深くため息をついた
こいつ、脅されているというのに考えるのは私の瞳のことなのか。なんというマイペース。正直、褒められて嬉しくないわけではないというかめちゃくちゃ嬉しいのだが、一応、それは顔に出さないでおく。しかしまあ、本当に変わった奴だ
私はリオルカの返事を待つことをやめ、手をリオルカの胸の上に置くと口早に『治れ』と古代語で、半ばやけくそに言い放った。古代語というのは文字通りかなり昔の言語で、古代語を用いることで魔力を使いやすくし、操る。そして、古代語で何かを約束した場合、それを破ることはできない
「!?痛みが…」
胸に手を置かれてから傷が治るまでがほんの数秒だったためか、リオルカは呆然とした後、バッと起き上がって自分の体を確かめるように触っていた。あぁ、なんか面倒になってきたなぁ…
人間が魔術、エルフは魔法を使います
そして、エルフは非常に魔力が高い種族です。人族の中で魔力の扱いが最も長けているのがエルフ