表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜の唄  作者: ナル
第一章 転生
9/44

8話 白竜

 白い竜は思う。

 愛する我が子がいなくなってしまったら耐えられないと。


 白い竜は思う。

 それでもいつかは巣立ちを迎え、独り立ちしていくのだと。



 白い竜は今、巣の近くの湖付近を殺気にも似た不穏な空気を撒き散らしてウロウロとしている。

 付近にいた小動物や昆虫は既に撤退済みだ。


 今朝、竜の巣に侵入してきた愚か者がいた。

 巣に近付いた時点で魔力の流れが変化するので、どんなに巧く身を隠そうが竜の眼には見えてしまう。

 蛇が音も無く巣に侵入したのを白い竜は感じていた。

 だが彼女はそれをわざと見逃した。


 はるか昔、彼女にも子竜時代があった。

 その時自身が初めて戦った相手が大蛇なのである。

 結果は惨敗し丸呑みされてしまったがその時の経験は今も生きている。

 負けた瞬間に母親が飛んで来て、その腹を裂き救出してくれて事なきを得たが、それが母親の企てだと知るとしばらく口もかなくなるほど喧嘩した。

 だが今なら当時の母親の気持ちが分かる。


 大蛇。


 大蛇は相手が生きたまま丸呑みをして腹の中で消化する。

 牙はあるがその程度なら問題はないし、締め上げられたとて竜の鱗を割るほどの威力はないだろう。

 呑まれてもすぐ駆けつけ救出すれば大丈夫なのは実際に呑まれた彼女が知っている。

 つまり経験を積むには、うってつけな安全な強敵だ。


 翼が自由に動き、空を駆けるようになれば大蛇など、もはや敵にもならないが翼が無い動物にとって嫌な敵であることは間違いない。

 まだ飛べない竜には絶好の相手である。

 大蛇から始まり、次々と経験を積ませていけば15年後には立派な竜になる。


 だが今回は早まったかもしれない。

 彼女自身が初めて大蛇と戦い、敗北したのは8歳の頃。

 我が子の優秀さに忘れていたが、本来竜は他の大型種に比べて成長が遅い。

 その試練をまだ生まれて1年の我が子にぶつけてしまったのだ。

 我が子の優秀さを信じるのは良いがやり過ぎである。

 大蛇は都合良く来てくれるものではないし、下手をすれば15年に一度の成竜式までにも現れない事もあるので仕方がないのかもしれないが。


 心配で落ち着きなく歩き回る白竜。

 隣には巣の異常をいち早く察し、すっ飛んできた所を白い竜に止められた赤い竜。

 周辺には白竜のいらつきの被害にあって横たわっている数本の大木がある。


 白い竜は眼に魔力を込め竜の巣に向ける。

 もう既に何十回と繰り返した行為だ。


 すると入口付近の魔力が乱れていた。 始まったのだ。

 飛竜ほど魔力の強い者が力を使うとその魔力の濃縮に周辺を漂う魔力が収縮に巻き込まれる。

 つまり魔力の流れがその者に集まるかのような動きになる。


 そして今、竜の巣付近の魔力の流れが、大きく開いた出入り口に集まっていくのが見える。

 戦闘が始まったという証拠だ。


 竜種が死にそうになると周辺の魔力を急速に吸い込み生命を維持しようとする。

 なので我が子が危険な時はその魔力の収縮を見ればすぐに分かるが、白竜は心配で胸が張り裂けそうになる。


 魔力の流れが少しだけ変わった瞬間、引き止める赤竜を無視し、白竜は走りだしていた。

 我が子を心配するあまり、耐えられなかったのである。


 まるで狩りをするかのように気配を殺し、自分が近付いているのを両者に悟らせず竜の巣を入り口から覗き込む。

 その岩壁に引っ付いている情けない姿を、遠くで見ている赤い竜が深い溜息と共に見ているのだが白竜はそれを気にもしない。


 中では信じられない事が起こっていた。

 大蛇の猛攻をことごとくかわす黒い竜。

 押されてはいるものの、我が子が大蛇相手に善戦しているのだ。


 白竜の興奮は最高潮に達し鼻から炎が漏れ出す。

 それを遠くで見ていた赤竜もやはり我慢できなかったのか、近付いて来て結局夫婦揃って岩壁に張り付いた。


 口を大きく開き、我が子を獲物と見てヨダレを垂らしている大蛇に赤竜は我を忘れて飛び出しそうになる。

 それを白竜に静止され我に返るという事を何度か繰り返しているとついに我が子が隅に追いやられた。


 白竜が恐ろしい程の形相になり大蛇を睨め付け、飛び出そうとすると隣の赤竜が眼に入った。

 竜種独特の、怒りに我を忘れた眼。

 縦に割れた瞳孔が大きく開き眼が真っ赤に充血する。

 その状態で耐えてる赤竜を見てなんとか自分を抑えられた。


 戦いに意識を戻すと、我が子を隅に追いやり勝利を確信したのだろう。

 大蛇は相手を挑発するかのように舌を出す。

 全てが終わったら一片の肉片すら残さず食らってやると白竜は心に誓い顛末を覗く。


 そして大蛇が今までに見せてなかった殺気を込めた渾身の一撃を我が子に放つ。

 白竜の脚の爪に力が入り大きく岩壁を削る。


 だが夫婦が想像していた結末とは違った。

 その瞬間我が子が大蛇を超えた動きを見せたのだ。

 黒い竜が空中で翻ると、その尻尾を大蛇の頭に叩きつけ首を噛み千切った。


 その様子を言葉なく見つめる二頭。

 放心して口を開けたまま動かない夫婦。


 二頭の時が動いたのは我が子の勝利の咆哮を聞き終えた後だった。

 我が子の咆哮に血が騒ぐ。

 見事な戦いをし完全勝利を収めた我が子。

 もう二頭は欲求に抗えなかった。


 夫婦揃って我が子の勝利に咆哮したのだ。


 黒い竜はその咆哮に一瞬身を震わせたが、それが両親のものだと気が付くと

照れ臭そうに尻尾と頭を下げた。


 その愛おしい姿にたまらず白い竜は黒い竜に飛びつく。

 赤い竜はもう完全に踊るように転げ回っていた。


 我が子が初めて捕らえた獲物が今日の晩餐になるだろう。

 今日の食事は一生忘れられない最高の思い出になる。

 そう思うと白い竜と赤い竜は止まらない。

 最高の晩餐に色を添えるため、二頭同時に競うように飛び立つ。


 その後両親が張り切って狩ってきた、色取り取りの食べきれない程の大蛇の数々に黒い竜がなんとなく難しい顔をしていたように見える。


 だが喜びに胸いっぱいの両親は全く気が付かないのであった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ