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竜の唄  作者: ナル
第一章 転生
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7話 侵入者

「ちょっとひと狩り行ってくるわね。 いい子でお留守番して巣から出ちゃダメよ」


「あい!」


 日常になってきた会話だ。


 生まれてからおよそ一年。

 この巣の中でやれる努力はしてきたと思う。

 火も形になってきたし喋りも上手くなってきた。

 今やってるのは自己流筋肉トレーニング。 尻尾で岩を上げ下げしている。


 俺の翼はまだ体に対して小さいらしく、飛ぼうとしても飛べない。

 翼の爪先にまで神経が張り巡らされているのが分かるので、きっとそのうち飛べるようになるだろうと今は成長を待っている。


 という訳で筋トレと魔力調整、歌の練習を重ねている毎日だ。

 小さな積み重ねこそ後になって響いてくる。

 前世で学んだ事であり、前世でして来なかった事。 後悔しないようにしなければ。


 一時期、竜の両親との距離感について悩んだ。

 中身が30歳の俺は幼児扱いが照れくさくて仕方がないのだ。

 俺が喋る言葉もそう。 生後一年足らずの子供がいきなり敬語で語りかけてきたら親としては失神ものだろう。

 竜は分からないが俺の子供がそうだとしたらやはり言葉を失ってしまうと思う。

 てな訳で子供らしさを出す事にしている。


 そもそもだ。 両親の年齢を聞いてみたら300歳近いらしい。

 たかが30歳など竜にとってはオシメの取れないお子ちゃまだ。

 悩んでいるのが馬鹿馬鹿しくなる程の年齢差。

 まだまだ人間気分が抜けないな。 相変わらず生肉は食べれないし。


 これでいいのだ。

 お子ちゃまは無理に背伸びせずこの世界をゆっくり学んでいこう。








 いつものように筋トレを終える。

 その後これまた日課になっている岩での歯磨き。

 そのままガジガジとかじっていると、ふといつもと違う雰囲気を感じた。


 この竜の眼は魔力の流れや空気の流れまで視覚化して見えてしまう。

 魔力を込めると音の振動や相手の体温まで見えてしまう為、普段は魔力を抑えている。

なので実際には雰囲気を見た、が正解なのだが。


 我が家の魔力の流れはもう完全に把握している。

 空気の流れも分かっているし、どこをどういじればどうなるのかもよく分かっているつもりだ。


 辺りを見回す。

 何もいない。

 だがこの眼は誤魔化せない。

 ある一部分だけ空気と魔力の流れがおかしいのだ。

 まるでそこにいる何かを避けるように流れている。


 もうそのシルエットから何がいるのかは分かっていた。 だがあえて聞いてみる。


「ダレかいるンですカ?」


 両親の知り合いかもしれないし言葉が通じる相手かもしれない。

 出来れば通じてもらいたくないなぁ。


 返ってきた返事は無言。 『それ』に語りかけていると分かるように今度は眼を見てもう一度聞いてみたがやはり返事はない。

 そこまできて俺は内心、小躍りしたくなっていた。

 この状況を待っていたからだ。


 竜という体に生まれてきて、その底知れぬ力に凄いと思うものの、自分がどの程度か分からなかった。

 一年間探り探りでここまで来たが、明確な自分の位置というものを掴みかねていた。

 なので自分のこの体を試してみたかった。


「こないナラこちらカラ行きマスヨー」


 まずは軽めの挨拶代わりの火をお見舞いする。

 するとその火をぬるりと回避し、ゆっくりと迷彩を解いて『それ』はこちらに身構えてきた。


 そこにいたのは体長10メートルはあろうかという大蛇。

 俺の体が尻尾を合わせて3メートルといった所なので体格差は歴然だ。


 爬虫類独特の意思を持たない眼をしており、巨大な丸太のような体を覆う鱗は茶色くヌメヌメとしているかのように妖しい光沢を放っている。

 この鱗で先ほどのような迷彩を作り出しているのだろう。

 特徴といえばチロチロと舌舐めずりをしているかのような舌だが惑星地球号の蛇もこんな感じだった気がする。

 シティーボーイという名の都会のボンボンだった俺には縁が無い生き物だ。


 だが恐怖は無い。

 なにを隠そう、我が母親の方が数十倍怖い顔なのだ。

 見慣れればその表情も愛嬌も分かるが、迫力はこの大蛇とは桁違いだ。

 食事中の両親など今だに直視出来ない程である。


 そして俺の顔も怖い。

 水を飲む度に水面に映る顔は黒い鱗に黄金の眼とあって男心をくすぐるが、人間の彼女は諦めた方が良さそうだ。


 そういえば蛇って竜なのかなぁと呑気に考えているとじわりじわりと間を詰めてきていた大蛇が先に動いた。

 大きく口を開けて俺を丸呑みしようかという勢いで突っ込んで来る。

 それを身をひるがえすようにかわすと、また同じような睨み合いの形になった。


 ここまでとは……。


 俺が驚いたのは大蛇にではない。 自分に驚いたのだ。

 大蛇が動いたのが見えたので身をかわすという行為を後出しで出した。

 なのにも関わらずあの大蛇を置き去りにした。

 決してあの大蛇が速くないということではない。

 むしろあの巨体であそこまで速く動けるのは脅威だと言えるだろう。

 だが単純に俺の体の方が速かった。 しかも大蛇の動きを眼で追えた。


 必殺の一撃をかわされたというのに大蛇の顔には焦りも怒りもない。

 次の手を考えているのか、チロチロと舌を動かし続け、様子をうかがってる


 もう少しこの体を試したいがそろそろ勝敗を決めなければ。

 母親が巣の異変を感じて戻ってくる前に全てを終わらせたい。

 翼を持たない大蛇では飛竜の相手にならないだろう。

 その前に大蛇を仕留めたいな。

 という訳で今度はこちらから行かせてもらおう。


 大蛇との戦闘を想像・・する。


 わざと右側に避けやすいように火を噴く。

 奴が慌てて右に避けた所にタックルをして、ひるんだ所に竜の爪をお見舞いする。

 その後は流れるように尻尾アタック。

 よし、完璧だ。


 さっそくとばかりに息を吸い軽く火を噴く。

 ところが大蛇はそれに構わず突っ込んで来た。

 最初の火が全力ではなかったとはいえ、こちらの火力を見切っていたのだろう。

 火を噴く瞬間の隙を完全に狙っていたかのような動き。


 俺は咄嗟とっさに避けるしか行動を取れなかった。

 この体が優秀でなければ今ので間違いなくあの牙に貫かれていた。


 俺の動揺を見抜いたのか、大蛇の動きは止まらない。

 一度で駄目なら二度、それでも駄目なら三度と噛み付こうとしてくる。

 その全てを回避する事はそれほど難しい事ではなかったが、繰り出しては引っ込むその凶器に反撃の隙はない。


 この大蛇の攻撃は全て牙によるものだ。 だが奴の本当の狙いは今ので分かった。

 この攻防に焦れた獲物がその懐に飛び込んでくるのを誘ってる。

 そしてその体で締め上げ、丸呑みするのだろう。


 先ほどの一手。

 俺が大蛇の行動を読み違えていなかったら、恐らく締め上げられていた。

 認識を改める必要がある。 この大蛇、狡猾だ。

 俺の体は身体能力では負けてはいない。

 なのに奴と俺との圧倒的な経験値の差が今の状況を作り上げている。


 今の俺に出来る事、それはあの大蛇から距離を置いて最大火力の火を噴く事。

 だがこの大蛇はその考えを見抜いたかのようにそれをさせてはくれない。

 常に自分の間合いを保ちながら攻撃を止めないからだ。


 このままでは壁に追いつめられて逃げ場を失ってしまう。

 それが大蛇の狙いだろう。


 相手を一手一手追い詰めていき、懐に飛び込んできたら締め上げるという奥の手を持つ。

 牙で倒せたら良し、懐に飛び込んできても良しと、隙という隙を見せない詰将棋のような狩り。

 よく考えられた戦い方だ。


 下から見上げた蛇がここまで厄介な相手だとは思わなかった。

 しかし俺とて元人間。 蛇の弱点は知っている。


――来い。


 狙いに乗ってやる。

 そしてその時が貴様の最後だ。


 攻撃を避けながらもジリジリと追い詰められる。

 そしてろくに反撃も出来ないままついに岩窟の隅に追いやられた。

 この後の結果を予想したのか、大蛇は満足そうに舌をチロチロさせて勝利を確信しているかのように見える。


 大蛇は俺を隅から逃がさないように、口を大きく開き、左、右と威嚇する。

 そして大きく首を後ろに引いて獲物の息の根を止めようと体全体で跳ねるように飛びかかる。


 ここだ。

 必ず攻撃が来ると分かる瞬間がある。 それは相手が隅に追いやられて逃げ場を失った時だ。

 必ず奴はそのチャンスを逃すまいと全力で攻撃してくる。 そこを狙う。


 今の首を後ろに引く動作がタイミングを教えてくれた。

 確実にこの一撃で仕留めるつもりだ。

 だからその軌道は分かりやすく、最もカウンターを合わせやすい一撃となる。


 瞬間、地面を蹴り飛び上がる。

 そのまま前転してその勢いで尻尾を叩きつける。

 狙いは今、俺がいた場所。 そこには確実に奴の頭があるのだ。


 鈍い音と共に大蛇の顔が地面に叩きつけられる。


 頭骨を砕いた感触はあった。 このチャンスは逃さない。


 奴は思わぬ反撃を食らったためか、身をねじり暴れまわる。

 地面に脚が着くと即座に奴の弱点に咬みつく。

 首根っこをこれでもかと力任せに咬みつくと思いの外簡単に咬み千切ってしまった。

 紫色の噴き出す鮮血と共に転がる大蛇の頭部。


 それでも尚、暴れまわる大蛇の体。

 近くにある俺の体に巻き付こうとまとわりついてくる。

 司令塔のない体などもう恐れることはない。

 爪と尻尾を使い力でねじ伏せ、完全に停止するのを待った。



 俺は全てを舐めていた。 これが野生という事だ。


 弱肉強食。 負ければ死ぬし勝てば生きる。

 俺はこの言葉を理解しているものだと思っていた。

 命のやり取りなど前世を含め今初めて経験した。


 体の調子を調べたい。 母親が来る前に終わらせたい。

 どうしようもなく馬鹿だ俺は。

 一つなにかが狂っていたらこの無残な姿の大蛇は俺だった。


 誰もが全力で今日を生きている。 遊び半分で奪っていい命など無い。

 だからこそ油断などしてはならない。 皆遊びで生きている訳では無いのだから。

 生きるために生きているのだから。


 今、目の前で終えた命のやり取りによる興奮が全く収まる気配がない。

 それどころか、より気分がたかぶっていくのが分かる。

 あの狡猾な大蛇に勝てたのだ。


(体の奥底で小さな火種が燻ぶる)


 命を賭けた相手に余裕を見せるなどという俺のふざけた態度は許せない。

 なのになぜか勝利の余韻に震えている。


(やがて火種は自身への怒りを餌に大きくなり、火が灯る)


 一つ何かが違えば俺が死んでいた。 その時父は何を思うだろうか。 母は耐えられるだろうか。

 例え五体満足で、無事だと知っても子供の身には無謀だと俺を怒るだろう。


(火は死への恐怖、両親を想う感情を餌にさらに燃え上がり、炎となる)


 だがあれほどの死闘だったというのにまた戦いたい。 もっと強い相手と今度は油断なしで。

 それこそ時間制限も無く、誰にも邪魔をされない環境で。

 それほど今の戦いは楽しかった。


(炎は血を沸騰させ、肉を踊らせ瞬間的に脳を支配する)


 それ自体にきっと意味は無い。

 だが体が求める。

 体にたぎった消せない炎。

 それを今、この瞬間に爆発させろと竜の本能が叫ぶ。



 全ての感情を孕んで爆発するかのような勝利の咆哮。



 竜の巣の岩窟で行われたそれは自身の主がまだ生まれてからたった一年だというのに、すでに主と認めていたかのように凄まじい振動を伴い嬉々として勝利を祝う。

 この瞬間の、勝利を得た時だけのために進化した声帯。

 常勝を誇る竜種がそれを求めた。

 勝利をより遠くまで知らせるために。

 自身の強さをより遠くまで響かせるために。

 この爆発とも言える咆哮のために竜の祖先は言葉を捨てた。


 魔力で言葉を紡ぐようになったのは、苦肉の策であり結果的に両立する事になるが、それは竜という種族が魔力の塊だったから可能だった。 後世の竜による努力と苦労の賜物。

 結果論でよかったというだけである。


 今の咆哮で本当の意味で決着は付いた。

 完全勝利が岩窟に静寂を呼び込む。


 妙にスッキリとした頭で黒い竜は

 お腹すいたなぁと動かぬ強敵を見下ろしていた。


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