4話 小さな世界
鼻からドラゴニック・ファイア(昭和生まれ)を出した日から二ヶ月が過ぎようとしていた。
相変わらず生肉は食べられなかったが、火を噴く事にも慣れてきたため食事の方ははある程度満足出来るようになってきている。
父親は縄張りを見回る仕事、母親は軽い狩りや子守といった具合にある程度竜の生態を把握した。
優しい母親に口下手だが強く逞しい父親。
白い竜、母竜はまだ片言でしか喋る事の出来ない俺に対してでも熱心に語りかけてきてくれる。
赤い竜、父竜はたまに帰って来て家族に異変がないかを調べてからまた飛び立つ。
その際母竜が逐一俺の様子を報告しているのだが、毎度興奮して「あの子はやっぱり天才よ」などと褒めちぎるものだから若干父竜が引いてる感がある。
なんてことはない、子供を溺愛する母親に、それに文句を言えず尻に敷かれる旦那。
竜とはいえ普通の家族である。
人間との違いは少し食事がリアルというだけ。
人間時に求めていた人間らしさをこの竜の身で感じるのは皮肉だろうか。
この両親から感じるものは何もかもが暖かく、幸せな家族を楽しんでいる。
だが悩みもある。
例えばこの岩窟から外には絶対に出てはいけない。
これには理由があり、他の竜種に襲われないようにするためらしい。
体が大きくなり対抗できるようになるまで外には出られない。
つまり暇なのである。
寝ているか火を噴いてるか、食べてるか。
その三つの行動だけで毎日を過ごすのは流石に無理だ。
なので今違うことに挑戦している。
転生時に渡された書類。 そこに記入されてあった数々の項目。
その中には魔力と歌という項目があった。
魔力はロマンがあるので遅かれ早かれ手を付けていたと思う。
歌は喋る練習にもなり丁度良いだろう。
そしてこれらなら巣の中でも練習可能だと思う。
まずは魔法を試す。
だが魔法の使い方など元日本人の俺には分かる訳もない。
……日本人じゃなくとも分からないんじゃなかろうか。
魔力という体から湧き出てくる得体のしれない力は火を噴いてるおかげか分かる気がする。
これは魔力を口から出してそれを火という性質に変換して火を噴いてる――と思う。
魔力を火に出来たのは竜の本能なのか俺の運命力なのかは分からないがただ出そうと思った時やり方を知っていたし、今じゃ勝手に火が口から漏れる。
竜の火は魔法というよりも竜だからこそという気もするが……。
試しに火ではなく水を噴こうとしてみる。 だが口から出るのは火だった。
他にも氷や風、雷なんかをイメージして魔力を出してみたけど結局全部火になった。
成長すればまた変わるのだろうか……。
だが魔法は無理でも魔力の底上げは可能な筈だ。
魔法は火を噴きながら手探りで探すしかない。
この世界は前世とかけ離れすぎていて全て予想でしか物事を判断出来ない。
俺がまともに喋れて両親に聞くことが出来るようになるか、本でもあれば状況は変わるのだろうが今はどうにもできない。
次は歌だ。 前世では自慢じゃないが歌には自信があった。
子供の頃から好きだった歌。
社会に出てからは歌うことは減ってしまったが、休みの日にはカラオケに行き演歌からアニソンまでひたすら練習したものだ。
仕事を辞めてからは毎日のように音楽に浸かる生活だった。
そんな俺がこの世界で前世の歌を歌えば結構凄い事になる筈だ。
他の転生者は契約が怖くて自由に歌えないだろうし懐かしい曲を聞きたい筈。
歌う竜――なんて素敵な響きだろう。
「ピッギャ~ギャッギャッピ~」
「あら坊や、今日はご機嫌ね。 火を噴きながら歌うなんて我が子の才能は底が知れないわ!」
腹式呼吸で火が出るとは想像もしてなかった。
最近何をしても火を噴いてる気がする。
溢れだす魔力は成長期の証なのだろうか……。
しかし魔法と歌という目標が出来た以上、なんとか暇を潰せる。
当分はこの2つを中心にこの世界に慣れていこう。