3話 運命力
目が覚めると枝や葉っぱで作られた鳥の巣のような場所にいた。
大きさから見て、多分俺のために作られた物だろう。
目を使い慣れていないためか、まだ遠くの景色は霞んで見える。
ここは岩を削って作られた岩窟の中だと思う。
上を見上げると大きく開かれた穴があり、その向こうに青く晴れた空が見える。
無造作に削られて整えられた壁際には映画でよく見る財宝らしき物。
幸いにも昨日の竜はどちらも今はいない。
自分の手を見ると指が6本ある。 その6本目は逆関節になり逆側についてる2本目の親指。
その指から少しだけ突き出た肘へ、そして背中へと掛かる申し訳程度の翼。
握り込むと翼を丸められる仕組みだろう。
そして硬そうな爪に黒い鱗。 小さな爬虫類の手に見える。
というか完全にワニといった類のそれだ。
昨日の喋る竜から察するに俺は竜の子供なのだろう。
人間に生まれなかった事から、何か予期せぬ事が起こって発生した転生事故。
力が20ポイントで鬼族、容姿が30ポイントでサキュバスと神人が言っていたがそこから考えるに白紙で転生できた竜は弱い種族なのだろうか。
昨日見た親らしき竜は強そうに見えたけど、この体には才能が無いという事なのかもしれない。
人間には残念ながらなれなかった。
だが動く死体や邪神転生よりは遥かにマシだ。
それに会話は出来るみたいだったし竜は優れた知能もあるのかもしれない。
空からリズミカルな音が聞こえてくる。
翼で空を叩く音だ。
白い竜が口に何かを咥えて飛んできた。
こちらに近付いてくると、その翼から発生する風圧と着地時の振動に思わずよろけてしまう。
咥えていた何かを下ろすと、俺に気付いたのか表情を崩して言葉を話す。
「あら? 坊や、もう起きてたの?」
昨日は目が霞がかっていたため、その姿をよく見る事が出来なかった。
だが今はその姿をハッキリと見ることが出来る。
15メートルはありそうな体に大きく裂けた口から覗く鋭く尖った歯。
眼は金色の瞳に縦に長い猫目と呼ばれる黒い瞳孔。
手は翼と同化しているが、その手で四つ脚をついている事から見た目以上に使い勝手が良さそうだ。
鱗は鉱石を思わせる質感だが柔軟性を兼ね揃えているように見え、動きを阻害しないように撓っており、一枚一枚が触ると切れそうそうなほど鋭利に見える。
そんな鱗が生えていても分かるほどに筋肉が隆起していて、そこから伸びる太い尻尾。
一目見てそれと分かる姿は神として、または神の敵として物語に多く登場する竜。
……やはり見間違いなどではなかった。
昨日は不覚にも恐怖から気を失ってしまったが今日は大丈夫だ。
なぜなら昨日感じたあれほどの恐怖を今は一切感じない。
むしろこの竜の優しい表情が分かるようになっている。
理由は分からないが刷り込みというやつだろう。
親として認識している。 元人間だった俺には理由は分からないが確かに絆みたいな物をこの白い竜から感じる。
とはいえ、優しそうではあるが竜が怒るととんでもなく怖いだろうという事だけは今の俺にも分かる。
とにかく返事をしなくては。 機嫌を損ねて丸呑みされるとかは勘弁願いたい。
「ピギャッ!」
まぁ想像は付いていたけれど、言葉なんてやっぱり無理か。
生まれたばかりの赤ん坊が普通に喋れたら軽くホラーだしな。
逆に喋れなくてよかった。
「あら元気ね! これなら立派な竜に育つわよぉ! ご褒美に今日はご馳走よ!」
翼と同化した手を器用に使い、ごろりと何かをこちらに転がした。
その動かないなにかと目が合う。
あぁ、白竜が口に咥えていた物が何かは分かっていた。
でも考えないようにしていた。
野生と言えばやっぱりこうなっちゃうよな。
それは馬に似た『なにか』である。
野生なのだから弱肉強食だとは分かっている。
だが日本に生まれて育った俺にはこのハードルはあまりにも高い。
それに生まれたての赤ん坊は乳だろうとも考えていた。
自分の甘さをここで痛感するとは……。
「さぁ坊や、私の真似をしてガブッといっちゃっていいのよ。 とっても美味しいんだからぁ!」
肉を爪で切り裂き強靭な顎で咀嚼する白竜。
無理ですよお母様。 30歳の人間が野生に帰るとかあり得ないですもん。
それが可能なのは一部の仙人だけですよ。
仙人でも一応肉には火は通すと思いますよ。
そうだ火だ。 生は絶対無理でも焼いて目を瞑ればきっと食える。
都合の良い事に今の俺はドラゴンである。
前世の記憶から考えるに、きっとこの体は火を噴ける。
才能の中に何を示すのか分からなかったが運命力というものがあった。
命を運ぶ力と書いて運命力。
白紙の運命力は今、この瞬間の為だけにあるのだ。
これが俺の運命力!
行くぞ! ドラゴニック・ファイ――
「食べさせて欲しいの? もう甘えん坊なんだからぁ」
口を開けて勢い良く息を吸い込んでいると、白竜が切り取った生肉を俺の口に入れる。
その瞬間、俺の運命力は爆発した。
口から吐き出される筈の運命力は、行き場を失って鼻から飛び出したのである。
コテンっ
「キャア! この子もう火を噴いたわ!? やっぱりこの子は天才なんだわ!」
ギャーギャーと吠えながら、転げ回る様に全身で喜びを表す白竜。
その姿はまるで駄々をこねる赤子のように見える。
「あら? もう寝ちゃったの? よく寝る子ねぇ、将来が楽しみだわぁ」
一通り喜びを表現した後、スヤスヤと肉を囓りながら眠る我が子に気が付くと彼の寝床に運ぶ。
「早く成竜式が来ないかしら。 この子の黒い鱗にみんなビックリするでしょうねぇ」
その日を待ちきれないといった顔を我が子に擦り寄せ子竜の体温を温める。
まだ日も落ちていないがこの親子の幸せな一日はこれで終わるのだった。