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竜の唄  作者: ナル
第三章 遭遇
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36話 這いつくばる者

 いつもの静寂の中、ふと感じる異変。

 焦りにも似た警戒の本能。

 と同時に舌舐めずりをする竜の血。


 我が縄張りに侵入者が現れたらしい。


 最近は竜の縄張りに入る愚か者の気配はまったくなかったのだが、まだ骨のある生き物がいたらしい。

 この森周辺は鳥でさえ入って来なくなった。

 父の縄張り周辺ではこんな虫一匹居なくなるような感じではなかったんだが、なにか間違えたのだろうか。

 生態系に影響を与えてなければいいがまぁ、手遅れだろうから考えるのはやめだ。

 今は侵入者に注意しなければ。


 俺の魔力で満たされた周囲の大気がざわついている。

 これは人間の侵入での揺らぎではないし、ある程度大きな個体だろう。


 耳に魔力を集め、地面につける。


 遠くに微かに聞こえる幾つもの聞いたことの無い振動。

 この規則性がある振動は一定範囲でまとまっており、同じような重量を伴っているのが分かる。

 この事から足を多く持つ生き物だと推測出来る。

 その塊が距離を離して幾つか。

 正確な数は分からないが今も続々と縄張りに侵入し、人間の村に近付いている。


 仕方がない。

 どんな生物であろうと竜の縄張りに土足で侵入したのだ。

 その代償は払って貰う。


 ふと気が付くとリリが俺と距離を保って怯えていた。

 お供役のお爺さんもリリを俺から庇うように立っている。

 いつの間にか俺は険しい表情をしていたようだ。

 警戒心から魔力も出していたかも知れない。

 仲良くやっていこうというのにこれである。

 これからは慎重に警戒しないと。


「我が縄張りに侵入してきた愚か者がいる。 リリ、帰って竜の巫女として皆に伝えろ。 今日は誰一人屋外に出るなと」


 言葉に優しさの魔力を込めて言ってみた。

 初めての試みだが、頷いてトテトテと村に走っていくリリを見るに一定の成果はあったと思う。

 お爺さんは相変わらず警戒しているが、彼はあれが通常運転なのでまぁよしとしよう。


 さて、この周辺の獲物は草食竜を含め全て簡単な獲物だった。

 なので俺自身の成長は最近ではまったく実感出来ない。

 肩慣らしに本気で倒しに掛かるか。


 抑えている魔力をある程度解放する。


 それでも振動は引くのを止めない。

 なるほど、これで魔力を見る眼を持ってないのが分かった。

 一貫して同じ方向に行進している所から見て、意思を持たぬ生物では無さそうだが。


 翼に魔力を送り侵入者がいる方へと飛び立つ。

 その際、わざと魔力を目立つように放つ。

 だが相手の進行方向にやはり迷いはない。

 縄張りの概念を知らぬ訳でもあるまい。

 相手も覚悟はあるだろう。

 それともただの知恵を持たざる者か。


 魔力の歪みに空から近付くと出来の良い竜の眼は相手をハッキリと捉える。

 蜘蛛だ。それも大群。

 一体一体の大きさは役3メートルといった所である。

 黒い地肌に白い産毛のような体毛。

 相手を威嚇するためのものだろうか、背中部分には赤い模様が確認出来る。

 眼を凝らしてみると、その姿は特徴的な模様も相まって悪魔のようである。

 

 この気持ち悪い造形はヤバイ。

 前世では蜘蛛の類が苦手だった。

 この気持ち悪さは理屈じゃ語れないものがあり、それはやはり腹を破れば子グモが大量に出てくるイメージからだろうか。



 蜘蛛とはかなり身軽な生物として有名である。

 意外と知られてはいないのだが人間にとってその存在は益虫えきちゅうに位置するのだ。

 主食として害虫を食べ、人間に害を及ぼす個体は少ない。

 作物など、農家の畑に蜘蛛がいないと害虫被害が大きくなる。

 特性としては幾つもの目を持っており、その構造上、2つしか目を持たない人間より遥かに距離感などをしっかりと捉える方向で進化しているらしい。

 テレビで特集されている時、疑問に思って片目を瞑り物を取ろうとしてみた。

 その結果、距離感が掴めず人間の目が2つある意味を知ったのだ。

 人間より立体的に獲物を目で捉え、そして身軽さを生かし飛びつくように相手を捕獲する。

 とても合理的な肉食のハンターである。


 蜘蛛の巣を作るタイプは基本動かず、長く進化した手足が特徴。

 今回の相手は巣で獲物を待つタイプではないな。

 どちらかと言うとより能動的な進化を遂げたタイプに見える。

 こちらは考えずともいいだろう。


 益虫とはいえ蜘蛛は立派な肉食。

 体の大きい人間を食す事はないだろうから益虫扱いされていたが、ここまで大きければ人間程度の大きさなど餌として認識されている筈。

 ここで食い止めなければ村に被害が出るのは時間の問題だ。

 なにより俺の縄張りを荒らしたツケは払ってもらう。


 蜘蛛の一匹が空で観察している俺に気が付いた。

 すると次々と他の蜘蛛が空を飛んでいる俺に意識を向ける。


 一連の行動から見てわかった事がある。

 まず蜘蛛同士の意思疎通は竜の耳にも聞こえない音波かなにかでしている。

 つまり俺の行動は全て筒抜けという事だ。

 その伝達速度は約5秒から6秒といった所。

 文字通りどこに目があるか分からないので戦闘が始まれば全て対策されると考えるべきか。

 仮に竜の弱点が見つかったらそれは一瞬で広まるだろう。

 そしてある程度の知恵はあるという事。

 敵を敵と認識し、それを仲間に伝える。

 この行動は自然界でもよくある行動ではあるがそのレベルにあるという証明でもある。

 こいつらに欠けているのは危機感といった類。

 自惚れる訳ではないが竜に蜘蛛が勝てる道理がない。


 さて、大分情報は得られた。

 戦闘前になると妙に頭の中が静かになる。

 幾つかの情報を得られれば前世の知識と合わせ戦い方を模索出来る。

 これは幼少期から戦闘が身近なものだったという場馴れの結果か、竜の本能か。

 或いは両方か。


 でも観察をしてまで答えを得た訳なのだが、今回の戦闘方法は実質一択と言っていい。


 俺は蜘蛛に気持ち悪くて触りたくない。


 なので焼き尽くすという選択肢なのだが森に間違いなく被害が及ぶ訳で。

 どうしたものか……。

 立ち往生、もとい飛び往生といった所である。



 睨み合いに痺れを切らしたのか、一匹の蜘蛛が飛んでいる俺の背中を目掛けて一直線に飛びかかってくる。

 その速度は人間の動体視力では追いつけないであろう速さ。

 ソニックブームと言われる空気を切るラインが見えているのは気のせいだろうか。

 たしかアレが出るのは音速だぞ……。


 だが相手が悪い。

 竜の眼は空気の流れを見る分には特化しているのだ。

 仮に後ろから忍び寄ろうとも、その距離や大きさまである程度把握出来る。

 複数の眼を持つのは蜘蛛だけではないのだ。


 難なく視線を合わせずに一匹を尻尾で弾くと、奴の自重と合わせ蜘蛛は勢い良く爆ぜた。

 そりゃそうだ。

 3メートル程の体に生物の質量を伴って音速に近い速度を出し、何か(・・)にぶつかると弾けるだろう。

 見たところ装甲がある訳でもなし。

 小さな蜘蛛だからこその地球でのジャンプ力だったのだ。

 巨体を得たエデンで同じ事をすれば必ずしっぺ返しが来る。

 捕食者とは、自ら進んで小さく進化するものなのだ。

 エネルギー然り、狩り然り。

 獲物がいる限り、必ず大きくある必要がない。

 この蜘蛛に限っては進化の方向性を大きく間違えた。


 いや、竜なんておかしな存在も大概なのだが保留中である。


 今の一匹は様子見だろうか。

 仲間を使った威嚇射撃という所か。

 ともすればブレーンと言われる脳の役割をする個体がいるのかもしれない。

 最初に俺を見つけた一体がそうなのかもしれんがもはや見分けがつかん。

 対策を練っている間にさしづめ、黒い絨毯のようになってしまった。

 異様な光景に圧倒されるがただ多いというだけの事。

 竜の敵ではない。



 敵の体制が整っていくのを感じる。

 今、蜘蛛達の関心は行進ではなく、俺という竜に向けられている。

 空中で停止している俺を中心に円状に広がって隙間なく俺を観察している。

 恐らく次の一手は集中爆撃だろう。

 四方八方から音速に近い命の銃撃を、休む事なく飛ばしてくる筈。

 それらを空中で全て弾くのは、俺のスキルでは不可能。

 空中戦は苦手であり、弾けた蜘蛛の体液が俺に襲い掛かるのは避けたい。

 となると……。


 大きく息を吸い込み、体内の魔力を沸騰させる。

 そして真下に向かい火を吐く。


 勢い良く吐き出された炎は地面にぶつかると円状に広がり、蜘蛛を押しのけ黒い絨毯に穴が空く。


 俺がすべき事は地上戦である。

 遠距離から火で炙るのは蜘蛛を散らす事になりかねない。

 その逃げた一体一体を潰して回るのは骨が折れるので今ここで総力戦を挑むべき。

 そのためには勝てそうな相手を演じる必要がある。

 手の届く存在で有り続けるのだ。


 空いたスペースに降り立ち、何百とあろう視線を一身に受ける。

 前口上は必要だろうか。

 言語を理解出来るなら話し合いでの解決も有りだが。


「我が名はヴリ」


 瞬間、360°からの爆撃が始まった。

 交渉失敗である。

 自分達の間合いに入った瞬間これだ。

 問答無用という事か。


 返り血を逸らすために全身を風の膜で包み込む。

 あれだけ嫌悪していた接触も、戦いが始まればもうどうでもよくなっていた。

 飛び込んでくる蜘蛛を弾けさせるお仕事は生前のゲームに似ていて意外にも楽しくすらある。

 いかにいい音で弾けさせるか、などと考える余裕があり竜の本能がゾクゾクしてくる。


――もう人間・・としてはダメだな。



 いい音を出すコツを掴み、しばらく楽しんでいると体の動きが鈍っている異変を感じた。

 まさか疲れたのか?

 戦闘が始まり、アドレナリンという表現が正しいのか分からないが、そのおかげで興奮していたせいで自分の疲れに気が付かなかった?

 いや、この体に限ってそのような事はない筈。


 迫りくる蜘蛛の爆撃から眼を離す事は出来ないがちらりと、自分の体を見てみた。


 糸か!


 風の膜を乗り越え、少量ではあるが体に巻き付いているのが一瞬見えた。

 風の膜の内側に侵入してくるというのは恐らくこういう事だろう。

 一匹生贄を用意する。

 その一匹には俺からは見えない角度に蜘蛛の糸を繋げる。

 それを何も知らない俺が弾く。

 すると弾くために直接接触した俺の体の一部に糸が付着するという巧妙な手。

 一度付着してしまえば弾くための動きで勝手に俺自身が巻かれていくと。


 やるな!

 楽しい!


 敵もよく俺を観察している。

 風の膜に気が付き、その対応も考える。

 絡め手である糸は極力隠し、気が付いたら巻かれてしまい手遅れになる。

 その事に気が付かせない為に休みなく爆撃を続ける。

 強力な個体を相手するには犠牲を払うやり方だがかなり巧い手だ。


 これが元人間の俺で無ければ竜ですら倒しうるかも知れない。

 だが蜘蛛という生態を情報として認識している俺にはその手は利かない。



 魔力を感情に変換する。

 熱く、とにかく熱く、怒りにも似た感情だ。

 自分の体に火を噴くという事は余裕が無いため出来ないが、戦いながらでも出来る事はある。


 感情の魔力が沸騰したのを見計らって短い咆哮に乗せる。

 すると周囲の気温が急激に上がり、体に巻き付いた糸を溶かした。

……筈だった。


 糸の表面は確かに溶け出している。

 だが見た目だけでその強度には影響が無さそうに見えた。


 俺の知識では火や熱に弱いと認識していたのだが、間違えていたのだろうか。

 映画やドラマでは火を使って巨大蜘蛛の巣を焼いていたのだが温度が足りなかったか?


 マズイ。

 俺が糸に気が付いたのを相手も気が付いたのか、もはや露骨に狙って来ている。

 蜘蛛の弾丸を弾く度に糸が現れるようになった。

 長期戦になればいくら竜とはいえ完全に巻かれてしまう。

 窒息させれば竜とて死ぬ。

 それが弱点だと悟られればこのまま長期戦に持ち込まれるだろう。


 状況を変えるためになにか一手仕掛けて、糸では効果がないと誤認識させる必要がある。

 だが次々と打ち込まれる弾丸に他の事をするだけの余裕が無いのも事実。

 実際、俺の動きが鈍っているのは既に情報として認識しているだろう。


 蜘蛛を舐めていた。 これはかなりの強敵だ。

 戦闘を楽しむ俺の悪い癖が招いた不利の状況で自業自得なのだが、劣勢を覆す快感を経験したせいだろうか、鼓動が期待に高鳴るのを感じる。


 お前らの前に立つ竜がどのような竜なのか、身をもって知るといい。


 さあ第2ラウンドを始めようか。

 黒竜ヴリトラを巻取り、捕食するには今の数倍の命と数倍の知恵が必要だと知るがいい。

 

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