2話 こんにちわ赤ちゃん
ゆっくりと意識が覚醒する。
ここは……。
なぜか妙に意識が定まらない。
確かポイント……白紙で……それから門をくぐって……。
そうだ、俺は転生したんだった。
意識はまだ虚ろだが辛うじて考える事は出来るようだ。
ここが転生後の世界か。
どういう訳か目を開けている感覚はあるのに辺りは暗い。
というか真っ暗である。
声を出そうとしても出せないし動こうとしても動けない。
自分の手足の感覚すら無い。
なのになぜか妙に落ち着いてる自分がいる。
エデンは光が存在しない世界なのだろうか。
そんな事を考えていたら不意に眠気に襲われた。
あぁ気持ちいい……こんな微睡みの世界も悪くないな。
きっとそういう優しい世界なのだろう……。
だってこんなに気持ちよく眠れるなんて天国以外の何物でもないだろし……。
俺はその眠気に身を委ねる事にした。
抗う意識すら刈り取られる程の強烈な眠気だ。
おやすみなさい……。
それから何度か覚醒と睡眠を繰り返した。
相変わらず暗闇の世界だ。
だがやはりこの世界は心地よい。
あるのかどうか分からない体に感じるのは温かいお風呂のようなものに包まれている感覚。
多分この世界は優しさで出来ている。
そう考えるとこの世界も悪くはないな。
だが剣と魔法の要素はどこにいったのだろうか。
そこまで考えてまた意識を微睡みの中に落とした。
ゴリッ……ゴリリッ
睡眠中に黒い空間から音が聞こえて覚醒する。
暗闇の世界で初めて聞く音の振動だ。
なにかの摩擦音だろうか。
固い何かを引きずったり擦ったりする時の音に似ている。
初めて聞く音だからだろうか、心地良い音のようにも聞こえる。
俺にも耳はあるんだなと思い、その摩擦音を子守唄にして眠る。
目が覚める度に思考が安定してきている。
そして段々と目が覚める感覚が早くなってきている。
手足を動かしてみると違和感はあるが反応が返ってきた。
あと少しで体調は万全になるだろう。
今の状態でさえ前世の記憶にある30歳の体より調子は良さそうだ。
だがこの先がある。 まだ不調なのだと体が教えてくれる。
それを信じて今は眠ろう。
寝苦しさを感じて目が覚めた。
この空間に狭さを感じているためだ。
最初の包み込まれるような快適さは既に無く、この暗闇は窮屈だと言えるだろう。
しばらくその状態で覚醒と睡眠を繰り返していたが、それももう限界を感じる。
手足を動かして辺りを探る。
その結果幾つか分かった事がある。
ここは棺桶の中のような閉鎖空間である事。
その中で成長する俺の体。
温度は一定に保たれている。
そして時折聞こえる摩擦音。
転生というぐらいなので母体の子宮の中かと思ったがその可能性は低い。
なぜなら暗闇にある壁はコンクリートのように固く、叩いた時の音が人間のそれではないからだ。
棺桶、閉鎖空間、常に保たれる温度、時折聞こえる摩擦音。
これらの事から前世の知識を合わせ仮説を立てた。
俺は永劫の時を眠るミイラの子供になったのじゃないだろうか。
そしてここは博物館、もしくはお墓。
擦れるような音は……よく分からないが、他の仲間が外に出ようと足掻く音とか。
調査隊が年代を調べる為に棺を削ってる音なども考えられる。
考えだしたらきりがない為、音については保留すべきだろう。
とにかく人体ではない以上、間違いない。
転生事故だ。
恐らく白紙で転生した事が原因。
確か才能を持たない状態の基準が赤ん坊だったはず。
そしてその基準が0。
割り振らないポイントの項目には0を記入する事からその0を書くというのは
非常に大事な事なのではないだろうか。
白紙というのは、未知の可能性と言えば聞こえは良いが
考え方によっては才能が全く無いし可能性すら無い、ともとれる。
0を基準にマイナス1、マイナス2という様に数字が存在すれば尚更白紙など論外だ。
なぜそこまで頭が回らなかったのだろうか。
あらゆる可能性を一切持たない生物。
力も体力も一切無く、器用さも無い。 未来すら可能性が無い。
容姿もだ。 当然生まれても誰からも相手をされず歌を歌いたくても歌う器官が無いのだろう。
『豆腐の角に頭をぶつけて死ぬ』を地で行く生物なんじゃないだろうか。
もしくはなにかの概念。
何かと比べての相対的な数字が白紙なのだとしたら、比べるものがない生物。
人間が空想した、戦ってもいないのに最強とか言われてしまう何者も触れないし天敵もいない、まさに実在しない邪神とか。
もうこうなると生物と言うのは難しい。
可能性が高そうなのはスケルトンのような皮も肉も無い骨のみの子供。
誰にも見えない幽霊とかも考えられる。
成長しているので中途半端なゾンビではない事を祈るが。
ゲル状の生き物――も嫌だなぁ。
考えれば考える程悪い方向に想像が膨らむ。
混乱した頭で物を考えると収拾がつかず焦りだけが生まれる。
もはやこのままじっとなどはしていられない。
寝ることは前世から好きだったが、永眠したまま動くというのは御免である。
転生事故。
浅はかな考えから自ら招いた事だ。
その結果は受け入れようと思う。
だがせめて、人間の体を成していて欲しい。
絵本の中の邪神に転生とかは笑えない。
暗い空間に手を伸ばす。
壁についた手に力を込めるとパキリという乾いた音が響く。
棺桶にしては変だなと思うが、もうそんな事はどうでもいい。
さらに力を込め壁を押しやると転生後初めて見る光が差し込んできた。
眩しい――だが行ける。
今まで貯めに貯めた力を爆発させる勢いで一気にその空間を飛び出す。
頼む! 腐った死体だけは勘弁してくれ!
◆
「見て貴方! 私達の可愛い赤ちゃんよ!」
全てを包み込む聖女のような優しそうな女性の綺麗な声。
「あぁ、ようやく生まれてくれた! ……だがこれは……」
勇ましくも優しい、自信に満ちた男性の声。
目に降り注ぐ初めての光。
一瞬感じた網膜を焼くような痛みに目を開けていられない。
だが声は聞こえた。
会話から察するにこの体の親だろう。
よかった、とりあえず人の言葉だ。
ボンヤリとだが光に目が慣れてきた。
心配していた腐敗臭は感じない。
目が霞み、よく見えてはいないがここは洞窟だろうか。
それに棺桶だと思っていた容れ物。
これはまるで……卵だ。
不意に後ろから声を掛けられる。
「こっちよ私達の可愛い坊や。その可愛いお顔を見せて」
ただならぬ気配が背後にある。
きっと振り返ると優しい両親がいるのだろう。
なのにとてつもなく嫌な予感。
恐る恐る振り返ると両親。
――と思われる存在がいた。
二頭の巨大なドラゴン。
目の前にいるのは赤い竜と白い竜の二頭だった。
姿は輪郭しか見えないがシルエットはまさにドラゴンだ。
生前何度かゲームでお世話になったことがある。
この威圧感、そして並々ならぬ存在感。
二頭が放つ死の匂い。 次の瞬間の死を元人間の俺が連想するのは簡単だった。
コテンっ
「あらあら、生まれたばかりなのにまた寝ちゃったわ。 可愛いわねぇ」
「あぁ、これが親になるという事か。 悪くない気分だ。 だがこの鱗の色は……」
「悪い事じゃない筈よ。 それに大事なのは無事に生まれてくれたという事よ」
生まれて早々、寝てしまった(実際は失神)我が子を自分の爪や鱗で
傷つかないように抱きかかえ用意してあった寝床へ連れて行く。
「明日から忙しくなるわぁ」
「任せろ。 だがあまり可愛がりすぎると駄竜に育つと聞く。くれぐれも慎重にな」
「自信ないわぁ。 だってこんなに可愛いんですもの」
子竜の体温が下がらないように白い母竜がその翼を丸めて
子竜を優しく懐に包む。
「おやすみなさい、可愛い坊や。 明日からよろしくね」