20話 翼
両親にはまだ全然及ばないが、最近の俺の体は大きくなった。
今までの俺は顔の怖い巨大な火吹きトカゲ……って自分で言ってて嫌になるが、恐らくそんな感じだったと思う。
けど今は違う。
以前は申し訳程度しか無かった翼もそれなりに立派になり、竜として見栄えが良くなってきたと思う。
ようやく子竜は卒業と言ってもいいかもしれない。
となると次は空を飛ぶのが目標だ。
手を上下に振って、両親のように羽ばたく真似をする。
すると瞬く間に体が浮き上がり……。
まぁそんな簡単にいかないのは分かっていた。
以前から飛ぼうとチャレンジはしていたのだが、うんともすんとも言わないのは体と翼が未熟だからだと思っていた。
体も大きくなり、翼も立派になった今なら、浮くぐらいは出来ると思うんだけどなぁ。
父を見てみる。
丁度今から朝食の狩りに出掛ける所で、まさに今飛び立つ瞬間だ。
凄い風圧を伴って翼で空気を叩いている。
一つ叩く度に一定量体が浮き上がり、二つ叩くと更に一定量浮き上がる。
そうしてある程度の高さを維持すると滑空するように飛んで行ってしまった。
さて、真似をしてみよう。
俺の翼で空気を叩く。
風圧が発生したが父の起こす風圧に比べればそよ風のようなものだ。
これじゃあ飛べないと確信をもって言える。
やはりまだ早いのか……。
◆
「手に風の塊を作って、それを翼の下に送り込むんだ」
帰ってきた父に思い切って尋ねてみるとそんな返事が返ってきた。
こうするのだと実践してくれる。
父の手に、丸い濃縮された風の塊が現れたのが分かる。
それを父が目の前に放ると、その塊は突風を伴って霧散した。
「その風を翼と体で下から受けて上昇していくの?」
そう言うと父は頷く。
慣れてくれば上昇だけする風も作れるようになるらしい。
確かにいくら竜とはいえ、この大きさの体を翼だけで飛ばそうだなんて無理がある。
人間の体重ですら飛ぶ方向に進化した場合、大胸筋が今の5倍は必要だとか。
自分で上昇気流を作り、それに乗り、滑空するように移動。
これなら飛べるかもしれない。
だがこれは魔法ではないだろうか。
幼い頃に両親に魔法の事を聞いてみたが、首を傾げていたので知らないのだとは思っていたのだが、まさか日常的に使っていたとは……。
とにかく試しに自分でも風の塊を作ってみる。
父曰く、ギューと魔力を丸めてドーンと開放するのだそうだ。
うむ、全然わからん。
父の前で見様見真似で手に魔力を込める。
過去に何度か試した行為だが、その度に集めた魔力が霧散して結果は残念な事になっていた。
手で風を作るだなんて考えてもいなかった。
その詰めの甘さが俺の弱点かも知れない。
今度は風をイメージし、魔力を手の上に丸める。
加減が分からないので集められるだけ魔力を集めてみた。
結果、俺の鱗よりも黒い球体が出来上がった。
父のとは若干違うが、この竜の眼で見ると魔力が滾っているのが分かるので、成功したのだろう。
父が眼を見開いてこちらを見ている。
両親が驚いてくれるのは何度経験しても嬉しいものだ。
あとはこれを解放すれば突風となって……
父が『待て!』と叫んだのは俺がその黒い球体を放り投げた後だった。
黒い球体は一瞬光ったかと思うと、凄まじい音と共に弾け、小さく濃縮された台風が竜の巣の中に出来上がる。
俺は突風の勢いで壁に叩き付けられ、父は翼が大きいために風に煽られ、父の集めた光り物と一緒に出口から吹き飛んでいった。
その際なにか叫んでいたが風の音が邪魔をして聞き取れない。
これはヤバイかもしれない。
体はなんの問題もないが息が出来ないのだ。
最初は円を描くような突風だったのが、今は黒い球体が弾けた場所を中心に外側へと吹いているので身動きすら出来ない。
どうにか状況を好転させようともがいてみるが、さらに壁に沈み込むだけでどうにもならない。
竜の巣って頑丈だなぁと現実逃避していると突風の勢いが徐々に収まってきてようやく壁から解放された。
もう少しで自分の起こした風で窒息死という間抜けな肩書きを持って神人に会いに行く所だった……。
帰宅した母がその事に大笑いし、父が涙目で飛び散った光り物を集め直している。
いつもの日常だ。
当たり前だと思っていたそんな温かい日々。
それももうすぐ終わる。
俺の巣立ちの日は近い。
こうして家族三頭でいつまでも笑って暮らしていきたいが、そういう訳にもいかない。
前世ではとにかく家を出たくて仕方がなかった。
事ある毎に妹に嫉妬した。
幼い頃の俺は親に褒めて貰いたかったのだと思う。
だがそれは一度も叶わなかった。
いつしか妹と両親を繋ぐ歯車として存在するだけになった時、テレビで親が自分の子供を捨てるというニュースが頻繁に流れるようになった。
それを見て、俺はまだマシな環境だという事に気が付けた。
だからその歯車に徹した。
あの時に比べればなんという幸せな日々を過ごせているのだろう。
もう胸を張って言える。
俺はこの両親の息子なのだと。
両親を見てみる。
今は父ヴィンスがお経を唱えているのを母イシェラが怒り、光り物を燃やしている所だ。
それを止めに入る。
だが興奮した母の尻尾が俺に直撃する。
我が子が白目を剥いて倒れているのに気が付かないで言い争っている両親だが、何故かそんな日常ですら愛おしく感じた。




