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竜の唄  作者: ナル
第一章 転生
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1話 楽園

 紙をめくる音が聞こえた。


 高級そうな黒い椅子に腰掛けた、白いTシャツ姿の女性が手元のファイルに目を通しているのが見える。

 偉そうに組まれた足の先から落ちそうなサンダル。

 掛けられた眼鏡のふちからは、なにに使うか分からない小さな鎖のような物がある。

 さらりと、流れるような金色の長髪は彼女が持つ怖そうな印象を柔らかくしている。


 俺は死んだ。

 トラックから子供を助けようと走り、その子が轢かれる寸前の所で外へ突き飛ばせた。

 だがあの瞬間、自分の中の何かが終わる感覚が確かにあった。

 一瞬ではあったが体内から爆発するような耐え難い痛みも感じた。

 その感覚と前後の記憶から俺が死んだという事には確信を持っている。

 だがトラックの下敷きになったはずの俺の体に異変はないし、

 服は今朝家を出た時のままだ。

 そしてなぜか今、簡単な作りの白い机に着席している。


 混乱しながら周囲を見渡してみると辺りには俺と同じように混乱している5人の若い男女と例のサンダルの女性がいる。

 俺を含む混乱組は机に備えられた白い丸椅子に座っているが誰も立つ気は無いようだ。


 ここはシミ一つ無い白い床、白い壁に囲まれた一室だと分かる。

 俺と他の5人の男女は資料を捲る女性に向かって一列に着席させられている。

 こちら側の白い机と白い椅子に対して、茶色い机に黒い椅子のサンダルの女性。

 その差で明らかに彼女が混乱組ではないのが分かる。


 窓は無く、ドアはサンダルの女性の後ろに一つあるだけだ。 なのに窮屈だとか息苦しさを感じないのは不思議だ。


 集団面接みたいだなと苦笑していると不意にサンダルの女性が喋り出す。


「今から書類を配るから全員目を通しなさい。 あと私語は慎みなさい。 必要な事はここに書いてあるわ」


 配られた書類を見てみるとそこにはホチキスで留められた数枚のプリント。

 一枚目には転生ルールと個人に配られるポイントの説明があった。


 転生。

 やはり俺は死んだのか。

 事実を突きつけられると心に響くものがある。

 周りも俺と似たような心境だったのか唾を飲む音が聞こえた。


 現実を受け入れられているのはこの白い空間のせいだろう。

 それほどこの空間は現実離れをしていて、死んだ後の世界を体現しているように見える。

 死後の世界など信じてもいなかったが、こんなにも早く真偽を確かめる事になるとは。


 後悔は数えきれないほどある。

 こんな事になるのならやりたいことを自由にやっておくべきだった。

 それに伝えたかった言葉もある。

 しかしそれらを考えても最早後の祭りというもの。

 今大事なのは『この先』だ。



 配られた書類によるとこれから行く世界は剣と魔法で作られた文明の世界らしい。

 選ばれた転生予定者は、記憶を持ちながら新しい世界で一つの命として根を張り世界をより良い方向へと向かわせる使命を帯びた使者との事。


 そのためにポイントという分かりやすい形でそれぞれ才能を得る。

 生まれた先のスペックにもよるが、ポイントを振ればその分野において第一人者となれるだけの才能を持つ事が出来る。

 振るポイントが多ければ多いほど才能はより開花され転生者にその分野で現地の者が勝つことは難しくなる。


 ただし注意として割り振るポイントが多ければ多いほど、人類の枠に収められなくなるので、転生した際に人類以外の生物になる事がある。

 その辺りは担当官と要相談。


 他に転生事故。

 予期せぬ事態が発生し、不運にもそれに巻き込まれた場合は高確率で人類以外の生命体に転生することがある。

 しかしここ数千年間事故は起こっていないので然程さほど心配はない。

 だが万が一、事故が起きてしまった場合はその生命体で生きること。

 苦情は受け付けない。


 また、転生先で前世の知識を元に文明を無闇に発達させた場合は重い罪が課せられる。

 その文明に見合わない、オーバーテクノロジーに関しては制作はおろか

ヒントを与えることすら許されない。

 違反者は天使に追われる事になり必ず不幸な結末を迎える。


 要するに、向こうで生まれるまでは面倒を見てくれるが生まれてからは文明を見守りつつ何かいい事をしろという丸投げスタイルである。


 だが不安はあるものの、高揚感はあった。

 新しい世界に剣と魔法。

 一度死んだ人間がこの世界でやり直せるのなら、これ以上ない幸運だろう。


 書類を捲ってポイント欄に目を向ける。

 記入出来る項目は力、体力、素早さ、器用さ、運命力、魔力、容姿、歌、カリスマ。

 一人に与えられたポイントは上限30ポイント。

 人間として生まれた時の基準が全て0ポイントとなるみたいで達人と呼ばれるクラスになりたければ10ポイントも振れば十分という事だった。


 あくまでも才能であり、伸ばすためのポイント振り。

 順当に振るのならば10が一つ、5が四つという形が理想なのだろうか。

 ポイントを振りたくない場合は0と記入しなくてはならないみたいだ。


 だが頭に引っかかる事がある。

 プリントにあった説明文の最後。

『尚、ポイントの記入を以ってこれらに同意したものとする』

 これだ。


 これは才能を受け取らなければ好き勝手やってもいいという事じゃないだろうか。 せっかくの文明を壊す気はさらさらないが使命やら天使やらに怯えたくはない。


「じゃあその4枚目の記入欄に各自ポイントを記入しなさい」


 それぞれが悩みながらポイントを記入していく。

 意識するだけでプリントに記入されるらしく、ちょっとしたざわめきが起こった。 もう既にこの白い世界は魔法が存在するのだろうか。

 それとも高度な技術は魔法に見えるという現象か。



 悩んだ末にポイントは白紙で出す事にした。

 才能を貰えないのは痛いが才能を失う訳ではない。


 普通の人間として一個の根を張り、普通の人間として人生をやり直す。

 というのは建前で、本音は使命やら天使に縛られたくないという先ほどの理由からだ。


 転生をするからには前世の知識を活かしたいし、その線引も曖昧で

 向こうのいいように解釈される可能性もある。

 向こうの都合で天使が来ても何も言えない。

 これはサインをしてはいけない類の物だ。


 まぁ拒否権も無さそうだし、ダメで元々。

 その時は魔力にでも振ろうか。

 せっかくのファンタジー世界だし二度目の人生を楽しまないとな。





「力の項目に20ポイントも振り分けたら人間にはならずに良くて鬼、悪くて亀の種族とかに生まれちゃうわよ。 今すぐ振り直しなさい」


 俺の前に並んでいた身長190センチはあるであろう大男が書類を返された。

 彼なら鬼に生まれても案外やっていけそう。


 その前に並んでいた女の子は容姿に全振りしたらしい。

 サキュバスにでもなりたいのかと、当然の如く却下されていた。


 俺の番になり白紙の書類を提出すると、担当官の女性の背後にあるドアからノックが聞こえた。

 彼女がドアの方に振り返りどうぞ、と言うと現れたのは色白で彫りが深いが爽やかな男性。

 金髪を短く整えて水色のワイシャツ、紺のスラックス。

 普通にイケメンである。


「あまり転生者を脅さないでくれよ。 彼らはエデンの歓迎すべきお客様だ。

魂の清さは保証されてる。 そうじゃないと転生者には選ばれないんだからな」


「言われなくても分かってるわ。 貴方は担当が違うでしょ。 仕事に戻りなさい」


 ぷりぷりとした態度を隠そうともしないサンダルの女性に、やれやれといった具合に退出する男性。

 こちらに振り向き直した女性の顔は苦虫を噛み潰したような顔をしている。

 俺にも経験があるから分かるが、これは一度やらかしてる顔である。


 そしてそのまま記入欄を見ずに表紙に判子を押した。

 彼女が次の転生者を呼ぶ。


 望んでいた事とはいえ、良いのだろうか……。

 まだチェックしてませんよと声を掛けたくなったが良心をなんとか押しとどめる。


 ともあれこれで使命と制限から逃れられる。

 後は何事も無く転生を迎えるだけだ。



 自分の席で待機していると最後の転生者のチェックが終わったようだ。

 それぞれが満足のいく形になったらしく仲が良さそうな二人組の会話がチラホラと聞こえる。

 聞き耳を立ててみると主に話題は運命力と容姿。

 ここに10を振るかどうかで悩んだらしい。

 思うに容姿の才能って小顔マッサージやメイクの事なんじゃないかと思うが俺は才能のない一般人。

 彼らのグループには入れない身だ。 黙っておこう。


「じゃあ門に案内するわ、ついてきて」


 白く長い廊下を進む。

 この白い世界にも慣れてきたのか最初に感じた違和感が既にない。

 ここが天国と言われたら信じるだろう。

 生前の俺はこのような場所を見たこともないし聞いたこともない。

 やはり死後の世界なのだなぁ。


 担当の女性について行くと開けた場所に出た。

 ここは建物の外だろう。

 相変わらず白い世界ではあったが今は風を感じる。


 転生者の女の子があそこ……と言い遠くを指差す。

 そこには『天国への門』

 その言葉に相応しい綺麗な装飾が施された大きな門があった。

 ひと目みた瞬間にそこが目的地だと分かるほどの神々しさ。

 完成された美しさとはまさにこれの事を言うのだろう。


 その門を目指し行進する転生者。


 さぁいよいよだ。

 これから新世界が始まり、そこで新しい人間として生を得る。

 30歳という年齢ではあるが俺も男の子だ。

 その夢の様な話に心が踊らない筈がない。


 他の子達も各々気合いが入ってきた。


「転生してもここのみんなで集まろうね!」

「あぁ、俺達は仲間だ!」

「みんなで英雄になろう!」


 青春の一ページ。

 未来に夢見る複数の若い男女。

 どこか冷めた目でそれを見る俺は30歳という年齢からだろうか。

 それとも一般人に転生予定だからだろうか。

 この輪に入れなくて悔しいからではない。

 確かに俺一人だけ浮いているが、悔しいとか寂しいとかそんな感情はない。


 俺が望んだ事とはいえ、30ポイントの才能差は大きい。

 もう同期というよりテレビの中の若いアイドル達を見ているかのような、なんとも言えないふわっとした感覚である。

 せめてこの子達が道を誤らないように祈ろう。


 門を近くで見ると細かな彩色までも完璧に施されているのが分かる。

 これを作った人は遠くで見た印象と近くで見た印象が変わるように作ったのだろう。

 先ほど見た神々しい美しさは、今はいかにもな高級感に変わっている。

 より存在感を増した、巨大で荘厳な門を見上げる一同。


「貴方達には輝かしい未来が待ってるわ。 願わくばその命、無駄に散らさん事を。 私達神人が創造せしエデン。 転生者に相応しい活躍と個々の繁栄を祈ってます」


 勝ち気な態度が消え、仰々しく腰を折る女性。

 彼女は自分たちを神人だと言った。 そしてエデン。

――今更だが転生などという非現実的な事が本当に可能なのだろうか。


 人力ではまず開きそうにない重厚な扉が鈍い音をたて徐々に開く。

 そこから漏れ出すは眩しいほどの優しい光。


 先頭の転生者が恐る恐る門をくぐると体が発光し光の粒子となり消える。

 どういう理屈か分からないがこれが転生をするという事なのだろう。


 何人かが光の粒子になり旅だった後、俺の番が来た。

 覚悟を決め、左手に持った白紙の才能を握り門をくぐる。

 重力を感じない心地よい感覚に包まれる。

 そして自分の体がゆっくりと浮き上がり光の粒子となるのを感じた。


 あぁ、この体とはお別れなんだな……。

 サヨウナラ、滝上悠一……。

 サヨウナラ、俺の才能……。


 遠くで祝福するかのような綺麗な鐘の音が響く。

 その音に導かれるように意識を手放した。


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