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竜の唄  作者: ナル
第一章 転生
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9話 笑顔

 突然だが俺の顔は怖い。

 今は顔に幼さがある為、可愛いと言える……と思う。

 前世の女子高生辺りから見れば『コワカワ』とか言ってもらえるギリギリのラインだろう。

 彼女らの感性は人間の時にはサッパリと分からなかったが、竜になってから気が付いた。



――可愛くない者にとっての救世主メシアだったのだと。








 母の顔を見てみる。

 今、母は昼食の真っ最中だ。

 口を血塗ちまみれにし強靭な顎で獲物を骨ごと噛み砕く。


 余りにもワイルドなその姿に絶句する。

 もう見慣れた筈のその光景だがやはり直視は辛い。


 それに比べて俺の食事はなんという丁寧な事か。 まず肉に火を通す。

 そして肉汁が染み出てきた所に両親に頼んで採ってきてもらった味が珍しい葉などをまぶしたり巻いたりしてお上品にお口の中へ。

 口から食べ物がこぼれ落ちないように細心の注意を図り、味わうように咀嚼する。

 うむ、実に美味い!

 美味い……のだがまどろっこしい。

 竜という生き物はとにかくよく食べるのだ。

 そんな事をやっていては一日が食事だけで終わってしまう。

 なので最近は肉を焼いたら葉を数枚乗せ、そのままかぶりつく。


 もう一度母を見てみる。

 丁度食事が済んだ所のようだ。


 今日の豪華な獲物、巨大イノシシの肉の味に満足したのか口を濡らしたまま眠りにつこうとしている。

 なんという野生感あふるる女性なのだろうか。

 まさにこれこそが肉食系女子ドラゴン


 だがその体には竜の威厳のようなものが感じられる。

 今の顔は見てはいられないが、平常時のその顔にはしっかりと知性も感じられ愛嬌もあり優しさなども感じられる。


 眺めているこちらに気が付いたのか、母がパチリとウィンクしてくる。

 怖いですお母様、全く可愛くないです。


 母の食い散らかした食事を片付け、水飲み場となっている一角に移動する。

 この一角は雨水が貯まるようになっていて、衛生面では不安があるが体調を崩した事もないのでそのまま利用している。 竜の体って便利。


 その水面に映る自分の顔を眺めてみるとやはり怖い。

 黒くてカッコイイとも言えるのだろうがそれは物語やアニメの世界だけだ。

 現実の竜の顔というものはある意味恐怖の象徴だろう。


 まじまじと水面を眺めていると、水面に映る俺の顔の隣に母が映った。


「なにやってるのぉ?」


 先ほどの口元を中心とした俺の視線に気が付いたのか、口をゆすぎに来たようだ。


「カオ、コワイ」


 そう俺が言うと母は水面に映る俺の顔を見る。


「じゃあ笑ってみたらどう?」


 こうするのよ、と言い母は眼を見開いてニタァと無邪気そうに笑う。

 お母様、怖いです。


 そんな事をしていると土産を咥えた父が帰ってきた。

 何をやっているんだ、といぶかしげな顔をしていたが母の笑ったままの怖い表情を見てふっ、と優しく微笑んだ。

 張り付いた笑顔を崩し、拗ねたように顔を逸らす母。


 なるほどなるほど。 これが竜のイケメンというやつか。

 父のアレを習得しようと心に誓う。


 だがお母様。 今夫婦仲良く食事してますけども、満腹で寝ようとしていたのではないのですか……。

 竜って怖い。









 翌日の夕方。

 今更ながら俺は大変な事に気が付いた。

 本当に今更なんだが両親の名前が分からない。

 そして俺の名前すらも分からない。


 父は今日が休日に当たる日らしく、巣の中の自分の寝床で仰向けになって寝ている。

 母は休んでいる父の代わりに縄張りの見張りと狩りに出掛けている。


「お父サン」


 すごい緊張感だ。 名前を知らなかったと言うと怒るだろうか。

 俺の言葉に反応するように体制を整えると、なんだ、と聞くように視線をこちらに向けた。


「お父サンとお母サンの名前がワカラナイ」


 そう言うと父は何かを考えた後、ふにょりと尻尾を動かし


「母さんはまだ教えてもいなかったのか……」


 やれやれといった具合に頭を振った。


 父の話では竜には真名があり、その名前は誰にも教えられないとの事。

 その真名は竜の王が決めるらしい。

 成竜式で名前を貰うのだが、それまでは名前を付けてはいけないみたいだ。

 つまり俺に名前はまだ無い。


 そして肝心の両親の名前は父がヴィンス、母がイシェラという。


 父の強さと母の優しさをイメージさせるいい名前だなぁと思う。

 こちらはそれぞれの両親、俺の祖母や祖父が名付けた。

 祖父や祖母が孫と会うのは成竜式になるみたいなので、それまではいくら肉親といえど巣には近付けない。


 なるほどと納得をしトレーニングでも始めようかと思っていると、父がいまだにこちらを見ていた。

 しかも尻尾を振りながら。


 そういえば父は毎日のように縄張りを見張っている為にあまり会話が出来ていない。

 今は喋ることにも慣れてきた。 子供にとって父親との会話は必要――だと思う。

 前世では父親との会話など全くと言っていい程無かったので、感覚がズレていたのかもしれない。


 その後、父親とたっぷりと狩りについて話をした。

 狩りの方法、好きな食事、食べてはいけない毒がある獲物など色々だ。

 語っている時の父は、生き生きとしていて、子供との会話を本当に楽しんでいるように見えた。

 そして俺も、父の大袈裟おおげさにも思える武勇伝を楽しんだ。

 残念ながら喋っている途中で子供特有の急激な眠気に襲われて、中途半端な所で会話を終えたが父親というものがこの歳で初めて分かった気がする。


 前世でも子供はいなかった。 なので結婚もしていなかったが、俺が父親となっていたら子供に対してどういう態度で接していたのだろうか。


 恐らく前世の父親のように接していた……と思う。

 背中だけで語る、それがカッコ良い父親なのだと信じて。


 きっと子供にだけじゃなく、父親にも子供との会話は必要なのだ。

 楽しそうに会話をしてくれていた父を見てそう思う。


 今世でこの父親の元に生まれることが出来て良かった。

 機会があるかどうかは分からないが俺に子供が生まれた時、竜の父のようにカッコ良い父親でありたい。

 生まれた子供を、前世の俺のような親の顔色を伺ってばかりの子にだけはさせてはいけない。


 どちらも経験した今なら分かる。

 それはきっと子供にとって不幸なのだと。


 そこで俺の意識は途絶え、平凡で大切な一日が終わった。

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