【ろくさんとのっぺらちゃん】
「きいてよ~、ろくちゃん」
酒瓶を抱えて酔いつぶれた娘の脇で、湯飲みに緑茶を注ぎながら同情でもするように首の長い女はため息をついた。
「はいはい、また振られたの?」
「ちがうよ~。ひどいんだよ、人間の男につきまとわれてさ、そいつわたしの後ろにずっとついてくるからてっきり気があるんだと思って立ち止まったんだけどね、わたしの顔を見るなり逃げちゃってさ。もう、超ショック~」
これでものっぺらぼう界の美女なのに、という女の果てしのない愚痴を聞きながらろくろっ首の女は目元を緩ませた。
「仕方がないじゃない、人間の男なんてそんなものよ。少し首が長いとか、目が一つ多いとかってだけで動揺して逃げてくんだから」
「でも、だってー。わたしなにも悪いことしてないよ、ろくちゃん」
なんでものっぺらぼうの女は男につけ回されたらしい。
てっきりその気があるのかと思って、男の前に現れるようになったらそれまでさんざんつけ回していた男は青くなって逃げ出してそれっきりだったというのだから、人間の男という者は身勝手なものだ。
「少しは酔いを覚ましなさい、のっぺらちゃん」
どこに口があって、茶を飲むのかは微妙な問題でもあるが。
たしなめながら、ろくろっ首の日本髪を結い上げた女は苦笑したのだった。
少なくとも男の前に姿を現しただけで、のっぺらさんはなにも悪いことをしていない。
勝手に逃げ出して勝手におびえたのは人間の男の方だ。