第一章ー3
「これから実技の授業を行なう前にもう一度、マギについての説明をする!」
楓が声を張り上げる。
Aクラスの全員が集まっているこのグラウンドは一周約二キロにも及ぶ広さだ。
貴人は欠伸をしながら楓の話を聞く。
「我々ウィザードには各個人によって扱える属性が異なる。火、水、土、氷、風、雷、そして光と闇だ。基本的にウィザードは一つの属性しか扱えない。が、二つ、もしくは三つの属性を扱える者もたまにいる。四属性以上使うことが出来る者は極めて稀だな。そして全てのウィザードが使える無属性がある。これは身体強化に使える。ここまでは基本中の基本だ。次に、光属性と闇属性について、そうだな……宮永!答えてみろ」
楓に指名された愛斗が答える。
「は、はい!光属性と闇属性は極めて特殊な属性でその属性を持つ者はそれぞれ一人だけと言われています。光属性は聖人が持っていると世界警察が公表しています。ですが今現在誰が闇属性を持っているのかは不明とされています。またこの属性を持つ者が死んだ時にまた新たな人にその属性が宿ると言われていまグフェ!!」
スラスラ答えていた愛斗に楓の鉄拳が顔面にとんだ。
「気に食わん!!不良みたいな格好の癖にスラスラ答えやがって!!しかも生徒会の一員だとっ……。お前キャラ設定が無茶苦茶なんだよ統一しろ!!」
「そんなよく分からない理由で殴られるなんて……」
楓の理不尽な理由に愛斗が頬を抑えながら呟く。
クラスのみんなも愛斗に哀れみの視線を送っている。
心の中で貴人は合掌する。
「まあいい次、ディーヴァについてだ。千凪、答えろ」
固まった雰囲気の中、楓がこちらに質問してきた。
貴人は今までに習った事をしっかりと答える。
「はい。ディーヴァはマギを行使するために必要な力を言います。ディーヴァには質、回復力、貯蓄量が個人差があります。
質が高ければ同じマギでも強力なものになるし、回復力が高ければディーヴァが無くなってもすぐに回復し、貯蓄量が多ければ大規模なマギを使うことができます。また質が高いディーヴァは色が質の低いディーヴァより色が濃く見えます。」
「ふん。一生氷上とイチャイチャしてろ」
「いやぁ、照れるなぁ」
「はぁ……では次、プライベートアビリティについて、氷上!」
貴人が照れていると何故か楓に溜め息をつかれた。
「はい!プライベートアビリティとは火属性や水属性などのどれにも当てはまらないその人だけが持つ固有のマギのことを指します。またプライベートアビリティを持つ者はホルダーと呼ばれます。ホルダーの存在は極めて稀ですがプライベートアビリティは強力なものが多いと言われています」
悠奈はまるで教科書でも読んでいるかのようにスラスラと答えた。
流石、悠奈だ。
「このクラスは優等生ばかりで私は楽だな。では最後にマギの行使の方法について私が手本を見せる」
そう言うと楓の右手が鮮やかな青色の湯気のようなモノに纏われる。
楓はその右手を前に突き出した。
「水手」
楓がこう唱えると楓の右手が水に覆われ、楓の体の一部の様になる。
「とまぁこんな感じだ」
楓は貴人達に向き直る。
楓の背後で手の形をしていた水が普通の水と化し地面を濡らす。
「私の右手に青色のモノが纏われているのを見ただろう?分かってるとは思うがあれがディーヴァだ。またマギを発動させるには具体的なイメージをする必要がある。そこでイメージをしやすくするために言葉を用いる。この言葉は各々がマギをイメージするのを助長してくれる言葉なら何でも良い。私は英語を使うがもちろん日本語でも構わない。余談だが言葉を出さずに技を発動出来るやつもいるな。さて、と」
楓は一度言葉を区切る。
「説明が長くなったが実技を行いたいと思う。それぞれ二人組になれ。氷上の相手は私がやる」
「一年の頃から思ってたんですが何で悠奈はいつも先生と組まされるんですか?」
楓の言葉に貴人はずっと抱いていた疑問を投げかける。
「お前は攻撃力の高い雷属性、氷上は六王家の次期当主、こんな組み合わせ認めるわけにいかんだろ?グラウンドがめちゃくちゃになるわ」
「ま、まあそうですよね……」
楓の正論に貴人は納得せざるをえない。
六王家とは日本の中で各々の属性において最も優れているとされる六つの一族の総称を指す。
火属性は火賀家、水属性は水月家、土属性は土門家、氷属性は氷上家、雷属性は雷禅家、そして風属性は風城家が六王家である。
悠奈はその氷上家の次期当主とされる程の実力の持ち主である。
ちなみに現当主は悠奈の父、弦である。
「と言うわけで貴人、俺と組もうぜ」
愛斗が誘ってきた。
今までもずっと貴人は愛斗と組んでいた。
「あぁ、そうだな。はぁ、おーい、悠奈〜。もういっそ先生を倒しちゃっていいんだぞ〜」
「無理だと思うよ……」
貴人の言葉に悠奈はため息をもらした。
これまで楓と悠奈が戦ってお互い決着がついたことがないのだ。
悠奈は全てのウィザード養成高校の中でもトップクラスの力を有している。
なのに勝てない。
それ程までに楓は強いのだ。
もしお互いが本気を出せば決着がつくのかもしれないが。
「よし、全員ペアになったようだな。勝利条件は相手に参ったと言わせる事!制限時間は二十分!もちろんアームズの使用は禁止だ!それでは始め!!」
アームズとはウィザード一人一人がもつその人用の武器の事である。
その武器にディーヴァを纏って使ったり出来る。
楓が言い終えると同時、全員が臨戦態勢に入る。
そんな中、貴人と愛斗も無属性のディーヴァを全身に纏った。
無属性のディーヴァを戦闘中に纏うのは基本である。
身体強化と重さの無い鎧のような役割を備えている。
「じゃあ行くぜ貴人っ!」
「あぁいつでも来いよ」
愛斗は言うやいなやこちらに向かって走り出した。
身体強化をしている愛斗は貴人との距離を一瞬で詰めると右手に赤色のディーヴァを纏う。
愛斗のディーヴァは楓のように鮮やかではなく荒々しさを感じさせる。
「フレイム!!」
そう言うと愛斗の右腕が炎に包まれる。
「前の時と同じ戦法かよ。学習しろよっ!」
言いつつ貴人は後退する。
前回にも愛斗は試合開始直後に炎を纏った拳を自分に放とうとしていたのを思い出す。
その時に貴人に後退されてあっけなく愛斗の先制攻撃は失敗したはずなのだが。
「舐めんなよ貴人!!おらぁ」
貴人が後退するのを見越していたらしく愛斗は右腕の炎をサッカーボールくらいの大きさにして貴人に向けて放った。
ちゃんと対策はしてきたらしい。
「そうきたかっ」
飛んできた炎の球を貴人は左に跳んで躱す。
「まだまだぁ!!」
貴人が躱した直後に愛斗はまた右腕に炎のディーヴァを纏い殴りかかって来る。
どうやらこの行程を繰り返し続ける作戦らしい。
「おらおらおらおらぁ!!」
「お前は戦闘狂か!?」
貴人は軽口をたたきつつ愛斗の拳と炎の球を躱していく。
しばらくすると愛斗の動きが遅くなり隙が出来始める。
「はぁ、はぁ。くっそ……一発も当てられねぇ」
愛斗はこれだけ攻撃しているのに一発も当てられない事に苛立ちを隠し切れないのだろうかどこか悔しそうな顔を浮かべている。
「これで当ててやるっ!」
そう言うと愛斗は最後の力を振り絞るように貴人に近づき腕を振りかぶる。
この隙を貴人は見逃さない。
愛斗の視界から消える様に貴人は動く。
「なっ!?」
「流石に大振りすぎだな」
貴人は愛斗の後ろに回り込み愛斗の肩に手を置いた。
「俺の勝ち」
「降参だよ……」
愛斗の降参によりこの勝負は終わった。
「やっぱつえーなぁ貴人。勝てる気がしねえぜ。一発すらあてられないんだからな」
「そんなことないさ。着実に力を付けてるよお前は。両腕でディーヴァを纏えるようになったら一発はくらってたな」
「本当か!?よしっもっと頑張るぜ!ありがとな貴人!」
貴人の励ましに鼓舞される愛斗。
実際愛斗が着実に力を付けているのは事実である。
右腕だけとはいえ自分の属性のディーヴァを纏えるのはこの時期では早い方だ。
まだ無属性のディーヴァを体中に纏う事もままらない生徒もちらほらいる。
無属性のディーヴァを纏うのはイメージしやすいと言われるがそれは他の属性のディーヴァと比べた時であって決して簡単と言うわけではない。
もちろん無属性以外のディーヴァを体中に纏うにはとてつもなく集中力と纏い続けるだけのディーヴァの貯蓄量が必要となる。
故に長い間全身を無属性以外のディーヴァで纏う事が出来る者はこの学校の生徒の中でも数人しかいない。
ちなみに無属性のディーヴァは体中に纏っても消費量が少ない。
先程の愛斗の疲労のほぼ全てが右腕に纏ったディーヴァのせいだと言ってもいいだろう。
「さてと、悠奈とカエデちゃんはどうなってるかなぁ」
貴人は隣に目を向ける。
そこでは二人の美女が対峙していた。
「氷雨!」
悠奈がそう唱えると右手に纏っていた水色のディーヴァが無数の氷の弾丸に変化し楓に放たれる。
悠奈のディーヴァは全く穢れのない空のような透き通った色のディーヴァだ。
「ふんっ!水手!」
楓が両腕に纏ったディーヴァを水に変化させ楓の一部のようにして、氷の弾丸を打ち落とす。
楓が気を取られているその隙に悠奈は楓の背後に回り込む。
「氷刃!」
悠奈は右手を氷の刃に変化させ楓の背中めがけて振り下ろした。
いくら無属性のディーヴァを纏っているからといって当たれば負傷は間逃れないだろう。
「甘い!!」
楓は足元に茶色のディーヴァを広げる。
「土壁!」
こう唱えると楓の足元からグラウンドの土が盛り上がって悠奈の前に壁となって立ち塞がった。
楓は水属性と土属性の二つを扱える。
これでは氷の刃で貫くことは出来ない。
この二人は圧倒的にマギの発動速度が早い事が今まで決着がつかなかった理由の一つでもある。
そんな中
「そうくると思ってましたよっ!」
「?」
狙い通り、と言わんばかりに悠奈が笑みを浮かべる。
その言葉を聞いて楓は自分の頭上の周りには水色のディーヴァが浮遊しているのに気がついたようだ。
「なっ!?今までの攻撃はこのディーヴァに感づかれないようにするためのブラフか!」
そう、悠奈は最初の攻撃の際、ディーヴァを体から切り離し、楓の周りに待機させておいたのだ。
悠奈はこれを簡単にやってのけたが、ディーヴァを切り離すのはイメージをするのが至難の技である。
「氷柱!!」
悠奈がそう言うと楓の頭上にあった悠奈のディーヴァが鋭い針のような氷になりグラウンドと楓をめがけて降り注ぐ。
「ふぅ」
グチャグチャになったグラウンドを見て悠奈は溜め息をもらす。
六王家とはいえディーヴァを切り離す事は疲れるのである。
「氷上さんすげぇ。カエデちゃんを倒した……」
周りのクラスメイト達が悠奈を見て圧倒される。
「まじすげえな氷上」
愛斗も驚いた表情で悠奈を見る。
しかし貴人は愛斗に水を差した。
「いや、これでカエデちゃんがやられてたら今まで引き分けばかりだった事がおかしいだろ」
確かに悠奈は凄いがこれであの鬼教官がやられる訳が無いのだ。
次の瞬間ーー
「おい、今カエデちゃん呼ばわりしたやつ出てこい。後で灸を据えてやる、冷静な判断をした千凪だけは見逃してやる」
そう言いながら楓が無傷で氷の破片が散らばった所から出てきた。
その姿はやたらと迫力があった。
「惜しかったなぁ氷上。もう一歩だったぞ?」
「そんな余裕そうな顔で言われても説得力ありませんよ……」
ははっ、違いない、と楓は笑う。
今までも立場が逆転する以外は全く同じ展開だった。
「じゃあ続きといこうか!」
「はいっ!」
そしていつも通り、こうした攻防が制限時間までずっと続き、時間切れで二人の対決は終了した。
もちろんそのあと生徒の数人が楓に教育されたのは言うまでもない。