第一章ー1
「暖かくなってきたなぁ」
ふわぁと大きな欠伸をしながら隣の少女に話しかけるのは黒い髪に黒い大きな瞳、鼻筋の通った整った顔立ちをしている少年、千凪貴人である。
貴人は隣の少女に目をやる。
長い水色の髪、見た者全てを引き込むような茶色の瞳。
見まごうことなき美少女だ。
「もう四月だからねー」
その美少女、氷上悠奈が笑いながら言葉を返す。
悠奈と貴人は婚約者同士だ。
それは若い男女が気軽に言う婚約ではなく、両家が認める婚約である。
貴人と悠奈は幼馴染みで小さい頃からずっと二人は一緒だった。
貴人達はいつも通り他愛もない会話をしながら二人の通っている高校へ辿り着いた。
ーーーー
夢ノ丘高校
ウィザード養成の為に設立された高校の一つだ。
今日は始業式。
今年から貴人達はこの高校の二年生だ。
「どうせ今年も悠奈と同じクラスだろうなー」
「もしかしたら貴人が下のクラスになってる
かもしれないよ?」
校門をくぐると同時、悠奈が笑いながらからかってきた。
「だ、大丈夫だろ……」
悠奈に言われ、貴人は自信を失ってしまう。
この高校は成績順にA、B、C、D、Eクラスと分けられるので今まで好成績だった二人は違うクラスになったことがない。
「でも貴人、前のテストで解答欄ずれてて点数ひどかったじゃない」
悠奈の追い打ちが貴人をみるみる青ざめさせた。
「で、でも大きなミスはそれだけじゃないか!だ、だから今年もAクラスのはず……」
悠奈に言われると不安になってしまう。
「まああそこに張り出されてるみたいだしすぐに結果は分かるよ」
悠奈が指差す先にはクラス分けを書いた紙が掲示板に貼られているのが見える。
「よ、よしじゃあ見に行こうか。まあAクラスなのは間違いないけどなっ」
そう言いながらも貴人は前に足を踏み出せない。
足元がプルプル震えているのだ。
そんな貴人を見て悠奈は呆れたような顔をし、一人で掲示板へ歩いて行った。
クラス分けを見て悠奈は少し微笑んだ後にプルプル震える貴人の所へ帰ってきた。
「ど、どうだった?」
必死に冷静を装いながら貴人は聞く。
そこに悠奈、もとい天使が微笑みながら告げた。
「Aクラスよ、二人とも」
「うおおおおおおおおおおっしゃおらあああああああっ!」
貴人は咆哮をあげた。
ーーーー
始業式も終わり貴人は悠奈と新しい教室へ入った。
「よぉ、貴人と氷上」
二人に話しかけてきた金髪のオールバック、吊り上がった目ですこし厳つめの男は貴人達とは中学からの付き合いがある宮永愛斗だ。
「おっす愛斗。お前もAクラスか?」
「あぁ、なんとかな。また今年もお前と氷上のいちゃいちゃを見ないといけないのか」
「いちゃいちゃなんてしてないよっ」
「はいはい」
悠奈の言葉を聞き流す愛斗。
イチャイチャしてないと悠奈と貴人は主張しているし、貴人自身イチャイチャは家の中だけに抑えているつもりなのだが、愛斗曰く「中学の時からイチャイチャしていない日を見たことが無い」とのことである。
学校中に二人の存在が知られているとも言われた。
「それより今年の先生って誰なんだ?」
この話は平行線上を辿るとわかっているので話題を切り替える貴人。
「どーせ今年もカエデちゃんだろ?」
やれやれとばかりに愛斗。
そのとき
「ほーう、担任の私のことをカエデちゃん呼ばわりするとはいい度胸じゃないか?ん?お仕置きがして欲しいんだな?」
ニコリとしながらそう言うのは去年貴人達の担任であった百地楓である。
紫色の髪を肩まで伸ばし、切れ長の瞳。美人ではあるが怒るとより怖さが増す。
鬼教師として知られる彼女は学校で最も有名な教師である。
愛斗は動かなくなった。
しばらくして愛斗は微笑み続けている担任にロボットのようにぎこちなく向き直り、そしてーーーー
土下座した。
「カエデちゃん呼ばわりしてまじすいませんっしたぁぁぁぁぁぁぁ!!」
愛斗はプライドを捨てた、一瞬で。
(愛斗……)
もし相手が鬼教師でなかったら愛斗もここまでしなかっただろうと貴人は思う。
愛斗が以前にも何度か似たような事を起こしていてその度に楓に教育と言いながら教室の外に連れ出されて行くのを貴人は見ていた。
教育の内容を知っている貴人も愛斗の隣で青ざめる。
「まあいい、とりあえず今日の所は見逃してやる。次はないと思え」
「ありがとうございます!カエデち、百地先生!!」
明らかに安心した様子を見せる愛斗。
そんな愛斗をよそに楓がクラスに向かって話し始めた。
「えー、私がAクラスの担任である百地だ!Aクラスといえどもまだまだあまちゃんのお前らに私が指導してやる。さっきのような私に舐めた態度の奴にはそれ相応の教育的指導を行うのでその事を心にとどめておくように!!また明日は実技の授業を行う。今日はここまでだ。解散!」
簡潔な楓の話が終わるとAクラスの生徒達が教室から出て行く。
帰宅の準備を終えた貴人に悠奈。
「貴人、今日は同好会は無しでいいよね?」
貴人と悠奈は2人だけのとある同好会で活動している。
「あぁ」
「じゃあ帰ろっ」
「そうだな、愛斗は?」
「俺は生徒会に用事があるから先に帰っといてくれ」
「大変だな、書記も。また明日」
「宮永君ばいばーい」
「じゃーな」
ーーーー
貴人達と別れたあと愛斗は生徒会室へ向かった。
「宮永です」
生徒会室に到着した愛斗はそう言いながらドアをノックする。
すると抑揚の乏しい声で返事が返ってきた。
「どうぞ」
部屋に入ると一人の女性がソファに座って本を読んでいた。
黒い髪は腰にかかるまで伸び、眼鏡の奥から見える瞳は針のような鋭さをもっている。
いかにも知的な美少女である。
「こんにちは、副会長」
「こんにちは」
副会長の六条阿澄は愛斗を一瞥するとさっさと本の世界へ戻っていってしまった。
「会長と嶋先輩はまだか」
愛斗は呟きながら阿澄の向かいのソファに座った。
向かいに座る阿澄を見ながら愛斗は心の中で「かわいいなぁ、結婚したいなぁ」と妄想に勤しんでいると、その視線に気づいたのか阿澄が愛斗を睨み
「じろじろ見ないで」
と一喝。
「あ、すいません」
沈黙、ただ阿澄が本のページをめくる音
だけが聞こえる。
愛斗がまた阿澄に話しかけようとした時、勢いよくドアが開いた。
そこから入ってきたのは金髪の長い髪を靡かせ、優しい顔だちの明るそうな女性と緑色の髪が目にかかっていていかにも暗そうな雰囲気の男性の二人。
金髪の女性は愛斗と阿澄に向かって
「ごめんね〜、始業式なのに集まるって私が言ったのに遅れちゃって〜」
と軽い感じで謝罪する。
「大丈夫ですよ、会長」
「ええ、慣れてる」
と言うと金髪の女性、生徒会長の九十九香は微笑んだ。
「二人ともありがとう〜。ところで嶋君はなんで遅れてたの?」
香は嶋君、会計の嶋海に向かって質問した。
「た、担任の話が長くて……」
おどおどしたような口調で香の質問に答える海。
「あぁBクラスの担任話が長いもんね〜。それは仕方ないね!」
「それで会長、今日はどんな用件ですか?」
愛斗は話題を換える。
「あぁそうだった!今日は用件が有るんだった。コホン、えー今年から神無月祭と同じような行事を五月にも行なうことになりました!!」
香は胸を張りながら言った。
「えっ、そんないきなり!?」
「私もさっき知ったんだ〜。ちなみにその行事の名前は五月祭ね〜」
「相変わらずまんまだな……」
「わ、分かりやすくて僕は良いと思う……」
神無月祭とはウィザードを養成する高校で対抗戦をするものである。
対抗戦の種類は五対五で戦うチーム戦、二対二で戦うタッグ戦、一対一で戦う個人戦の三つである。
その競技の出場者を決定する方法はそれぞれの学校が独自の選出方法が設けられている。
投票で出場者を決定する学校、総当たりで戦い最後まで倒れなかった者を出場者に決定する学校など様々である。
夢ノ丘高校ではそれぞれの種目毎にトーナメント形式で優勝したものが出場の権利を得ることが出来る。
「それなら五月祭の出場者を決める為に早くトーナメント戦を行わないといけないですね」
愛斗がそう言うと阿澄もそれに続く。
「そうね……でもチーム戦となるとメンバーを集めるのに時間がかかりそうね」
どうしたものか、と愛斗が思っていると海が控えめに切り出す。
「そ、それなら二週間後が一番良いと思います。ちょうど今日から五月祭までの日数の半分ですし」
その言葉に香が頷く。
「よしっ!じゃあ二週間後にトーナメント戦を行なおう!それじゃあ今日はもう終わりだよっ!みんなまた明日ね〜!!」
そう言いながら香は生徒会室を後にする。
「それなら俺たちも帰りますか」
「そうね」
「ふ、二人ともさよなら」
ーーーー
生徒会の用事が終わった頃、貴人と悠奈は同じ家に帰宅していた。
悠奈にも家があるのだが学校から遠いので貴人の家で暮らしている。
貴人の両親は仕事で海外を飛び回っているため悠奈と二人だけの生活である。
貴人の両親はなかなか腕の立つウィザードでいろいろな依頼をこなしているらしい。
最初はお互い戸惑いはあったものの今ではキチンとお互いの役割りを果たして快適に過ごしている。
もちろん両家の許可も得ている。
むしろ推奨されている。
どの道一緒に暮らすようになるのだから別に今からでも構わないだろうという考えらしいのだ。
俺らの親はズレているから仕方ない、と貴人は割り切っている。
「そういえば明日早速実技の授業するんだってね〜。やっぱり二年になると実技の授業もふえるんだね!」
食事も終えそろそろ寝ようとしていた貴人に寝巻き姿の悠奈が嬉しそうに話しかけてきた。
「えぇー実技なんて面倒なだけだろ。走ると疲れるし」
貴人は億劫さが伝わる声で返事をした。
「ほんと貴人は面倒くさがりだよね。去年の神無月祭も私とタッグ戦出ようって言ったのに全く聞く耳を持ってくれなかったもんね」
「あれこそもっと面倒くさいじゃないか……それに出たかったなら個人戦に出ればよかったじゃないか」
「そ、それは……」
急に悠奈が顔を赤くさせモジモジしだす。
「た、貴人と一緒に出たかったの……」
「なっ……」
不意をつかれた貴人は悠奈以上に顔を赤くさせ思わず目線をずらした。
貴人の脳内は『悠奈さん可愛い!』で埋め尽くされる。
それと同時に決心する。
「分かった!!次の神無月祭にはタッグ戦で出よう!!」
「ほ、ほんと!?」
「あぁ!!」
貴人の言葉を聞いた悠奈は嬉しそうに声を弾ませた。
悠奈が喜ぶなら自分の気持ちなど二の次だ。
「まあ神無月祭までまだ先だけどな」
「その間に一杯練習しなくちゃね!」
次の日、担任から五月祭のことを知らされ二人で苦笑することになるのであった。