序章
体が熱いーー
体内を巡る血が沸騰しているようだーー
ある夏の夕方。
学校から帰ってきたランドセルを背負った黒髪の少年の目の前には異常が存在していた。
粉々に砕け散った窓。
散らかった部屋。
その部屋の床に伏している四人の人物。
漂う濃密な血の匂い。
その四人を見下ろす男。
その日の朝、少年はいつも通り通っている学校にこの家から登校し、いつも通り退屈な授業を受け、いつも通り友達と会話しながらこの家に帰ってきた。
そしていつも通りこの家にある自分の部屋で休息をとる。
そんないつも通りを次の日も繰り返すはずだった。
はずだったのにーー
「こんにちは、少年」
男は、少年の方へ顔を向けるとおもむろに話しかけた。
感情の読み取れない顔、抑揚に乏しい声、不吉なほど黒い髪、あらゆるモノを呑み込んでしまいそうな程深い黒い瞳、黒一色で統一された服装。
少年の目にはまるでこの世の良くないものを体現しているかのように見えた。
「どう思う?少年」
男は問いかける。
「この光景を作り上げたのはこの私だ。つまり私がこの四人の人生を終わらせたという事だ。そしてこの四人は君の大事な人達だ。この事実から君はどう思う?私を憎むか?それともこのような運命を与えた神を恨むか?それともまた別の何かを恨むか?」
少年は言葉が出ない。
脳がどのようにして口から音を発するのかを忘れてしまったかのように。
「いずれ再会する時が来るだろう。その時にまた君の思いを聞こう。そうすれば私はまた一つ近づけるだろうから。だから私は君を殺さない。では、また会おう」
「お、お前はいったいっ……」
少年はようやく絞り出すように言葉を発する事に成功した。
「探究者、だよ」
男はそれだけ言うと夕焼けに消えていってしまった。
その家に残ったのは四つの魂の宿らないただの容れ物と、茫然と立ち尽くすだけの虚ろな目をした少年だけだった。