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星の仔竜の、物語  作者: 雅竜
サザンクロス魔法学校
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 目が覚めたときには、とっくに日が傾きかけていた。


 夕日の射し込む保健室。白いベッドの上でボクは寝かされていた。一瞬どうして此処に居るのか分からなかったけれど、すぐにさっきあったことを思い出した。剣を抜こうとしたら謎の衝撃に襲われて――。

「――サクラ?」

 足元の方を見ると、サクラがベッドに凭れ掛かったまま椅子の上で眠っていた。もしかしてずっと見ていてくれたのだろうか。申し訳なさと嬉しさでボクは苦笑いした。

「レア、ン――? おきたの?」

 んー、と目を擦りながらサクラは起きた。「カラダはだいじょうぶなの?」

 心配そうにボクの方を見てくる。言われてから気づいた。そういえば自分の身体はどうなったのだろう。ゆっくりと上半身を起こし、腕を回したり、首を回したりして確認する。どうやら問題なさそうだ。

「大丈夫みたい。先生は?」

「それはよかったの! センセイならもうすこししたらもどるの」

そっか、と相槌を返す。時計を見ると、そろそろアオ兄も帰って来る頃だった。早く帰って晩御飯の支度をしないといけないが、あんな出来事があった後だ、先生を待たずに帰るわけにもいかなかった。

「レアン、なにがあったの?」

 心配そうにサクラが訊いた。「ヒカリがピカーッて、なんだかカミナリにうたれたみたいだったの」

「ボクもそんな感じかと思ったんだけど」

 顎に右手をつけようとして、途中で止める。「――ボクにも分からない」

カチャ、と音がして保健室のドアが開く。入ってきた先生と目があった。

「良かった、起きたのね。――何処か痛いところは?」

「大丈夫そうです」

 その言葉を聞いて先生はホッと胸を撫で下ろした。

「心配かけちゃってゴメンなさい」

 ボクは咄嗟に謝った。そうしたら先生は黙って首を振った。

「むしろ私の責任だわ。生徒を危険に晒してしまったんだから――」

 本当に何事も無くて良かった。そう言うと、ボクの頭を撫でた。長い毛で覆われた手がくすぐったい。

「今日のところは落ち着き次第帰りなさい。今回の件はまた後日、改めて話し合いましょう?」

「はーい」


 その日はそのまま帰ることになった。

 特に大きな怪我もしていなかったし、アオ兄には先生と魔法の練習していたことを伝えただけで済ませた。

 そんなことよりボクはお腹が空いていた。まるでいつもの何倍も体力を使ったような感じで、その所為もあってか苦手だった魚の料理がとても美味しく感じられた。アオ兄には「偉いぞ」と褒められた。ちょっぴり嬉しかった。

 食べ終わると猛烈な眠気に襲われて、いつもより早めに寝室へ向かった。食器の後片付けもあったけれど、サクラが気を回して代わってくれた。今日は色々なことがあり過ぎて疲れたのだろう、そう眠い頭で納得しながら、ボクは眠りについた。



 翌日、学校に早めに着いたボクは、玄関先で先生と出会った。おはよう、おはようございます、とお互い軽く頭を下げる。

「今日は早いのね? 一人?」

 ハイ、とボクは返事する。断って先に出てきたからサクラはまだ来ていなかった。

「――昨日のことでもしかしたら、と思って」

「相変わらず勘は良いのね。丁度良かったわ、ついて来なさい」

 正直なところ勘が働いた訳ではなかった。単に昨日の出来事が何だったのか、それが気になって仕方が無かった。良いことか悪いことかそれは分からないにせよ、ハッキリさせておかないといけない気がしたのだ。


 先生に連れて行かれたのは職員室――ではなく、隣の校長室だった。思わずボクは目の前で固まった。

「あの、先生」

 今にもノックをしようとしていた先生を呼び止める。

「どうしたの?」

 ボクの方を見て首を傾げる。

「ボク、悪いことでもしちゃったんですか」

 そう言うと、先生は小さく笑って「違うわよ」と答えた。

「まぁ、入ってみれば分かるわ」

 そして今度こそ扉を叩いた。「校長先生、入ります」

 初めて入った校長室はとんでもなく広かった。というのも、校長先生はとんでもなく大きいからだ。

 齢はとうに八百年を超えているのだとか。このサザンクロスの国王よりもずっと年上。普通の部屋には収まり切らないので校長室だけが他の教室の三倍近くある。首と尻尾が極端に長い蛇のような種なので、その身体をうねらせて部屋に収まっていた。

 目はほとんど開かないのか、パッチリと開いているのをまだ見たことはなかった。優しいその眼差しが、ボクを真っ直ぐ捉えていた。一瞬口元が笑った気がする。

「ゼフィラ先生、連れて来てくれて有難う」

「まだ早かったでしょうか? 偶然レアン君も早かったので」

「構わんよ、私は然程眠りを必要とせんからな」

 先生――ゼフィラ先生は大人の二足竜としては少し小さめの部類だ。巨大な身体を持つ校長先生と並ぶとその大小がくっきりとしてしまう。もっとも、ボクと校長先生なら更に大きさの違いが出るのだけれど。

 招かれるままに前に出ると、校長先生はその長い首をもたげてボクに顔を近づけた。目の前にその大きな顔が来る。こんなに近くで見つめたことが無かったから思わず細部まで観察してしまう。立派な鹿のような角に、二本の長い髭。顔の上側から身体の背側は白い毛で覆われていて、下顎から腹側は緑の鱗で覆われている。年月を重ねただけの皺が各所に見られた。

「さて、昨日は大変な目に遭ったようだな」

「あっ、ハイ」

 声に凄みがあったから、怒られるのかと思った。けれど校長先生はそのボクの不安を取り除くように、口元をまた緩ませた。どうやらそうではないらしい。――第一ボクが怒られる理由も無いのだけれど。

「その後身体に不調は無いかな?」

「えぇと、特には」

 首を振りながら答える。校長先生は少しホッとしたような表情を見せた。

「それは良かった、――」

 何かを言いかけたのはボクにも分かった。何だろう、と首を傾げる。

「――校長先生?」

 さっきの安堵の表情から一転して何かを迷うような顔だった。ウウン、と声が漏れる。チラリとゼフィラ先生の方を見た。

「もしかして、私は外した方が良いのでしょうか」

 察したようにゼフィラ先生が提案する。どうやら此処から先の内容は先生にも知らされていないようだった。

「――いや、構わん。レアン?」

「は、ハイ」

 改まれると緊張する。ただでさえ校長室というだけで足が竦むのに。

「ちと此方へ来てくれんか。確かめたいことがある」

「?」

 言われるままにその巨躯の傍へ寄る。すると校長先生はボクを包み込むようにしてとぐろを巻いた。目の前が真っ暗になってボクは戸惑った。

「すぐ終わる、少しの間目を瞑ってなさい」

 指示通り目を瞑る。すると何かが額にコツンと当たった。瞬間、フワッとする感覚が襲う。身体の芯がじんわりと温かくなっていくのを感じた。

 ただ言いつけ通り目を閉じたまま待ったので、何が起こっていたのかは分からなかった。それから少しして、もう良いぞ、と声がかけられた。暗かった視界は開かれていた。

「そうか、これは珍しい――」

 ボクの方を見ながら校長先生が呟いていた。

「何か分かったんでしょうか」

 ゼフィラ先生が心配そうに問う。校長先生はゆっくりと首を縦に振った。

「レアンよ、其方――魔法が使えないと聞いていたが本当かな?」

 ボクは無言で頷いた。

「だとしたら此れは朗報だな。――其方、魔法が使えるようになっておる」

「えっ」

 これにはボクもゼフィラ先生も驚いた。「魔法が? 使えるんですか?」

 力強く頷きながら校長先生は続けた。

「魔力が静かではあるが漏れ出している。昨日の事故をキッカケに魔力の制御が緩まったのやもしれん」

 ボクは校長先生の話を聞きながら、昨日のゼフィラ先生の話を思い出していた。

 魔法が使えるようになるには『覚醒』しなければならない。それは身体の中に溜まった属性の力が身体の外に漏れ出す状態のことを言う。ボクらドラゴンの魔法は、その漏れ出す属性の力を操ることで、属性の力を魔力として使えるようにすることで成り立っている。

 『未覚醒』状態には二つの原因が考えられる。一つは属性の力が溜まっていない場合。この場合はそもそも魔法が不向きな可能性すらある。もう一つは、身体が属性の力を身体の外に出すことを拒んでいる場合だ。

「つまり、ボクの場合は、身体が外に出すのを拒んでいた――んですか?」

 校長先生の言葉はこの後者を指していた。簡単に言えば、頑丈な鍵のついた金庫に守られていたことになる。

「そうだな。理解が早くて宜しい」

 感心感心、と嬉しそうに首を縦に振る。

「ゼフィラ先生の勘は当たっていたようだ。魔法補助具である剣が、其方の眠れる力を解放してくれたのだ」

「あら、私のお陰ですか」

 ゼフィラ先生は笑った。「良かったわねレアン。もっと喜んで良いのよ?」

 確かにその通りだった。ボクはずっと魔法が使えずに苦しんでいたのだから。

 けれど素直に喜べない自分が居た。こうもアッサリと使えるようになりました、では実感が持てなかったからだ。両手を見つめて目をパチクリさせる。

「本当に、使えるようになったんですか」

 確認するように問いかける。校長先生も再度大きく頷いた。

「だが練習せねばならん事には変わらんからな。上手く扱えるかは自分次第じゃて」

「そうね。早速特訓出来るように予定を立てましょう? 先生も手伝ってあげるわ」

 あ、あぁ、ハイ。そんな風にボクは返事した。随分間の抜けた返事だったと思う。それだけ実感が湧かなかったのだ。嬉しいはずなのに、素直に喜べない。元々そういう性格なのかもしれないけれど。

 丁度そのとき、キンコン、とチャイムの音が鳴ったのが聞こえた。そろそろ始業の時間だった。

「あら始まっちゃうわ。それじゃ校長先生、私たちはこの辺で」

 そうゼフィラ先生が言い、校長室を立ち去ろうとしたとき、校長先生は慌ててボクらを呼び止めた。

「お、おぉ、待ってくれ。一つ忘れ物だ」

 長い尻尾で何かを掴んでボクに渡す。ズッシリと重い。昨日の剣だった。

「えっ、コレを?」

「勿論だ。其方の波長に合うようだからな。使う時は気をつけて使う事。慣れるまでは無闇矢鱈に鞘から抜かん事。其れらを守るのなら、其の剣は其方にやろう」

 学校の備品を私物化できるとは思ってもみなかったから意外だった。けれど剣は気に入っていたし、欲しいとも思っていた。此処に来てようやく嬉しくなった。随分へそ曲がりだな、ボク。

「ありがとうございます! 大切にします!」

 ボクは両腕で大事に抱きかかえると、校長先生に深々と礼をした。


 ――これがボクと、この剣との出逢いだった。

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