眠れる力
先生に連れられてやって来たのは武器庫だった。
剣術の授業で木刀を用意するときに出入りする倉庫。中はほんのりと暗い。何度か当番で入ったことはあったけれど、奥の方にはまだまだ沢山の種類の武器が並んでいるのを知っていた。もう少し上級生になれば使うこともあるのかな――なんて思っていたけれど、まさかこんな早く対面することになるとは。それにしても、何故武器庫なのだろう。
「あの――先生? ボクら魔法の話をしていたんじゃ?」
先を歩く先生の耳には届いていないようだった。一つ一つ武器を見ながら、これは違う、多分これじゃない、などと独り言を呟いていた。ボクはサクラと困ったように目を見合わせた。「きいてないの」とサクラは言う。それに、ただでさえ毛の長いファードラゴンだというのに、こんな埃っぽい部屋に入って。先生の毛並みは汚れ始めていた。本人はあまり気にしていない様子だったけれど。
奥の方に眠る武器はどれも本物だった。よく使われ手入れされた武器や、埃を被った随分と使われてなさそう武器。短剣から長槍まで本当に様々なものがあった。中には使い方のよく分からない武器も置いてあった。熱心に何かを探す先生をよそに、ボクらも仕方なくその辺の武器を物色し始めた。触って危なさそうな武器には極力触らない方向で。
「コレ、なんだろう」
サクラが手に取ったのはリボンのついたベルだった。少し揺らすと、リーンという綺麗な音がした。サクラの手に持てるぐらいだから然程大きくもない。とても武器には見えなかった。
「ああ、それはね」
音を聞きつけた先生がやって来た。「マジックベルって言うの。武器というより、魔法の補助具よ」
「ほじょぐ?」
キョトンとするサクラに、そうよ、と頷く先生。
「これは自然に働きかける魔法に特に使われるの。――そういえばサクラ、あなたは地や風の属性に適正があったわね。使ってみたら?」
「わたしが?」
「後で校庭に出たら、ね」
「はーいなの」
此処でやると後片付けが面倒だから、と先生は付け加える。サクラは物珍しそうにそのベルを見ていた。金色でなかなか綺麗だし、リボンもオシャレだ。
「此処にある武器はね、一部は魔法補助具なのよ」
そう言いながら先生は再び何かを探し始める。
「じゃあ、今探してるのって」
「そう。その補助具」
だから湿っぽい武器庫になんか来たんだ。ランプの光に淡く照らされた屋内が、途端に宝の山に思えてきた。つまりボクの魔法を補助する道具があれば、ボクも魔法が使えるようになるのかな。
「うーん……無いわね」
天井から下まで見渡しながら先生はぼやいた。
「先生は何を探してるんですか?」
「レアンは剣術が得意でしょう? だから剣の魔法補助具を探してるの――確か此処らにあったと思うんだけど」
やっぱりボクは剣が得意だと思われているのだろうか。避けるのが上手いだけで振るうことに関してはそれ程得意でも無いのだけれど。
「どんな剣なんですか、それ」
ボクも探しながら尋ねる。
「柄が立派な形をしているから分かり易い筈なのよ。見たらコレだ、って思うぐらいに」
「へぇ――」
間の抜けた返事をしたそのときだった。一瞬、何かが奥で光ったような気がしたのだ。ボクは誘われるようにして歩いていった。奥に行くにしたがって暗さは増していった。
そして、それは其処にあった。
茶色の鞘に収まったまま立てかけてあった。長さはボクの腰の高さぐらい。ボクは一目でそれが探していた剣だということが分かった。何故なら柄が、淡い照明を反射して金色に輝いていたからだ。ボクはその剣を手に取り、鞘の埃を払った。思わずゲホゲホと咽る。
「わあ……」
思わずため息が漏れた。随分使われていなかったのか、被っていた埃は少し厚かったが、その下からは美しい装飾が確認できた。金の装飾は螺旋を描き、柄に近い部分に数個の水晶が嵌め込まれていた。それはまるで年月が止まったかのような美しかった。素人目でもこれは良いものだと認識できた。
「先生ー! 先生ー!」
「わー! 危ない! 危ないから!」
ボクは思わず興奮したまま報告しに行った。――振り回しながらだったから、こっぴどく叱られたけれど。
「さてサクラ、まずはあなたね」
誰も居ない校庭にボクらはやって来た。太陽が一番高いところに来ていた。もうすぐお昼の時間だった。
「あなたはまず、風の魔法からイメージすると良いわ。何か使える魔法はあるかしら?」
「うーん、まだないの」
片手にベルを持ちながらサクラは困った顔をする。無理もない、学校で教わったのはまだ無属性の簡単な魔法だけだ。
「じゃあそうね、そよ風を起こすようなイメージをしてみなさい」
そういえば、魔法の授業で言っていたような気がする。どんな魔法もイメージが大切だって。火を使うなら種火を起こすイメージを。水を使うなら湧き水のイメージを。個人差はあるけれど、まずはそのイメージする力を養うことから始めろって。ボクの場合、イメージとかそういうレベルの話でない気がするけれど。
「ジュモンはいらないの?」
「えぇ、必要ないわ」
技として扱う魔法でなければ、イメージのみでも魔法は起こるらしい。詠唱される呪文はあくまで魔法の補助。言葉の力を同時に借りることで、更に魔法を使い易くしているのだ。授業の内容を思い出しながらボクは見守った。
「目を閉じて――そうそう――今は風が無いわ――其処にそよ風が吹き込んできたイメージをするの」
先生の誘導に従い、サクラは精神を集中させる。どんなイメージをしているのか、ボクにも先生にも分からない。イメージする力が強ければ、自然と魔法は生まれる。はず。
暫くして、イメージが固まってきたのか、サクラはベルを一度鳴らした。チリーン……と優しい音がその場に響く。耳の奥まで届くようだった。
するとどうだろう、ボクは頬に空気が当たるのを感じた。木の葉が揺れる、そのぐらいの小さな力だったけれど。確かに風は吹いていた。
「そうそう! 上手いわねサクラ!」
ゆっくりと目を開けると、サクラはえへへと笑みを零した。どうやら上手く行ったようだ。
「ちょっとだけど、なんだかできたきがするの」
嬉しそうなその横顔は、ボクでもちょっぴり可愛いなと思った。――も、勿論、不純な気持ちは無いよ!
「じゃあ、次はレアンの番ね」
唾をゴクリと飲み込んで、サクラと場所を交代する。授業でもないのに緊張してきた。
「あなたは――そうね、剣だし、何か目標物があった方が良いわね」
そう言うと先生は的になる人形を、ポン、と目の前に出現させた。藁で出来た簡素なものだ。
「剣の場合は、まず鞘から抜いて構えるの。そしてイメージしてこの的へ攻撃してみなさい」
「は、はいッ」
思わず声が裏返る。うう、緊張しているのがバレバレだ。
「あ、先生、そういえばこの剣って属性は」
先生は「わからないの」と即答した。
「そもそもレアンが何の属性を使えるか分からないじゃないの」
「あ、そっか」
判明したところで無意味なことに気がついた。
気を取り直して、深呼吸し、恐る恐る剣を鞘から抜く。
――その時だった。
「!?」
刀身が姿を現すその瞬間、眩い光を放った。同時にボクは身体中が沸騰するような感覚に襲われた。とんでもないチカラが、剣から逆流するような、はたまた自分の奥底から流れ出すような、そんな衝撃だった。雷が身体中を巡り、ボクは意識を失いかけた。
「レアン! 仕舞って!」
先生の怒声でボクはハッとした。咄嗟に抜きかけていた刀身を仕舞う。カチンと収まった音の後、謎のチカラは消え、ボクを包んでいた光も消えた。
ボクはそのまま、ドサッと地面に倒れ込んだ。
――先生とサクラの呼ぶ声は次第に遠くなっていった。