魔法学校の落ちこぼれ
有志でRPGとして作ろうとしていた物語ですが、路線変更。
原作者の私によるリメイク版として復活させました。
このような形にはなりましたが、
同人ゲームを楽しみにしてくれた方々、
此処で初めてこの物語に出会ってくれた方々、
そんな皆様に楽しんでいただけるよう、
精一杯完結まで漕ぎつけたいと思います。
世界は普通だった。ボクが異端だった。
自分を異端だと思い始めたのは数ヶ月前のことだった。この街、サザンクロスに来たばかりのボクが、幼馴染の女の子と一緒に魔法学校に通うことになった。それが不幸の始まりだった。
この世界ではボクらドラゴンが、不思議なチカラ=魔法によって繁栄していた。ドラゴンと言えば、その爪のある強靭な手足に鋭い牙、誇り高き角や太い尻尾、そして口から吐かれる真っ赤の炎――それは種にもよるんだけど――そういった特徴を持った、古くからの世界の優位種だった。そのドラゴンがある時を境に魔法を使うようになったから鬼に金棒。あっという間に文明社会を築き上げていった。今では火や水、雷など、様々な属性の魔法を、ボクらドラゴンは日常的に使っている。
だから子どもであるボクや幼馴染も、学校で訓練する必要があった。実際、魔法は憧れだったし、歴史に名を残すドラゴンたちも例外なく強力な魔法を使っていたということを沢山の本から知っていた。どんな属性の魔法が使えるのかな、強い魔法を沢山使えるようになるかな――なんて、初登校日前日のボクは、まるで遠足に行く前のように気持ちの昂りを抑え切れず眠れなかった。
けれど蓋を開けてみたら、現実は残酷だった。
入学する前に、どんな属性に向いているのか、それをテストする適性検査というものがあった。ボクの結果が出たときの試験官の険しそうな表情は今でもハッキリと覚えている。――何せ、どの属性にも適していなかったからだ!
「まだ目覚めていないだけかもしれない」という試験官のフォローには一瞬救われた。けれどその隣で幼馴染――ボクよりずっと大人しい女の子が、「あなたは風や地の属性に向いているようですね」と告げられていたのがショックだった。その時点で負けたような気になってしまった。
気の乗らないままに学校に通い出したボクだったけれど、やっぱり駄目だった。とりわけ魔法の授業なんてサイアクだった。簡単で少し練習すれば使えるようになるはずの魔法ですら使えず、クラスメートに馬鹿にされるのが日常になっていた。悔しくて涙も出なかった。カミサマを心の底から恨んだ。
「でも、レアンはカンがするどいの」
幼馴染が慰めにボクの部屋に来るのももう何度目だろう。この純粋な優しさに救われていなかったら、ボクはとっくにグレていたと思う。
幼馴染の名前はサクラ。サクラ・フレグリア。背中側は翼も含めてピンク色で腹側はクリーム色。赤い三本の角は、額に小さな一本、頭の上から二本。頭の後ろから尻尾の先まで赤い三角の背鰭が幾つも並んでいる。ボクより一回り小さい、ボクに似た種族の女の子。
ボクに似た種族と言ったのは、色が違う他は、ボクの姿もサクラとほとんど同じだからだ。ボクの場合、ピンク色の代わりに空色が背中側を覆っている。
それと、レアンというのはボクの名前だ。レアン・ウィリンド。よく兄妹に間違われるけれど、ボクらは血は繋がっていないし姿が似ているのは偶然らしい。
「ありがとうサクラ。でも勘だけじゃ使い物にならないよ」
「そんなコトないの。レアンはまほうはからっきしダメかもしれないけど、ケンのじゅぎょうはいつもトップなの」
「そうだけどさあ」
剣の授業。流石に危険だから木刀だけど、戦闘の授業のことだ。一応この街――正確には一つの国、だけれど――傭兵が雇われていることもあって、魔法学校の授業にもそれに対応したモノがある。剣術を習うことは勿論、魔法を合わせた攻撃の仕方も各々で工夫していく。取らなくても良い授業だったけれど、この通り魔法がまるでダメなボクだ。気が紛れればと思って受けている。
ボクの唯一の救いは「勘が鋭い」こと。相手の攻撃が次に何処に来るのかがある程度分かってしまう。その能力のお陰で一度も怪我をしたことが無いし、この授業に限っては負けなしだった。けれどボクは力が強い訳じゃない。避け続けられるというだけの話。だからこそ中途半端な強さのアピールになってしまい、クラスメートの一部にはますます良く思われていなかった。
「どうせボクなんて落ちこぼれだよ」
これが本音だった。いつかクラスメートの力も強くなり、非力なボクはこの剣術の授業ですら居場所を失うのだろう。そう思うと気が重くて滅入ってしまう。ボクは立ち上がり、部屋のドアノブに手をかけた。
「それより晩御飯、出来てるんでしょ?」
うん、とサクラは頷く。「こんやはクリームシチューなの」
「道理で良い匂いがするんだ。あーオナカペコペコ」
匂いに誘われるように階段を下りていく。数段進んだとき、背後からサクラがまた声をかけてきた。
「あした、センセイにあいにいかない?」
「え?」
思わず足を止めて振り返った。「どうして? 明日は学校お休みだよ?」
「レアンのまほうのコト、センセイにいっしょにききにいくの! センセイならなんとかしてくれるかもしれないの!」
屈託の無い笑顔が眩しい。きっとサクラには諦めるという文字が無いのだろう。ボクは少し考えて、嫌ではあったけれど、その言葉に折れた。「分かった、行くよ」
「ヤクソクなの!」
えへへ、とサクラは笑った。こういう前向きなところ、真似できないし敵わないよなあ。ボクはそう思った。
「あれアオ兄、今日も仕事なの?」
翌朝早くから支度している兄さんと居間で会った。
「ああ、お偉いさんの手紙を届ける予定が急に入ってな。急ぎの用件らしいから俺が行って来るんだ。夜には戻ると思う」
配達員のカバンを肩にかけると、兄さんは玄関へ歩いていった。
背側は青、腹側は白。頭には角の代わりにフサフサな耳と深青色の鬣がある。翼は身体の割りに大きめ。スラッとした体格で、ボクらと同じ二本足の竜。兄さん──アオ・ウィリンド兄さんは、街の郵便屋で配達の仕事をしている。飛行能力に長けていた兄さんは、以前住んでいた村でも優秀な配達員で、それはこのサザンクロスに来ても変わること無く活躍していた。今では信頼を得て王族にも重用されているのだとか。ボクの自慢の兄さんだ。
「分かった、サクラにもそう伝えておくよ」
「確か出掛けるんだったな。戸締り忘れんなよ?」
それじゃ、と外へ出て空へと飛び立つ兄さん。いってらっしゃい、とその背中を見送る。あっという間にその姿は彼方へと消えてしまった。やっぱり兄さんは格好良い。
家の中に戻り、鍵をかける。上から物音がするから、サクラはまだ上に居るのだろう。
この家にはボクとサクラとアオ兄の三人が暮らしている。ボクとアオ兄は兄弟だけれど、サクラは先に言ったように家族ではない。街へ出ることを決めたその日に、サクラの祖父母が「ウチの孫娘も連れて行ってくれないか」と頼んだからだ。とはいえ、もう家族同然ではあるけれど。
サクラはボクより少しだけ年下。だから幼馴染であり妹のようでもある。異性として意識したことはあまり無いけれど、それはきっとサクラがまだまだ幼いからだと思う。もしもサクラでなく、年頃の女の子とだったら、一緒に住むことを反対したかもしれない。気恥ずかしくてどうすれば良いのか検討もつかないし。
トタトタという足音とともにサクラが一階へ下りてきた。空のカゴを持っていたから、きっと洗濯物を干していたのだろう。
「おはようレアン。アオにいは?」
「今日も仕事だってさっき出掛けちゃったよ。非番のはずなんだけどなあ」
こういうことは初めてではなかった。アオ兄は頼まれていても頼まれていなくても、自分が必要と思えば何でもこなそうとする性分だから。無理だけはしないで欲しいと弟のボクは思っている。
「じゃあゴハンたべたらさっそくガッコウにいくの!」
「そうしよっか。天気も良さそうだし」
窓から見える外は、雲一つ無い青空が広がっていた。
「おや、サクラにレアン。今日はどうしたんだい?」
丁度先生は職員室でコーヒーを飲んで休憩していたところだった。黄色や黄緑、緑、オレンジといった様々な色の毛皮が混じり合う二足のドラゴン。自慢の茶色の角は鹿のように立派な形をしている。
「おやすみなのにゴメンなさい。レアンのコトでききたいコトがあってきたの」
「レアンの?」
先生がボクの顔を見たので、反射的に頷いた。
「先生、ボクはやっぱり魔法の才能無いんですか」
先生はそれを聞いて一瞬キョトンとした。そして笑い混じりにううん、と首を振った。
「確かに今は魔法が使えないかもしれないね――でもねレアン、皆が皆、すぐに使えるようになる訳ではないんだよ」
優しく諭すような声で先生は言う。
「でも、適性検査じゃ何にも」
「実はね」
一呼吸置く。「適性検査で分からない子も稀に居るのよ」
「そーなの?!」
ボクも驚いたけれど、サクラがそれ以上にオーバーリアクションをした。
「そうよ、理由は二つあるの。結果が出なかった子は『未覚醒』な状態なの」
「それは試験官さんにも言われました」
そのくらい知ってるよと言わんばかりにボクは口を尖らせた。不機嫌そうな顔をするのを分かっていたのか、先生はクスリと笑みを零した。
「普通は魔法学校へ通える年齢になると、自然と自分の中の属性の力が目覚め出すの。だけど『未覚醒』なままの子は、まだ属性の力が弱くて身体の外に漏れ出さないか、或いは身体の外に漏れ出すのを身体が邪魔をしていることがあるのよ」
「? どーいうコト?」
サクラが首を傾げる。正直、ボクもすぐ理解出来なかった。
「そうね、もう少し簡単にしましょう。ドラゴンは生まれた時から属性の力を身体の中に持っていることは二人とも知っているわね?」
「うん」
「生まれたばかりだと、その属性の力をほんの少ししか持っていないの。だけど成長するにつれて、段々と身体の中に溜め込まれていくの」
「うん」
「そして君たちの年頃になると、その力が身体の外に溢れ出すようになるの。何て例えたら良いかしら、匂い袋の匂いが外に漏れる感じと言えば分かる?」
「あー……はい。分かります」
何だか体臭染みた話になってきて、ボクは複雑な気持ちになった。先生、匂い袋は無かったと思います。
「だから元々の匂い――属性の力がちゃんと溜まり切っていないと、外に漏れ出さないの。漏れ出すような状態になって初めて魔法が使えるからね」
「つまり、ボクはまだ、属性の力が溜まり切っていないってコト?」
先生はうーんと唸った。
「かもしれないし、もう一つの理由かもしれない」
「もう一つ?」
そういえばさっきは二つ言っていた気がする。
「属性の力は溜まり切っているんだけど、身体が外に逃がそうとしないこともあるの」
そんなコトもあるんだ、とボクらはただ頷くしか出来なかった。身体が逃がさない? どういうことだろう。ボクの身体がもしそうだったら、ボクの中には沢山属性の力が眠っていることになる。取り出せないだけだったら嫌だなあ。
「ハイハイ、そんな暗い顔しないの」
「だって先生ー」
属性の力が溜まっていないのだったら尚更落ち込む。要は使えるようになるのはまだまだ先だということ。お先は真っ暗だ。
「焦らない焦らない。焦って変なコトして怪我でもしたら大変よ」
「でもー……」
うう、オトナの意見。でもボクは早く使えるようになりたいんです。目で先生に訴えかけた。
すると先生は後頭部を掻いて、またうーんと唸った。一度、チラリとボクを見た。
「……仕方ないわね、それじゃあ先生がとっておきの方法を教えてあげるわ」
「え?」
キョトンとしているボクらに、先生はニヤリと口の端を上げた。
「秘密の特訓よ。誰にも教えちゃいけないんだからね」
先生、一体ボクに何をやらせる気ですか。