#2
そもそもユーリが後宮に入るはめになったのは、姉の策略によるところが大きい。
ユーリの実家、ドレスデン家は皇帝の妃に選ばれるほどの爵位はない。
むしろ、最下層といえた。屋敷だけは無駄に大きいが生活はいたって庶民的で、十二離れた姉のセーラは針子の仕事をしているくらいには。
ことの次第を簡単にまとめるならば、その仕事でドレスを仕立てるために他の貴族の屋敷へ訪問した際、たまたま皇帝の側近の目にとまり、そして後宮へのお声がかかったというわけだ。
(まあ、無理ないなあ)
なにせ、姉のセーラは陛下好みの豊満な肉体美の持ち主だ。
出るところはこれでもかと出て、引っ込むところはしっかり引き締まっている。加えて、少々きつめに見える気の強そうな美女である。
ユーリは後宮に居並ぶ妃たちの容貌を振り返り、一人納得する。
爵位は低くとも、姉が彼女らに見劣りすることはないだろう。
――けれど、そのセーラではなく、なぜ妹のユーリが、それも五歳児が後宮に嫁ぐ事態に発展したのかというと。
セーラには恋人がいた。
そこそこにハンサムで、庶民で、セーラを熱烈でいて真摯な愛情をそそぐ青年だ。
当然、後宮に入るとなれば別れなければならない。というか、平民の男と皇帝を比べて選ぶことすらこの国の国民であれば不敬にあたる。
しかし、セーラは権力も財力も塵に等しい、ただの男を選んだ。
ではどうするか。
お断りします、で済むはずがない。
逃避行は非現実的だ。
いっそ心中――この若さで?
セーラはそれらの選択肢を一蹴した。我が姉ながら、いたって前向きだった。
ドレスデンは名ばかりの貴族、妃に召し上げるとはいえ公式な書類などはなく、皇帝の遣いだという役人から申し渡されたのは『ドレスデン家の娘』という文句のみ。
セーラ自身を名指しで指名されたわけではない。
そしてセーラは後宮への輿入れ当日、両親を騙し、わけも分からないユーリを担ぎ、馬車へ放り込んだ。
そのままユーリは一直線に後宮へ運ばれ、混乱の最中に弁解できるわけもなく、妃となったのだった。
つまり、一番の原因は書類不備。
ドレスデンが下級貴族だからと、馬車を迎えて後宮入りの手続きをした役人に下っ端を据えたのも一因だろう。
おかげで彼らは、どう見ても幼児のユーリを困惑しきりで出迎えるはめになったのだ。
後日ことの次第を知ることになった皇帝の側近だったが、正式な書類を作成せず、さらに確認を怠ったのも明らかに彼らの落ち度だった。
たとえドレスデン家に皇帝の妃として迎えるのに適齢期の娘がセーラしかおらずとも、彼らにドレスデン家を処罰できる理由はなく、すでにユーリは皇帝の妃として正式に名を連ねた後だ。
どうしようもなかった。
そんなわけで、ユーリはいま、なしくずで後宮にいる。
「杜撰すぎるわ、色々……」
ユーリは嘆息した。
午後の日差しが射すなか、ユーリはふかふかの枕に頬を埋めて遠い目をする。
(まあ、姉さんが嫌々結婚して不幸になるよりいいか)
そりゃあ、ユーリとて年頃の娘ならばもっと嫌がったかもしれない。
しかし、実際には五歳児で、ナイスバディな大人の美女が好みの皇帝がユーリに興味を向けるわけもない。
通常、どんなに結婚が早くても女性が嫁ぐ年齢は十四歳。
ということは、万が一ユーリが皇帝好みの女に育ったとしても、手を出されるまでにはあと十年近くあるわけだ。
当分は貞操の心配はいらない。
その間に、何らかの理由で後宮から出される可能性もあるだろう。
(だいたい未だに、陛下に一度も会ったこともないし)
ここに来て二ヶ月経とうかというのに、何の音沙汰もなかった。
「興味ないんだろうなぁ」
それはそれで、平穏で助かるというものだけど。
「よっ、と」
ユーリは勢いをつけて飛び起きた。
幼い子供のために設けられた昼寝の時間は、別室に控えているとはいえ侍女にとっては休憩と変わりない。よって、ユーリには一日のなかで一番自由になる時間だ。
装飾過多な寝巻きを誰も見ていないのをいいことに豪快に蹴脱ぐ。
代わりに、ベッドの横に備え付けられた棚の中から、この場所では驚くほどに簡素なドレスを引っ張り出した。
ユーリが後宮に来るときに着ていたもので、生地は上等ではないがよく伸び、裾は短く動きやすい。
「さて、出かけるかな」
着替えてユーリは、窓からこっそり部屋を抜け出した。