プロローグ
転生だとか異世界だとか、そんなものは二次元にのみ許される妄想だと思っていた。
あったら面白いなー、という程度。
本気にする人がいたら、それこそ恐ろしい。
現実を見ろと言ってしまうだろう。
だから、まさか自分がそんなファンタジーな目にあうとは、思っていなかったのだ。
ユーリは清々しい朝の光に、ぱっちりと目を開けた。
だだっ広い寝台の上、うんと思いきり伸びをする。
「懐かしい夢みたなぁ」
記憶のうえでは五年前のことだ。
ユーリは山田悠里として、ごく普通の平々凡々な二十四歳として人生を送っていた。
就職氷河期の真っただ中でようやく職にありついたところだったのに、交通事故に巻き込まれてあっさりと死んでしまった。
「苦労したのに……」
大学に行ったものの内定ももらえず、一年間フリーターをした末、ようやく両親を安心させてあげられると思った矢先のことだった。
あの頃は仕事に慣れるのに必死で、大好きな本や漫画を読む暇もなく、まして異世界トリップだとか想像する余裕などあるはずもなかった。
(てゆーか、前世の記憶だとかも信じてなかったし)
スピリチュアル系にはことごとく興味がなかったのだ。
しかしこの記憶が自分の完全妄想でない限り、ユーリは前世は日本人の成人女性で、死んだ後は異世界に転生したということになる。
このことに理由があるのかないのか。
神さまがいるとして、まさか直接問えるわけもない。
そういうわけで、ユーリにできることといえば現状を受け入れて馴染む努力をすることだけだった。
――とはいえ、これはちょっと、簡単に受け入れてしまうのはどうかと思うのだ。
「よいしょっと」
ユーリは巨大な寝台から身軽に飛び降りた。
ぺたり、絨毯を裸足のまま歩く。
半端にあいたカーテンを全開にすると、燦々と朝陽が部屋に差し込む。
白亜の美しいバルコニーから、これまた整然と手入れのされた庭を一瞥して、ユーリは思わず肩をおとす。
何度朝を迎えても、やはりこれは夢ではないらしい。
前世は山田悠里、転生後のユリウス・シェーラ・ドレスデンは、現在健やかに成長中。
つまり、育ち盛りの五歳。
二ヶ月前に後宮に召し上げられたばかりだった。