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冬の奇跡-私だけのサンタクロース-

作者: 清澄

この作品は近畿大学文芸大賞に投稿したものです。

落選が確定しましたので投稿。

よければ批評感想いただければ幸いです。

冬の奇跡-私のサンタクロース--



 それはその年が終わる直前の話。私はちょっとした言い合い、本当にちょっとした言い合いで半年ほど連れ添った彼氏と別れた。喧嘩をしたことがなかったわけじゃない。いつもどおりどちらかが謝れば済む話だったはずなのだ。でも今回はどちらも変な意地を張ってしまった。そんなどこにでもあるような話。まだたった三日前の話。きっと今からでも謝って、やり直したいと言えば一緒にクリスマスを過ごせるはず。でも私にはごめんの一言が言えそうになかった。

 クリスマスイブの朝。私は深くため息をついた。

「どうしてこんなことになっちゃったんだろう……」

 理由は単純明快。私のせいだ。でも同時に啓のせいでもある。私はイヴなのに予定を失って、一人地域の図書館で大好きな本を読んでいた。文字に精神を集中させて、物語の中に潜り込む。読書好きの私が一番心を落ち着かせる方法。物語の中なら全てを忘れられる。はずだった。いつも通りフィーリングで本を選んだのだが運悪くそれは恋愛物だった。面白くなかったわけじゃないし、恋愛物が嫌いなわけでもない。ただ、今の心境で恋愛物だけはなかった。案の定私は啓との半年を思い出さざるを得なかった。

「玲が好き。友達としてじゃなくて、彼氏として一緒にいたい」

 夜、突然近所の公園に呼び出され、友達だと思っていた啓に私は告白された。びっくりした、でも嬉しかった。嫌いじゃなかったし、私 はその日から俗にいうリア充ってやつになった。その後の日々はすごく楽しくて、充実してた。初デート、いつもより少しだけ私はおめかしして待ち合わせ場所に向かった。待ち合わせの15分前に行って、まだいないだろう、と思っていたのにそわそわしながら待っていた啓はなんだかすごくかわいかった。そのあともデートを繰り返して。一緒に海にも行ったし、夏祭りにも行った。啓は浴衣も、水着も、どんな 私も好きだって言ってくれた。今まで何回か付き合ったことはある。でもどれもそんなに長続きはしなかった。いつの間にかに自然消滅していた。でも啓は他の男とは違う。そう思えたのも初めてだった。啓は私を一番に思ってくれたし、そんな啓を私も大好きだった。なのになんでこんなことになってしまったんだろうか。もう2人は元通りにはなれないんだろうか。そんなことを考えながら読んでいたら時間が過ぎるのはとてもあっという間だった。五時、閉館を告げるチャイムが館内に鳴り響く。お昼ごはんを食べてからだから、四時間ほどの時間。一冊の本に、これほどの時間向かっていたのは初めてだった。いつもなら一冊読むのに二時間もあれば大丈夫だ。私はカウンターでその本の貸し出し手続きをして館内を出た。途中まで本を読んで、そのままにしておくのは気分が悪い。私は夕闇の中ゆっくりと家までの道を歩いた。ただ道を歩くだけでも啓との日々を思い出してしまうのは辛い。半年という期間は、思い出を作るには長すぎた。この街のいたるところに啓との思い出の欠片が落ちている。私はきっとこの街を出ない限り啓のことを忘れることは出来ないだろう。そんなことを考えていたら家のすぐ近くの公園に着いていた。すぐ近くとは言っても家に行くためなら入る必要はない。ただなんとなく、啓と始まった場所とも呼べるこの場所に来るべきだと思った。何故だかは分からないけれど、何かに呼ばれた気がしたのだ。

 そして私は少女に出会った。十二月になりまだ六時前とはいえ公園は暗い。しかしその小さな公園の真ん中で、その少女はぼんやりと立っていた。まるで雪のような白くて長い髪。そしてその髪の色に合わせたかのような真っ白なワンピース。どこかクールな印象を与える目。すらりと通った鼻。小柄でほっそりとした線の細い身体。そしてどこか不思議な雰囲気を醸し出す銀色の瞳。どこを取ってもそれは美少女というに相応しい容姿だった。しかしこの真冬にワンピース一枚というのは少々、いやかなり不釣合いにもほどがある。だいたいなんであんな格好でこの時間に一人公園に突っ立っているのだ。何か事件にでも巻き込まれているんじゃないだろうか。私は今までのセンチメンタルな気持ちもほどほどにその少女が気になって仕方がなかった。気がつけば私はその少女に声を掛けていた。

「えっと……どうかしたの?」

 少女は話しかけられて初めて私に気付いたようで、空ろな目に光が灯る。そして容姿に見事に釣り合う綺麗な声で発したのは疑問の一言だった。

「……どうしたの……?」

 完全に私の台詞だった。というか疑問系に対して疑問系で返さないで欲しい。

「あー、私は秋川玲。あなたが、こんな時間に公園でぼーっとしてるからどうしたのかなって思って」

 少女はビーダマのような銀色の目で私を数秒見つめて、ふとひらめいたかのように言葉を吐き出す。

「そう……私は美雨。名字は……そうね、山田でいいわ」

 山田でいいわって、あからさまに怪しい。というか名字に関しては間違いなく偽名だろう。ものすごいありがちな名前だし。しかしそこに突っ込む前に美雨という少女は言葉を続けた。

「ねえ、今日一晩私を泊めてくれない? あなたは一人暮らしでしょう?」

 私は内心でどきっとした。確かに私は高校二年にして一人暮らしを始めている。中学に入ってすぐの時に事故で両親をなくしたのだ。そのあと三年間は親戚の家で生活していたが高校に入ってからは近くにアパートを借りて一人暮らしをしている。少女の言っていることは間違っていない。間違っていないのだ。何故そのことを知っている、知るはずがないのに。

「泊めるのは構わない。でも一つ教えて。何で私が一人暮らしなのを知ってるの? 私どこかであなたに会ったことある?」

「ないわよ。一人暮らしだっていうのはあなたがすぐ近くのアパートの部屋に入っていくのを何回か見たことがあるから。でもあなた以外があの部屋から出てくるのは見たことない。これでいい?」

 確かにそれなら筋は通っている。だがそれはこの少女が普段からこの辺りを行動範囲にしているということだ。しかし私はこの少女を見かけたことはない。こんなに目立つ少女を。腑には落ちない。しかし泊めると言ってしまったし、このまま少女を放っておくわけにもいかない。とりあえず美雨についてくるように目で合図をして家に向かい歩き出す。

「分かった。とりあえず今日は泊めてあげる。予定もなくなったわけだしね」

「ありがとう。彼氏との予定はなくなったのね。まあだから私が現れたんだけど」

 ますます腑に落ちない。腑に落ちないことだらけだ。私は予定がなくなったとしか言っていないわけで彼氏がいるなんて一言も言っていない。それに後半はもっと意味が分からない。私が彼氏と別れたから美雨は現れた。頭の中にはクエスチョンマークが浮かぶ。しかしそれを聞いても

「あなたが彼氏と歩いてるのを見たことがあるのよ」

 とやはり腑に落ちない返事が返ってくるだけだった。この美雨という少女は何かがおかしい。根拠はないけれどそう思った。部屋の前に着いたので私はバッグから鍵を取り出し部屋の扉を開け狭い玄関で靴を脱ぎ部屋に上がる。それに追従するように美雨も靴を脱ぎ部屋に足を踏み入れた。人を泊めるなんて考えていなかったので特に片付けなどしていないが、別に友達や彼氏を泊めるわけでもないので気にしないことにした。

「すごい量の書物。ここは本の城?」

 確かにこの部屋には本と呼べるものがかなりの量ある。八畳一間キッチントイレ付きのアパートには私が古本屋で買い集めた大好きな本がところ狭しと置いてある。基本的に図書館派の人間なので気に入ったものしか買わないのだが何しろ本を読む絶対量が多いために気に入る本も多いのだ。今でも月に10冊ほどは購入する。正しい量は把握していないが最低でも300を超える量の本がこの部屋にあるはずだ。この部屋は美雨の言うとおり私専用の図書館であり城なのだ。それを美雨に伝える。

「そうね。お城みたいなものかも。何か気になる本があった勝手に読んでもいいわよ。大人しくしててくれるならそれが一番だし」

「うん、そうさせてもらう」

 そう言って美雨は近くにあった本に手を伸ばし早くも読み始めた。私が特に気に入っている恋愛小説だ。好きな本を他の人が読んでくれるのは嬉しい。きっと本を読む人共通の思いだろう。気に入っている本を選んで読んでくれた、というだけで私は少し美雨への警戒心を解いていた。実を言えば聞きたいことはたくさんあるのだがどうせ聞いても答えてくれないし、夜はまだたっぷりとある。それは夜ご飯を食べて、寝る前でも遅くない。今は本を読んでいてくれればいい。そうして寝る前には本の感想と一緒に話をしよう。そう思いながら私は二人分の夕飯を作るために冷蔵庫の中身を確認した。買い物に行っていない冷蔵庫の中には数個の卵と鶏肉。それにケチャップ、その他調味料。今日はオムライスだな、と私は思いながら夕食を用意したのだった。

 八畳一間の私の城に二つの食器の音が響く。

「美雨、ご飯食べる時くらい本読むのやめたら?」

「駄目……?」

 美雨が不思議そうな瞳で私を見つめる。駄目というか行儀が悪いのだが、その神秘的な瞳で見つめられると駄目とは言いづらくなってしまう。

「んー、今日だけはいいわ。でも行儀が悪いから次ご飯食べる時からはやめなさい?」

 美雨は素直にこくんと頷いて言葉を返す。

「ありがとう。分かったわ。次からは気をつける」

 かなり常識知らずだがどうやら物分かりはよいみたいだ。また一つなんとなく美雨のことが分かった気がして、私はなんだか嬉しかった。また美雨の視線は手元の小説に戻っている。そして視線を下に向けながらも右手はオムライスから口へとスプーンを一定の間隔で運ぶ。食べる時にも本を読むのをやめないなんてよほど気に入ったのだろう。好きな本を気に入ってもらえて私はなんだかやっぱり嬉しかった。美雨が唐突に口を開く。

「ごちそうさま」

「あ、食器は流しに置いといてくれる? 洗っとくから」

「分かったわ。ありがとう」

 いろいろと考えてる間にも美雨はオムライスを口に運ぶのをとめなかったのでいつの間にかに食べ終わっていたようだ。私のオムライスはいまだ半分近く残っている。私は少し急いで残りのオムライスを口に運んだ。

 食べ終わった食器を2人分まとめて台所で洗っている間にも横目で美雨のことを少し観察する。変わらずに美雨は手元の本のページをめくっている。いつの間にもう三分の二以上を読み終えている。あのペースで読んでいれば当たり前とも言えるが。少し遅いほうだとすらも思う。銀色の瞳はゆっくりと、しかし確実に文字を追っていた。なんというか言いづらいけれど、大事に物語を読んでいる。そんなような読み方だと思った。私は食器洗いを終えて美雨の元へと向かう。そして美雨の隣へと腰を下ろした。独り言のように美雨に話し掛ける。

「ねえ美雨、あなたはいったい何者なの?」

 美雨は手元から視線を逸らさずにその問いに答える。

「私? 私はサンタクロース」

「サンタ? そんなわけないじゃない」

「何故? 今日はクリスマスイヴよ? 何もおかしくないと思うのだけど」

「だってサンタがこんな女の子だなんて話は聞いたことない。それにサンタがここにいたらプレゼントは誰が届けるのよ?」

「女の子のサンタがいたっていいじゃない。それに今はサンタだって一人じゃないの。届けるプレゼントが物理的な物とは限らない。だったら一人では手が足りないから」

 美雨の言葉は今までのように危うい、どこか疑問を含んだような感じを失っていた。まるで本当のことを語るかのように。もちろんそんなわけないと思った。きっと美雨は自分の素性を隠したいだけ。今がちょうどクリスマスだったからサンタと言っただけなのだ。しかし心の奥では美雨の言ったこと、美雨がサンタであるということを否定しきれない自分がいるのも確かだった。美雨はただの人間ではない。なんとなく雰囲気からそう感じることが出来たのだ。なんだか。

触れたら消えてしまいそうな感覚。私はその日それ以上追求するのをやめた。それ以上聞いたなら美雨はここからいなくなってしまう気がしたから。私は美雨に一言声を掛けシャワーを浴びた。浴室でいろいろと考えてみたけれど、何一つ答えは出なかった。美雨にもシャワーを浴びるように声を掛けたが、浴びないというので強くは言わなかった。そして二人分の布団を敷いて電気は消さずに布団の中に潜る。そして美雨に向けて小さく呟いた。

「おやすみ美雨」

「おやすみ、玲」

 美雨が初めて私の名前を呼んでくれた瞬間だった。そして私は少しづつ夢の世界へと入っていった。


「玲……玲……」

 夢の中で私を呼ぶ声がした。すごく聞きなれた声。だけど意識が朦朧としていて誰だか思い出せない。

「玲……ごめん……玲……」

 謝っているみたいだ。男の子の声。すごく、大好きな男の子の声。段々と意識がはっきりとしてくる。啓の姿がぼんやりとした姿で私の前に現れる。啓は少し泣いていた。何故泣いているのだろう。啓に泣くのをやめて欲しい。啓には笑っていて欲しい。その一心で啓に話し掛ける。

「ねえ啓泣かないでよ」

 しかし啓は泣くのをやめない。

「ねえ何で泣くの? 笑ってよ啓」

 どうやら啓には私の声は聞こえていないし、見えてもいないようだった。ぼんやりとした啓の姿はどんどんはっきりとして、もう実際にいるかのようなのに。どんなに話し掛けてもその声は啓に届かなかった。そんなことをしているうちに啓は背を向けて、私からどんどん遠ざかっていく。

「行かないで、ねえ行かないでよ啓」

 必死で制止しても啓はどんどん遠ざかって、私が必死に走って追いかけても啓はどんどん私から離れていく。そして啓はまるで霧のように私の視界から姿を消した。消えていく啓の傍らには、美雨とそっくりの姿をした少女が連れ添っていたような気がした。


 外で吠える犬の声で目が覚めた。いつも近くの公園を散歩している小型犬だろう。すごく大きな声で吠えるのだが、そのおかげで私はいつも定時に起きることが出来る。枕元の時計を見ると八時四十分ちょうど。そのまま隣の布団に視線を動かすと、そこにはあどけない寝顔の美雨がいた。まるでアニメか漫画のような安らかな寝顔。その枕元には昨日から読んでいた小説が置いてある。栞が挟んでいないところを見ると読み終わったのだろうか。私は美雨を起こさないようにして布団から立ち上がり、朝食の用意を始める。朝食が出来るまでは寝かせておいてあげてもいいだろう。冷蔵庫から玉子を二つ取り出す。もともと朝食をあまり食べるタイプではないし買い物にもまだ行っていないので目玉焼きにトーストくらいしか出来るものはない。フライパンに油を敷き軽く熱する。そこに玉子を二つ落とし入れるとなんとも朝食らしい感じの匂いと音が部屋に広がる。もしかしたら音で目が覚めてしまうかな、と思ったが美雨は軽く寝返りを打つだけで起き上がりはしない。食パンをトースターに入れてタイマーをセットしながら考える。いったいあの夢はなんだったのだろう。もしかしたらなんてことはないただの夢かもしれない。夢に啓が現れるだけなら今の私がそんな夢を見てもなんら不思議はない。しかし啓が泣いていたのは意味が分からない。啓も私との別れを惜しんでいる、もしそうだとするなら私たちはとんだ道化ではないか。お互いにまだ好きなのに離れ離れになることに意味なんて存在しない。しかしそんなことよりも気になったのは夢の中の啓に寄り添っていた美雨にそっくりの少女だった。そっくり、というか本人としか思えないほど見た目は瓜二つだった。どういうことなのか。美雨は何者なのか。夢の中の啓は何を伝えたかったのか。クリスマスの朝だというのに私の中で謎はまるで雪の如くどんどんと降り積もっていく。そんな私の思考にタイムをかけるようにトースターの音が鳴った。フライパンの目玉焼きをお皿に移しトーストと一緒に盛り付けテーブルに2人分並べる。それから2人分の食器を用意していると、どことなく眠そうな美雨の声が響いた。

「おはよう玲」

「おはよう。よく寝れた?」

「おかげでよく寝れたわ。泊めてくれて本当にありがとう」

「いえいえ。お礼はいいから顔を洗ってきて。ご飯にしよ」

 美雨は小さく頷くと眠そうに目を擦りながら洗面所に向かう。その間に私は二人分のインスタントコーヒーを入れる。いつも二人分しかいれないコーヒーを二人分入れるのはなんだか少し新鮮だった。美雨が洗顔から戻る前に布団は押入れに上げる。美雨の枕元においてあった小説はもしかしたら読み終わってないかもしれないのでしまわずに食卓の隅に置く。そうしている間に美雨が戻ってきた。まだ少し眠そうだがいくぶんかはさっぱりした顔で食卓につく。美雨が座ったのを見計い、目の前で手を合わせる。

「いただきます」

 それに追従するかのように美雨も手を合わせる。

「いただきます」

 その言葉を皮切りにお互い調味料に手を伸ばす。私はソース。美雨は醤油。私は昔醤油派だった。でも啓にソースを薦められて試しに一度食べてみれば、目玉焼きといえばソース、という一派に加わらずにはいられなかった。朝のこんな何気ない一コマでも啓のことを思い出してしまうのだ。私はこれから先どれだけ啓のことを思い出しながら生きていくんだろう。そう思うと少し胸が苦しくなる。

「どうしたの?」

「何でもないわ。大丈夫」

「そう」

 調味料を手に取ったまま呆然としていたのを見て心配してくれたらしい。ソースを目玉焼きにかけてトーストに乗っけて口に運ぶ。もうすでに美雨はトーストと目玉焼きを食べ終わり食後のコーヒーに手を伸ばしてるみたいだ。そして私もトーストと目玉焼きを食べ終わりコーヒーに手を伸ばす。それを口に運びながら美雨に言葉を投げ掛ける。

「美雨、今日はどうするの?」

「夜まではここにいさせてほしいわ。夜になったら一緒に来てほしいところがあるの。それで私とはお別れ」

 そう言うと美雨は隅にあった小説に手を伸ばす。読み終わっていなかったのだろう、と思ったら驚くことに美雨は最初のページから読み始めている。昨日の今日で再読するなんてよっぽど気にいったのだろうか、というか限度がある。

「美雨、他の小説読めば? その作家さんの別の作品もあるし」

「ううん。これがいい。この話が好きなの」

 確かにいい話ではある。とにかく文章が読みやすくて、キャラクターが魅力的。しかしストーリーは王道ですらある。主人公である女性と男は愛し合っている。しかし主人公の親友も男のことが好きなのだ。親友は主人公と男のためを考え、姿を消す。主人公は親友のことを忘れずに男と幸せになる。もはや王道とも言えない、陳腐と言われてもしょうがないストーリー。でも私はこの話が大好きだった。美雨が気にいってくれたのは嬉しかった。そこで私は美雨にちょっとしたプレゼントをあげることにした。

「ねえ美雨、その本あげよっか」

 美雨は不思議そうな目で私のことを見つめる。

「……いいの? 好きな本なんじゃないの?」

「好きではあるけど、特別な思い出がある本でもないしね。クリスマスプレゼントよ」

 それに本ならまた買えばいいだけだ。午後にでも本屋に行って同じ本の新しいのを買ってあげてもいいのだがそれは違う気がした。美雨は初めて見せる満面の笑みで私にこう言った。

「ありがとう」

 その笑顔でありがとうと言われただけで満足だった。私は僅かな時間で美雨のことが好きになっていた。もっと一緒に居たいと思った。なんならずっとここに住んでくれてもよかった。美雨が居れば、啓がいなくてもやっていけどうな気がした。でもそれを美雨には伝えられない。伝えたら美雨は悲しい顔をする。なんだかそんな気がしたのだ。それだけは嫌だ。美雨の悲しい顔だけは見たくない。ありがとうと言ったあと美雨は小さく呟く。

「あなたへのクリスマスプレゼントは……」

 その先は声が小さくて聞こえなかった。その後は特にすることもなくプレゼントにあげた本の感想について話したり、家にあったDVDを見たりで時は過ぎていった。そして夕方六時頃。十二月にもなれば六時はもう立派な夜だ。美雨は本を手に持ち立ち上がる。そして私に言う。

「そろそろね……行きましょう玲」

 私は気になっていた問いを口に出す。

「行くってどこに?」

その問いに対して美雨はあまりにもあっけない答えを返した。

「公園」


「ねえ美雨寒くないの?」

 私はコートを羽織って手袋マフラー完全装備でも震えているのに、美雨は昨日と変わらぬ白いワンピース一枚。そして左手にはプレゼントにあげた本を抱えている。

「大丈夫よ。私はサンタクロースなんだから」

 またそれだった。私はもしかしたら本当に美雨はサンタクロースだったのかもしれない、そうとすら思い始めていた。啓と別れた私へのサンタクロースでありプレゼント。美雨と過ごせた時間こそがプレゼント。そう思った。そしてすぐに私たちは私たちが出会った公園に辿り着く。そして私たちは特に何も言うことなく自然にブランコに腰をかける。静かな公園にはブランコの音だけが響き、夜空にはオリオン座が輝く。私は、伝えてはいけないと思ったことを口に出す。きっと伝えても結果は変わらない。でも今伝えなければ伝えられないから。

「ねえ美雨。あなたこの後行くところあるの? もしないなら私の家にずっと居ても」

 しかしその言葉は途中で遮られる。

「それは出来ないの。そうしてしまったら私の来た意味はなくなってしまう。私はプレゼントを与えたら消えなければいけない。サンタクロースってそういうもの」

「じゃあプレゼントなんていらない! プレゼントが何なのかは知らないけれど、美雨と一緒に居られるのなら欲しいものなんてない!」

「違う。玲は私と一緒に居ても幸せにはなれない。あなたを幸せにするのは……」

その時言葉を遮るように公園の中に砂を擦るような足音が響いた。そこにいたのは啓だった。口から誰に向けるでもない言葉が漏れる。

「啓……なんで……」

「お前こそなんでここに……」

 そこで私は隣に気配がないことに気付き横を見た。美雨はそこにはいなくて、後にはただブランコが風に揺れるだけだった。

「ねえ啓……そこに今女の子が居たよね? 銀色の髪の毛で白いワンピースを着た女の子が、居たよね?」

「俺にはその女の子は見えなかった。俺からも一つ聞いていいか? さっきまで俺の横に玲が言ったのと同じ姿の女の子が、居た、よな」

「私が啓に気付いた時には誰も居なかったよ」

「そうか……玲。頼みがある」

 私にはなんとなくその頼みが分かるような気がした。そうすれば、全てが繋がる。

「やっぱり好きだ。玲がいないと辛い。俺ともう一度付き合ってくれ」

 それに対する返答なんて一つしかなかった。

「ありがとう……こちらこそお願いします」

 そうしてクリスマスの夜。私たちは、もう一度やり直すことになった。


 啓に話を聞いたところ、啓は昼間に美雪と名乗る少女に出会い、言われるがままに公園へ出向いたと言う。美雪という少女は心が読めるかのように啓の心境を言い当てたという。そしてまた、自らをサンタクロースと名乗ったらしい。私は美雨がすべて私の妄想なのかもしれないとすら思った。しかし部屋をいくら探しても、あの本は見付からなかった。それ以外、美雨が居たという痕跡はこの世界に何も残されていなかった。美雨は確かにこの世界に居たし、まだどこかに居るんだろうと思う。そうしてまた来年のこの季節にはどこかの人に幸せを届けるのだろう。私は冬の冷たい空気に向かって小さく呟いた。


「さようなら、私のサンタクロース」


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― 新着の感想 ―
[一言] 綺麗で苦しいところのない、物語らしい物語でした。 前の感想の方が仰っているように、私も「なぜ美雨はその恋愛小説にこだわったのか」は疑問だったのですが、美雨が「物理的でないプレゼント」を担当…
[一言] とても美しくて素敵なお話なんですが、疑問がいくつか残りました。 ・美雨と美雪の時間差 ・恋愛小説に拘ったわけ です。 美雨は前日から現れて一泊したのに、美雪はなぜその日だけ啓の前に現れたのか…
2011/11/21 21:38 退会済み
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