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もし一生に一度だけ願いが叶うとしたら?

作者: 篠月珪霞
掲載日:2026/09/12

それは久しぶりのお茶会だった。

お茶会自体は定期的に催されていたのだが、学生時代の親しい友人だけ招くという機会に恵まれなかった。

各自結婚後は予定が合わなかったことも、もちろん理由の1つではある。


「お久しぶりですわね」

「ええ、本当に」

「この面々で集まるのは、何年ぶりかしら」

「もう6、7年になるのではなくて?」

「結婚して、子供も生まれると、何かと忙しくなりますわよね」


集まったのは、カイサ・プイスト男爵夫人、イェット・ヘーツ子爵夫人、アーラ・クーニナ子爵夫人、マトレーナ・ヨウフキ伯爵夫人の4人。

場所はヘーツ子爵家のガゼボである。

貴族の通う学園で、同じクラスではあったが特に何かがあったわけではなく、気付いたら一緒にいたという、縁とも言えない縁だった。

卒業してから途切れるかと思いきや、節目や折に触れ、交流は続いている。


「イェット様、ご子息たちは大丈夫ですの?」

「ええ。今日は、夫と義母たちに顔を見せに行ってますので」

「確か、3歳と4歳になるのでしたわね。可愛い盛りでしょう」

「そうなのです。夫もですが、義両親たちが夢中なもので」

「ああそれで」

「はい。定期的にこうして時間が空くのです。ゆとり…と言ったら子どもたちに悪いでしょうか」

「そんなことはないですよ。やはり、たまには息抜きをしないと」

「それは、イェット様だけではなく、わたしたちもですわね」


アーラの言葉で、さざめきのような笑いが起こる。

気の置けない友人たちとは、肩ひじ張らずに会話ができて心地よい。


「カイサ様は、領地の方は大丈夫でしたでしょうか…?」

「ああ、あちらは虫害で作物が」

「お気遣いありがとうございます。先日、ようやく片付いたところです」


でなければお茶会に出席などできませんでしたもの、とカイサは紅茶に口をつける。

確かに欠席の連絡はなかったが、後始末などで手紙を書く余裕がないかもしれないとも思っていたのだ。


「被害は大きくはないということでしたが、それならよかったです」

「虫害も冷害も、他人事ではありませんものね」

「そうそう。領民の生活に関わりますし」

「ひいては私たちにも関わるということですしね」


イェットが頷きながら同意を返す。


「アーラ様の方は、ご息女の婚約が決まられたとか」

「おめでとうと、改めて言わせていただきますわ」

「アーラ様のご息女は6歳くらいでしたか」

「ええ、ご縁がありまして。少し早いのではと言ったのですが」

「ご心配はよく分かりますわ。特に学園に入ると」

「…ええ。交友が広がるというのは、本来いいことなのですけれどね」


アーラも幼い頃に婚約が決まったのだが、現在の夫が学園に入ったとき、ちょっとしたトラブルになったのだ。

有体に言えば、浮気したのである。

とはいえ、深い仲にまでなっていなかったのと、婚約者の義務は果たされていたので、決定的な瑕疵にはならず、そのまま2人は結婚した。

今のところ、夫婦仲が破綻したという噂もないし、まあまあうまくいっているのだろうと思う。友人でもあまり人の家庭事情に首を突っ込むのはよくない。


「その点、イェット様のところは羨ましいですわ…。ヘーツ子爵は子煩悩の愛妻家で有名ではありませんか」

「本当に…うちも特段仲が悪いということはありませんが」

「ご家族を大事にされ、領民に慕われる、いい旦那様ですわよね」

「それを言うなら、マトレーナ様もでしょう」

「うちも、それなりですわ」

「またそんなこと仰って」


この中で、マトレーナだけ高位貴族に嫁いだ。元は彼女も男爵令嬢だ。

婚約が決まった当時は下位貴族から嫁すということで、マナーや教養など、厳しい教育があったようで。

3人は何かと気にかけるようにしていた。

それなりなどと言っているが、耳に入ってくるのはいい話ばかりだ。

ヨウフキ伯爵家領地は豊作で年々税収は上がってるだとか。

鉱山で貴重な鉱物が見つかって、事業拡大しただとか。

夫婦仲は良好で、義両親ともうまくやっていて、子供も優秀で先が楽しみだとか。

そんな風に、4人のお茶会は和やかに過ぎていく。





「そういえば、最近市井で流行っている小説、お読みになりました?」

「…どれのことかしら?」

「もしかして、虐げられた令嬢が、女神に出逢って願いを叶えてもらうという…」

「それですわ!」


最近になって注目されだした作家なのだが、家族中に虐げられ、婚約者にも顧みられない令嬢が、それでも誰も恨まず腐らず、将来を見据えて頑張る話だ。

主人公の健気さに心打たれた女神が、1度だけ願いを叶えてくれるという。

ご都合主義だが、最終的には主人公は幸せになり、虐げた家族は没落していく、ハッピーエンドなところが受けがいいのだろうと思う。


「それで思いましたの。もし自分が一生に一度だけでも、願いごとが叶うなら何を願うだろうって」


イェットの言葉に、他の3人は思案を巡らすように少しだけ黙る。


「そうですね……わたしなら、今後領地が災害の被害に遭わず、平穏に過ごせるように、でしょうか」


被害の大小はともかく、災害による打撃は領地全体に影響する。プイスト男爵領は先日、虫害に遭ったばかりなので納得の答えだ。


「わたしは、……家庭円満、でしょうか。もちろん、わたしたち夫婦だけの話ではなく」


学生時代のあれこれが浮かんだのであろう、アーラも妥当と言えば妥当な願いだ。


「イェット様は?」

「うーん…私も、家庭円満でしょうか。世界平和を祈るほど高尚ではありませんし」


マトレーナに聞かれ、イェットも無難な答えを返す。


「そういうマトレーナ様は、何を願うのですか?」

「わたくしですか? わたくしは───」





お茶会が終わり、3人を見送ったイェットはほっと息をつく。

旧友たちとの久しぶりの交流はとても楽しかった。

楽しかったのだが。



「ただいまもどりました、お母さま」

「もどりましたー!」

「お帰りなさい、2人とも。旦那様もお疲れ様でした」

「ああ、ただいま」


夫と息子たちは、彼女たちとは入れ違いに帰宅した。元気いっぱいの息子たちを家令に託し、夫を出迎えると、イェットを見るなり眉を顰められる。


「…何かあったのか? イェット」


顔に出ていただろうかと内心で焦りながら、慌てて取り繕う。

やはり、先ほどのお茶会での会話が引っ掛かっているのだろうか。






『わたくしは、過去現在未来において、我が父の存在の消滅を願いますわね』


その言葉が場に発せられた瞬間、誰かが息を呑んだ気配がした。

…父親がいなければ、自分も生まれていないのに?

イェットが何かを言おうとして、何も言えなかったとき。


『…なんて、冗談ですわ。皆様があまりに家族思いでいらっしゃるので、つい』


そう言って、いつも通りに笑った彼女(マトレーナ)


マトレーナは、フォール男爵家の庶子だった。母親が使用人だが、男爵家で子が生まれなかったために引き取られたという経緯を聞いたことがある。

学生時代は明るく振舞っていたが、環境は厳しいものであっただろうことは想像に難くない。

伯爵家に嫁ぐまでの苦労も並大抵のものではなかったようだが、今は幸せに暮らしていると思っていた。

けれど、マトレーナのあの言葉。

冗談と言っていたが、対面で座っていたイェットには、とてもそうは思えなかった。

彼女の美しい目が、昏く、淀んだもので濁っていたのを見てしまっては。


見てしまった後で、ふと思い出したのがフォール男爵家の現状。

マトレーナが嫁いでから、他領との交易が減り、事業もうまくいかず、今は没落間近という噂がある。

この5年ほど、ずっと資金繰りに悩まされているとも。

まさか。

まさか、とは思うのだが。






「────…いいえ。何でも、ありませんわ」

「…そうか」


相手は伯爵家。下手なことに首を突っ込むと、火の粉を浴びかねない。

憶測にすぎない思考で、私だけでなく家も巻き込むかもしれない愚行を犯すわけにはいかない。


それにそれが、マトレーナの意志だというのなら。

何も知らないふりをするのも、友人としての在り方だろう。

そう思い、イェットは夫と息子たちと共に、屋敷に戻ったのだった。








いつもたくさんのご感想ありがとうございます(^^♪

文章書く原動力になってます~。

誤字報告もいつもありがたく…何で分かっているのに、変換ミスに気付かないのかと反省する今日この頃でした。

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