第三話 二人目のヒロイン
シェリルとヴェアティは確実な支配領域を手にするため、周辺の国の情報について調べていた。街の商店を訪ねて、周辺の商会情報、物流、情勢などを集めた。時間が経ち、街は夜の闇に閉ざされようとしていた。彼女らは宿をとり、今日のところはやめにして一日を終えようと足を早めていた。
「十分な収穫だった。明日は、こちらの戦力を整える段階に入る。」
ヴェアティは主人の言葉に頷き、後をついていく。そして彼女らが狭い路地に差し掛かった頃、どこからか罵声が聞こえてきた。あのアマを捕まえろ、最悪死んでも構わん、と、前々も騒々しかったが、今回は特に、周囲一体に響き渡るような声でやかましかった。
奴隷商売。前の世界にも似たようなものはあったが、正直裕福な奴ほどそんなものに関わろうとしなかった。企業に勤めている場合、大抵は奴隷のようなものだし、わざわざ買う必要もない。自ら志願しにやってくるからだ。その点、こちらのやり方は非効率極まりない。たかが奴隷というとるに足らない人間のために───あちらの壁にも古ぼけた紙が貼られているが───わざわざ張り紙をし、懸賞金を出すなど、どうかしている。しかも、捕まえた場合、公開処刑だというのだ。何故せっかく入手した道具を壊そうとするのか、訳がわからない。
わざわざ首を突っ込む理由はないだろうと、我が主人はそんなことしないだろうと僅かに安心していたヴェアティは、次の瞬間その考えが全く正解でなかったことを知った。
「ヴェアティ、あのアマとやらを捕まえるぞ。多分、特異性のある奴隷か何かだろう。ならば、私たちの利に繋がるはずだ。もしそうでなかったにせよ、あの商人たちと交渉はできるから。」
シェリルは踵を返し、再び大通りに出ていく。それを不安でいっぱいの顔をしながら追うヴェアティ。街に敷かれた石の床に、多くの人間が足音を立てる。探しているんだろう、だが、そんなものに混じるつもりはさらさらない。さっさと自分で捕まえて、交渉の材料にするか、自らの野望に役立てるか。
「シェリル様、まずは何処を………」
何処を探すのですか、という言葉は発する前に消えてしまった。シェリルは壁面の突起を足がかりに、小気味良いリズムを刻みながら建物の屋根に登っていったからだ。呆気に取られて何も言えなかった。しばし思考の整理に時間をかけた後、ヴェアティは羽をはばたかせ、屋根に登った。
夜の闇に、シェリルの銀の髪は実に映える。月夜の明かりに照らされて、淡く光る。その美しさに、ヴェアティは見惚れたが、そんなことをしていると怒られてしまうと思って、捜索を開始した。
街を見下ろせば、多くの人間が裏路地にも入り込み、何処までも漁りながら捜索を続けている。たった一人のために、ここまでやるとは滑稽にも見える。シェリルは上から見下ろしながら、屋根と屋根を飛び移り、怪しい人影を探した。
その人影は、地上では見つからなかった。何故なら、その女は屋根の上で倒れていたからだ。赤い髪が屋根の瓦の上で広がり、腕につけられていた鎖を引きちぎったからだろう、手からは出血をし、全身にあざも出来ていた。息も絶え絶え、このままいけば死んでしまうだろう。だが、幸いなことに、シェリルの超次元収納ベルトには、整体機能活性化方薬が残っていた。これは、使えばたちまち怪我も治るという優れものだ。だが、シェリルはそれをすぐに使おうとはしなかった。
「聞こえるか、そこの奴隷さん。聞こえているなら、返事をしろ。」
ぴくり、とその奴隷の手が動いた。荒い息を吐きながら、ゆっくりとシェリルに顔を向ける。その目には敵意と警戒が滲んでいた。もうあまり動かない腕や足を必死で動かし、立ちあがろうとする。
「お前らも私を捕まえにきたのか、やるならやるが良い、俺は最後までお前らのようなゲスな奴らの手下になるのはごめんだ、さあ殺せ、なんなら火炙りにでm───」
「話を聞け、おおうつけ。」
シェリルは鬼気迫る勢いで捲し立てる赤髪の奴隷の顔を蹴飛ばした。思い切りバランスを崩し、屋根から転がり落ちる。シェリルは奴隷が落ちた場所を見つつ、自らも路地へ飛び降りた。
「さて、話を聞く気になったか。何も、私は貴様を商人に売り渡し、名誉ある商会の一員と認められようとしているわけではない。まあ、それでも役には立つかもしれないが───少なくとも、今のところそうするつもりはない。お前が私の役に立てば、それで良いのだ。わかったか、ならば私の話を聞け。」
うめき声を漏らし、しかしなおも反抗的な態度を見せる。シェリルは、その姿にますます興味が湧いた。この女をここまで気丈にしているのは一体なんなのだろう、どうすれば配下に加えられるだろう、いや、その根源を掌握することさえできれば、最も優秀な奴隷にできるだろう───。片手に小瓶をちらつかせ、煽るような口調でその奴隷に告げた。
「返事がないのは、承認ということでよろしいか。いや、よろしいんだろうな。さて、私からの条件を出させてもらおう。まず、私が望むのは、貴様が私の配下に加わること、言ってしまえば奴隷だが。ただ、前までの待遇とは大きく変わることを言っておこう。奴隷といえども、私は一度懐に入ったものは大切に扱うタイプでね、それは貴様にも適用される。いいか。そして、こちらからは良い条件を出そう───お前は復讐をしたくないか?」
その言葉に、その奴隷は反応した。目を見開き、シェリルを睨みつける。だが、その目の中には興味をそそられたのか、以前とは違い、敵対的な意識は揺らいでいた。言おうかどうか迷っているように、口を開いては閉じることを繰り返した。そして、決心がついたのか、彼女は言葉を発した。
「…本当に、それをさせてくれるんだな?協力してくれるんだな………?」
目には涙を浮かべていたが、その語気は強かった。もし破れば殺してやるとでも言おうとしているかのようだった。やはり、見込んだ通り、この女には私の配下になる素質がある。しかも、なかなかに意思が強い。これならば、私との間で揺らぐことはないだろう。最も強い欲が憤怒なら、それはそれは満足だ。
「本当だ、その約束を守れなかったら、首でもなんでも差し出そう。」
シェリルは薬剤の瓶を割り、その奴隷に突き刺した。すると、みるみるうちに身体は復活を始める。傷は塞がり、血液は肉体を満たし、細胞組織が修復を行う。どうだ、便利なものだろう、この薬剤は。使いすぎると副作用が大きいのが欠点だが───この程度なら全く悪影響はない。シェリルも以前お世話になったものだ。
「さあ、私の手をとれ。立ち上がって、反旗を翻すんだ。いつまでそう世界の最底辺にうずくまっているんだ、その怒りはそんなところで終わらせるべきものじゃないだろう、貴様を救ってやったのだから、目的を果たせ。」
いつの間にか回復していた身体に驚き茫然としていたが、差し伸べられた手を取ると、固く握手をした。その目には、恩に応える決意と、復讐対象への憎悪が光っていた。
「わかった、これからよろしく頼むぞ。俺の名はゲバルト、人間の剣士だった。役に立つと約束しよう、だが、信頼を裏切るようなことがあれば、斬らせていただく。これはもちろん、俺が信頼を裏切っても、斬ってくれ。それがお前に望むことだ。」
「私はシェリル。便利屋という職をしている。どうぞ、よろしく。期待に応えるし、期待に応えられるようにするように。お互いに、良い関係にしましょう。」
また一人、大罪を持つものがシェリルの元に加わったのだった。




