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第一話 異世界転生直後のヒロイン登場

 神とは私であり、支配者とは私であり、法とは私である。元の世界では、私は孤独な狂人であり、いつまでも変わりない。この世界でも、変えるつもりはない。大事なのは事実ではなく、己の信念なのだ。

───シェリル・アロガント


 まだ成人も迎えていないだろう少女は、数奇な人生を辿ってきた。いや、その世界の中に限って言えば、大層珍しいというわけではないのだが。

 彼女に両親はない。生まれてきた時にはもしかするとおったのやもしれぬが、それは彼女の知ったことではない。何故なら、彼女を育て上げたのは、全く血の繋がりのない、便利屋業の老人だったからだ。それは深夜、皆が寝静まる頃、そして裏の顔を曝け出す頃、その老人は道に捨てられ、虫の息の彼女を拾った。どうしてかは、その時の彼しかわからないだろう。もしやすると、哀れみを感じたのかもしれないし、全く違って、ただ、成長したら、彼女を利用してやろうとして拾ったのかもしれない。だが、その行動は、まだ生まれて数年も立たぬ彼女の命を救ったことは間違いない。

 その老人はツァールトハイトという名だった、少なくとも、便利屋という職業ではその名を使っていた。なにも、硬く定まった自らの名前を持たぬ人など珍しくない。誰も恵まれた環境のもとに生まれ落ち、血を分けてもらった親から名前を授けられるとは限らんのだ、いや、そちらの方が比率としては少ないだろう。彼は少女にシェリルという名を与えた。何かしら名前をつけておいた方が呼びやすいと思ったからだ。そして彼はシェリルに住居と最低限の食事を与えた。その見返りとして、自らの便利屋業を継ぐことを条件としたが。

 シェリルはその条件を呑むことしかできなかった。断れば、路頭に迷い、いずれ路地裏のドブネズミどもに捌かれ、売られると知っていたから。保護を受けるにしても、金がいると知っていたから、それを求めない老人を聖人だとも思った。

 老人との暮らしは、相応に貧しく汚れたものだった。食事など保存食の乾いた大豆や、味のしない緑の野菜(何かはわからない)、たまにぜいたくとして油の一滴も出ないだろう、黒く変色した肉が出るだけだった。おまけにそれは固かった。この生活に、少女は文句を一切言わなかった。老人も、この生活を変えようとはしなかった。ただ、変わらないことがこの世界では重要だから。

 ツァールトハイトは、少女に自らの持つ戦闘、人心掌握、諜報、その他の便利屋業に必要な技術を全て教えていった。常人ならば身につけることのできない、おぞまいしいほどの特訓量。しかしそれでも、彼女は身につけてみせた。水を吸うスポンジの如く、何から何まで吸収し尽くした。一切満たされることはなく、どこまでも自らのものとしていく。それを日々実感し、老人は笑みを浮かべた。きっとこの子は私よりも大成するだろうと、確信が持てていた。いつのまにか、彼は少女に情がわいていたのだ。

 老人は、依頼をこなすため家を空けることが多々あった。初めのうちは、家に帰ってくるたびにシェリルを怒鳴りつけ、さっさと支度をし、修練に入るぞと叫んでいた。しかし、彼女が学習し、すべての用意を終え、なんならツァールトハイトを迎える準備をして、そうして老人の帰りを待つようになると、彼は段々と何も言わなくなっていった。やれこれをだの、やれあんなことをどうしてできるんだだの、そんな悪態をつくことは無くなった。

 あるとき、老人は依頼にシェリルを連れていく事に決めた。今回の依頼は簡単な上に、報酬まで安い。そして、わかりやすい。新人教育にはもってこいな仕事だった。研究所を壊滅させよ、職員は殲滅しろ。これ以上にわかりやすくやりやすいものはあるまい。

 今この社会で、超科学による実験物を目にしないことはほぼ無理に等しい。どこを出歩こうと、生体技術で身体強化を行なった人間は必ずいるし、人気のない路地の壁でさえも、振動異物遮断工学の技術が使用されている。おまけに、老人も動体視力と身体能力の向上に、一等級の人工筋繊維や微細導骨補助プログラムを埋め込んでいた。少女もそれに倣い、しかし人の外見を保ったままにするため、ルコールユマン(生体改造を主な業務とする会社である)の手術を受け、身体能力と頑健性を高めていた。

 初めての仕事は成功だった。特に問題もなく依頼をこなすことができた。侵入者相手にろくな対応もできず、涙を浮かべた顔と可哀想にも分断されてしまった胴体が床に散らばった。主目的の機械の破壊は、水をかけるだけで完了された。どうやら防水機能はついていなかったらしい、火花が散る音がした後、爆発を伴って動かなくなった。

 それからというもの、老人はシェリルをときどき依頼に連れていくようになった。もう十分な技術は身につけたし、助手としても申し分ない実力だった。ツァールトハイトは、もう年で体の節々が言うことを聞かなくなっていたが、それでもまだ、ほかのものに遅れを取ってはいなかった。


 成長したシェリルは、老人の便利屋業務のほぼ全てを担うようになっていた。もっぱら老人は実務、シェリルは裏方も行っていた。ツァールトハイトが現役で前線を担っているうちは、出しゃばる時ではないと学んでいた。

 しかし、彼女はすぐに実務の全てを行う事になる。老人は、依頼の途中で傷を負い、多量の出血によって死亡したからだ。他の組織との抗争に巻き込まれ───自ら首を突っ込んでいったと言う事にもなるかもしれない、依頼でそこに行ったのだから───その組織に雇われていた別の便利屋のやつにやられたそうだ。ツァールトハイトが言っていた、リヴァーレの事務所の所長。老人の訃報を聞いた時から、シェリルは復讐を考えた。一体どのようにして殺してやろうか、一応老人のおかげでここまで生きてこれたのだから、それ相応の対応はするべきだと思った。

 そして、復讐の時は想像していたよりずっと早くきた。ある依頼をこなしている時、同じ依頼を受けたのか、リヴァーレ事務所所長ヴィトヴァーがシェリルの後を追っていた。そして、それに気づいたシェリルは、協力を申し出た。断る理由はないとして、所長は同意した。依頼は無事に遂行された。世に出ては不利益を被る研究は抹消、依頼人のもとに戻るだけと言う時、シェリルは研究員が持っていたナイフをそっと死体の掌から抜き取り、背中を見せていたヴィトヴァーに突き刺した。これだけでは人は死なないので、動揺している間に足を蹴り落とし倒れさせ、心臓目掛けてこれまた研究所にあったフラスコの破片を深く深く差し押した。うめき声だけが漏れた。

 シェリルは帰宅した。不思議と晴れがましい気分だった。シェリルが手を下したと言う証拠はないし、それにもしそうだとバレたとしても、咎められることはないだろう。しかし、シェリルがやったということにリヴァーレの弟子が気付いたなら、背後には気をつけなければいけないな。復讐が済んで、シェリルはこれからどうしていこうかと考えた。大きな目的は片付いたのだから、ツァールトハイトの望み通り便利屋業を続けようか。

 そして彼女は便利屋の仕事を継いだ。祖父がわりとなっていたツァールトハイトの意志を継ぐという理由もあったが、何より一番の理由は、それが一番性に合っているということからだ。そして、彼女は師から受け継いだ技術を使い、確実に成果を上げた。ツァールトハイトが言ったように、彼女は便利屋として老人の上を行ったのだった。

 しかしその人生も長くは続かなかった、いや、その表現は正しくないかもしれない。現に彼女は生きているし、その足も地についている。より性格にいうならば、便利屋として上澄みという称号を手放した、という方がいいだろう。

 ある時彼女は、何の変哲もない依頼を受けた。今時珍しく簡単な、しかも報酬の多い、古いタイプの依頼だった。研究所を襲撃して研究物を破壊してほしい………こんな依頼ばかりだったな、昔は。近頃増えた護衛だの調理(詳しいことは語らない、あまりお勧めされないものを食しているとだけ言っておこう)だのの依頼とは違う、やる気の湧いてくるものだった。シェリルは老人との思い出を頭の中で流しながら、準備を整えた。

 その研究所は都市の外縁部にあたる、治安が非常に悪化しているという蠱嫌回路地区に存在していた。そこまでの道筋の中で、何人かの荒くれ者と出会ったが、特に問題はなく処理できた。こんなものの内臓は生体技術の材料としては役に立たないから、安価なモツとして近所の精肉店に卸そうと考えた。常に持ち歩いている食材用の袋(見た目の何十倍も入る、空間拡張技術が応用されたものだ)に詰め込み、再び歩き出す。

 そうしてたどり着いた研究所は想像の数倍立派なもので、ふむ、最近建てられたものではないな、オルランド事件(狂剣ドゥリンダーナ参照、一人の暴走者が多くの研究所を襲撃し壊滅させた事件。いまだに忌むべき歴史として、教育を受けていない崩壊区の子供でも知っている。ただの研究所が便利屋に襲撃され、消滅することは珍しくないが、この事件では国家研究所も軒並み破壊されたため、見過ごせないとして、第四種災害級特別対応が実行された。)以前に建てられたものだろうか、そう考えた。不健康な煙の立ち上る暗い区画にひっそりと佇む灰色にくすんだ外壁は、ヒビ割れ苔がむしている。

 わざわざ扉から挨拶を伴って侵入するほど行儀は良くないし、そんな誠意を見せる必要もない。ベルトにつけられている、空間拡張技術が使用された袋から、火薬と爆発機構の備え付けられた大剣を取り出し、壁に振り下ろした。強い閃光が視界を覆った後、壁があったはずの場所には見事な風穴が空いていた。火薬を使ったからか、あたり一体にとんでもない音量の爆発音が響いたようなので、早めに片付けないと色々面倒なことになる。さっさと始末して帰ろうと、懐から黒光りする長剣を取り出した。

 研究所職員は、もちろん抵抗をした。彼らは皆、特殊感情反応スーツを着用しており───それは使用者の感情によって形態の分かれる誰でも扱える戦闘用のものなのだが───、それぞれ武器を持って侵入者を撃退しようとしてきた。もちろん、彼らの持つ武器のスペックは私を殺すことに対して基準は満たしている、むしろオーバースペックぐらいだ。その武器の本来の目的は、暴走した研究対象、それも改造技術により猛烈に強化された人間を処分することなので、それほどたいそうなものを受けていない私はちょっとでも食らうだけで瀕死になるだろう。まあ、戦闘とは無縁の生活をしてきた者たちだ、いくら生物変容技術を熟知しているからといって、幼い頃から戦闘技術だけを学んで戦いの日々を過ごしてきた私には敵わない。

 研究所内を飛び回り、スーツにより保護されていない部分を正確に切り裂き、幼稚な武器の振り下ろしを僅かなステップひとつでかわしてみせ、そうしているうちに研究所内は飛び散った内臓と血液でデコレーションされていた。チカチカ点滅する電灯も、イルミネーションのようで綺麗だ。そういえば師匠は祝い事の時もあの硬い乾燥肉を食卓に出すだけだったな、と思い出した。

 研究員は全て、私の依頼達成を祝う飾り付けに変わったが、肝心の機械についてはまだ触れていない。この依頼の主な狙いは機械を破壊することだから、正確には依頼はまだ達成していない。まあ、今更どうして達成できないことなどありえよう。そうして、シェリルは機械を破壊しようと手を伸ばした。

 ───やられた、そう思ったのは、転移が完了した時だった。機械に触れた途端、シェリルは光に包まれた。思わず目を塞ぎたくなるような、鋭い閃光だった。スタングレネードを不意打ちで投げ込まれたことと同義だった。彼女は気絶し、倒れた。


 目が覚める。瞬きをして、立ち上がる。そこは緑の生い茂る暗い森で、ああ、非常用研究物破壊者転移式保護機能が作動したのだろう、確認不足だったな、とつぶやいた。今すぐにでも罵詈雑言を吐き散らしたいところだったが、誰がいるかもわからない、罠のかかっているかもしれない場所で居場所を自ら示すほど私は頭が足りていないわけではない。まずは周囲を綿密に確認し、それからここを抜け出す方法を考えよう。

 がさ、と葉がかき分けられる音が鳴った。背後だ、背後に何かいる。しかも、こちらに向かってきているではないか。二足でこちらへ駆けてきている。どうやらシェリルを襲う気らしい。緊張か興奮か、息を荒げる音まで聞こえる。しかしその望み通りにするほどシェリルは甘くない。背を向け、気づいていないふりをしつつ、相手の出方を伺う。

 そして時は来た。飛び出した影が、何やら不思議な光を伴ってシェリルの頭上に到達した。それは少女であった。だがしかし人間であるかは怪しいところであった。黒い髪、赤い目、そして(ここからが重要だ)、コウモリのような黒い羽に、伝説上の悪魔のような尻尾。こんな改造手術を受けるような人間は存在しないし、何よりそんな場所、私の知った限りでは全てオルランドの手により壊滅していた筈だ。それより前の人間ならばあり得るかもしれないが、見たところこの少女は可塑性細胞活性化手術を受けている様子はないし、外見年齢で判断しても問題はなかろう。だから、私よりも若いだろうこの少女がその時代を経験しているわけがない。よって、この少女は人間ではないのではないかと考えたのだ。

 こうも簡単に命を落とすようでは、便利屋の世界では生きていけなかったであろう。だから、シェリルはその襲いかかってきた少女を足で蹴り落とし、地面に叩きつけた。肺から空気が漏れる音がした。

 シェリルは倒れた少女の首を掴み、上を向かせる。その目の中に恐怖が混じっていることを確認した。

「ここは何処だ、言え。」

 なぜその質問をされたのか全くわからない様子で、少女は戸惑いつつも、声を絞り出した。口元からは血が垂れていた。

「ここは、黒い森です………。」

「いや、そんな答えが聞きたいんじゃないんだ。()()()()()()()()聞いてるんだ。」

 シェリルは情けなく少女の頭を地面に打ち付ける。少女は可哀想にも血反吐を吐くが、シェリルの目には哀れみの感情一つすら読み取れない。涙目になり、そして質問のわけがわからない、何も知らないとしゃくりあげながら答えた。

「………そうか。では用はない。」

 しかし、黒い森とはいったいどこだろう。黒い海と同類の対処不可特別危険区域だろうか、それならばこの少女は一体なんなのか。もしそうだとするなら、とっくの昔に死んでいるはずではないか。では、ここは対処不可特別危険区域ではないのか、それとも、たまたま運が良かったのか。それか………そもそも世界が違うのか。

「周囲の地理を教えろ。できるだけ細かく、詳細に、正確に。」

「こ、この近くには王権国家ハントハーベがあります、それで、この森の周囲には小さな村が、魔物断罪の伝統がある村です、この周囲は紛争地域になっていて、天霊族と魔族と人間が混じり合っていますっ。」

 やはり、ここは元の世界とは全く違った世界のようだ。以前にも転移式防衛機能に引っかかって対処不可特別危険区域にトばされたこともあったが、まさか世界を跨ぐ転移すら可能にしていたとは、恐れ入った。ここまでするということは、さぞあの研究物は大事だったに違いないが………。依頼は失敗に終わってしまったな。あの世界に戻る方法は私には思いつかない。この世界について何も知らないのだから………、いや、いい方法を思いついた。

「名前はなんという。もしかしたら、助けてやるかもしれない。」

 一切表情を変えずに、シェリルは内心ほくそ笑んだ。この少女は頷く以外の選択肢がない。先ほどひどく痛めつけてやったばかりだ、力の差は理解できただろう。まあ、もしうんと言わなかった場合は邪魔だから始末させてもらう。そして少女は恐怖で染まった蒼白な顔でこちらを見上げながら、名前を呟いた。

「ヴェアティ………ヒカイトス、魔族です……。助けてください………。」

「ほう、ならばお前を助けるメリットは?私に何か得があるのか?それとも私が誰彼構わず手を差し伸べる───お前のような襲撃者にも───善の道に生きてきた人間に見えるか?そうだというなら、お前の目は腐っていると言わざるを得ないな!」

 嘲笑の笑い声を上げる彼女を見て、ヴェアティはその白い顔を更に青白くした。死ぬ、そんな言葉が頭の中に浮かんだのかもしれない。魔族の少女は必死に泣きじゃくりながら訴えた。

「なんでもします、どんなことだって命をかけて行います!一切口答えもしませんし、一切自分勝手な行動もしません!だから、だから命だけは!」

「………。」

 シェリルはその言葉を聞いて、少しの間考える素振りを見せた。そして言葉を発するまでの間、少女は生きた心地がしなかっただろう。不敵な微笑みをヴェアティに向け、シェリルは告げた。

「良いだろう。それならば、私に永遠の忠誠を誓うように。これからは私の手足として働くように、ヴェアティ。」

 シェリルの銀の髪がふわりと風に吹かれる。ゆっくりとヴェアティに歩み寄り、手を差し出す。安堵とこれからの不安で頭の中がいっぱいになっていた少女もその行動の意味に気づいたのか、シェリルの前に跪き、差し出された手にそっと口付けをした。

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