飲み屋で愚痴る、幼馴染み
無事に資料の作成を終えた俺たちは、職場から少し離れた個室の居酒屋に来ていた。
「かー、生き返る~」
「おっさんがビール飲むみたいな顔してるが、それカクテルだぞ?」
「いいじゃ~ん。ビール飲んでる人って、なんかすっごく美味しそうに飲むから真似したいの!」
「じゃあビール飲めばいいだろ」
その瞬間、麗佳の顔は盛大に歪んだ。
目は細まり、鼻はくしゃりと潰れ、口が半端に開く。
女性が公の場で普通はしたがらない、心底嫌そうな表情だ。
「苦くてまずいからやだ。どうせ同じように酔えるなら、ジュースみたいなのがいい」
「はいはい、お好きにどーぞ」
そう言って俺はビールを喉へ一気に流し込む。
「かー。そもそもビールは味わうもんじゃねーよ。喉ごしって言うだろ? 喉から流し込むんだよ」
「ふーん。ちょっとちょうだい」
「ほれ」
ジョッキを渡すと、麗佳は躊躇なく口を付けた。
……たく、こっちの気も知らないで。
さっきの顔といい、俺の口を付けたものを平気で飲むといい、全然男として見てねーよな、こいつ。
「うげー。やっぱ苦い」
麗佳は舌を出して、ぺっぺっとやる。
「やっぱおかしいよ、こんなのが美味しいだなんて」
口直しとばかりに、運ばれてきた唐揚げを一口でいこうとする。
「あ、バカ! そんな一度に口に入れたら――」
制止むなしく、大きく開いた口に熱々の唐揚げが放り込まれた。
「ん、んんーー!!」
両手で口を押さえて、うつむく。
「あーあ、慌てて食うから」
麗佳は猫舌だ。出来たての揚げ物を丸ごと突っ込めば、そりゃ火傷する。
「いたい……ヒリヒリする」
涙目で、手をぱたぱたと口元に送っている。
「ったく、大丈夫か。ほら、これ飲んで冷やせ」
「うー、ありが……って、ビールじゃんこれ!」
「おっと、バレたか」
全然男として見られていない腹いせをしようとしたが、流石にか。
まだ潤んだ瞳で、抗議の視線が刺さる。
「そもそも、浩一は私の扱いをもっと丁寧にするべきだよ!」
「な、なんだ急に」
「今日のこともそう! 私が仕事押し付けられて憤慨してたのに、あろうことか笑いましたよね、あなた?」
先輩社員に資料のまとめを頼まれた時のことらしい。
「だから悪いと思って手伝っただろ?」
「そうだけど! 私のこと、男友達みたいに思ってませんかね?」
ずいっと身を乗り出して詰め寄ってくる。
麗佳はメイクこそ職場のままだが、伊達メガネを外し、髪をほどいている。
ピシッと閉めていた一番上のボタンも今は一つ外れて、胸元がゆるい。
そんな状態で近づかれたら――そりゃ、男として困る。
「お、おい。料理も飲み物もあるんだからやめろ」
思わず視線が一瞬下へ落ちてしまう。男の性か、職場とのギャップがそうさせるのか、自分でもわからなかった。
「ん? ほほーん」
動揺と視線に気づいた麗佳が、にやーっと笑いながら座り直す。
「なーんだ。ちゃんと私のこと女として見てるのか~。ふーん、浩一が私をね~」
まだ一杯程度のはずなのに、頬が少し紅い。嬉しそうに呟くな。
「うるせぇ……脂肪ばっか胸につけやがって。家事スキルでも身につけろよ」
顔が熱い。きっと真っ赤なんだろうな。
軽口で逃げようとしたが、麗佳は余裕の態度で返してくる。
「そんな脂肪の塊に興奮したのは誰かな~」
そう言いながら、自分の胸を下から持ち上げるようにして、わざとらしく見せつけてくる。
「おい、やめろ。はしたない」
「そんなこと言って~。機嫌すっごくいいから、今なら少しだけ触らせてやろうかー?」
……はぁ?
今、触らせて“やる”って言ったか?
そんなの――触りたいに決まってる。
……って、何考えてんだ俺。
俺はビールを一気に飲み干し、ジョッキをテーブルにダン! と置いた。
「触らねーよ。お前のことは大切に思ってる。その場の気分やノリで傷つけるようなことは、絶対にしねーよ」
視線を逸らしながらも、腹の底からの本音だった。
……のに。
返事がない。
妙に長い沈黙が、じわじわ恥ずかしくなって、恐る恐る麗佳を見る。
「おい、なんか言――」
言いかけて、言葉が詰まった。
麗佳が口を半開きにしたまま、耳まで真っ赤にして固まっていた。
「お、おい! 大丈夫か!? そんなに飲んだか、お前?」
水頼むか? いや、落ち着かせるのが先か? くそ、こういう時どうすりゃいい。
「い、いや! だ、大丈夫! 大丈夫だから!」
麗佳ははっとしたようにわたわたしながら、両手をぶんぶん振る。
「そ、そうか……それならいいんだが」
「そ、そんなことより飲もう! もっと愚痴りたいことがございますのよ!」
語尾が変になってる。変なやつ。
でも大丈夫そうな麗佳を見て落ち着きを取り戻す。
俺はグラスを取り直して、咳払いした。
「……はいはい。聞いてやるよ」




