会社では地味な、幼馴染み
カタカタとキーボードを叩く音と、マウスのクリックがフロアに薄く響く。
皆が黙々と自分の仕事に沈み、会話は必要最低限。
クーラーは決して十分に効いているとは言えず、少しでも涼みたくて置いた卓上ファンの唸りだけが妙に目立っていた。
「昼から、例の案件について打ち合わせに行ってきます」
「定例会議、ミーティングルーム2を取ってます」
事務的な声が時々浮かんでは消える。俺は気に留めず、ディスプレイを睨んでキーを叩き続けた。
「課長。クライアント先に送る書類の確認をお願いします」
聞き慣れた、抑揚のない平坦な声が聞こえ、俺は業務の手を止め顔を上げる。
視線の先に、今日も完璧な“職場仕様”になっている麗佳の姿が見えた。
整った顔立ちのはずなのに、素っぴんの時より暗く、薄い印象に見える。
黒髪はきっちり一つにまとめ、黒縁の伊達メガネをかけ、前髪は少し重め。顔に自然と影が落ちる。
メイクの仕方も光や色、立体感も、意図的に削っている。
上司への報告を終え、麗佳がこちらに歩いてきて隣の席に座った。
『自分で送ればいいのに、人に任せておいてダメ出ししてきやがった。
ハゲてしまえ』
麗佳はデスクの下でスマホを操作して、チャットツールで愚痴を送ってきた。
『西園寺さん、仕事中にスマホで私用の連絡をしないでください。あと、課長は既にハゲてます』
『wwwそれな。じゃあ、砂漠化広がって生き残った髪林も環境破壊されてしまえばいい』
『なんだ、髪林と砂漠化って。とにかく仕事しろ』
『なんだよ! 浩一のケチ! はいはい、やりますよーだ』
横をチラッと向くと、麗佳は俺にだけ見えるようにあっかんべーする。
次の瞬間には、何もなかったみたいに無表情でディスプレイへ戻った。
子供か……でも、くそかわいいなこいつ。
それにしても凄いもんだと感心する。メイクや髪型、そして表情や声のトーン次第でこんなにも変わるものかと。
はっきりいって、俺の前だけで見せる素っぴんや表情の方が、きちんと身だしなみを整えた今よりもずっと美人でかわいい。
そのことに優越感を一瞬感じてから罪悪感を抱いてしまう。
麗佳がそうしなければならない理由を考えると、喜んでしまうなんて最低なはずなのに。
「西園寺さんゴメーン、今日どうしても外せない用事があるから。代わりにこの資料のまとめをやっておいてくれないかしら?」
麗佳に仕事をしろなんて言っておきながら、手が止まってしまっていた俺の意識が現実に引き戻される。
さっきよりも少し強くキーボードを叩き始める。
「いつまでに仕上げればよろしいでしょうか?」
麗佳は、俺たちより5つほど年上の、女性の先輩社員に確認する。
「今日までなの、だからお願いしたくて~」
先輩社員は両手を握って口もとに当てながら言う。いわゆるぶりっこポーズだ。
いやいや……まだ若いとはいえその年齢でそれはきついっすよ先輩。
「そうです……承知しました。作成後にメールでファイル添付します」
「ありがと~まったく手をつけられてないから一からお願いね。詳しくはチャットで送るわねー」
そう伝えると、紙の資料だけおいてその場をあとにしていった。
『くそばばあ!! てめーの年齢でぶりっこしてもかわいくねーんだよ!
せめて、途中までやっとけや! はなからやる気ねーだろ、ああ!?』
麗佳から怒りのチャットが飛んでくる。
俺は思わず小さく吹き出してしまい、デスクの下で脛を蹴られる。
――なに笑ってるの?――
といいたげに睨んでくる麗佳。
『すまんすまん。手伝ってやるし早く終わったらたまには店で飲もうぜ』
『やーん、浩一素敵~ちょっとだけイケメン』
そこは普通にイケメンでいいだろと内心突っ込みながら、麗佳のデスクへと身を寄せる。
「西園寺さん、手伝おうか?」
「相沢さん、ありがとうございます。では、この資料についてですが……」
このチャットしている人物と同一人物か? と疑ってしまうほど、麗佳は淡々と事務的に説明をしてくる。
やっぱり優越感を抱いても仕方ないな。好きな相手の特別な相手って感じがしてさ。
「聞いてますか、相沢さん」
――おい、二度も言わせるなよ――
そんなふうに訳せそうな視線を俺に向けてくる。
「はい、聞いてますよ西園寺さん」
この幼馴染みの同僚との秘密の関係はまだまだ続けていたい。
店に行く時間がなくなって、また不機嫌になられるのもめんどうだ、さっさと終わらせるとしよう。
今日も俺だけの特別な顔を見るために。




