据え膳食わぬ、幼馴染み
「合コンに誘えよ! そんでもってお持ち帰りされてーよ!」
缶チューハイが、ソファ前のローテーブルに“ダン!“と叩きつけられた。
白い泡が弾けて、じわりと輪を作る。
「たく、溢れたじゃねーか。落ち着け。まだ一口目だろ」
「これが落ち着いていられますか? えー? 相沢浩一さんよ~」
まだ飲み始めたばかりなのに、もう出来上がったみたいに絡んでくる。
――我が幼馴染み、西園寺麗佳。二十六歳。生活力ゼロ、酒癖最悪。
「で。今日は何があった」
「今日……職場で女どもが合コンの話で盛り上がってたじゃありませんか」
「ああ、してたな。てか、そもそも職場の同僚を女どもとか言うな」
「私は声をかけてもらえなかったんですよ!
『あ、西園寺さんは……あまり興味ないですよね』って!」
「……まあ、職場のお前の雰囲気なら、そう思われても仕方ない」
職場の麗佳は、はっきり言って地味だ。
声は小さく、表情も薄い。業務連絡しか喋らない。
こんなふうに感情を爆発させるのは――幼馴染みの俺の前だけ。
「んなわけねーだろ! 興味おおありだ!
二十六にもなって未だ経験なしの喪女ですよ!
このまま三十になったら……魔女になっちまうよ!」
「それ、男が魔法使いになるやつじゃなかったか」
麗佳はテーブルに突っ伏して、おいおい泣き真似を始めた。
長い黒髪がばさりと広がる。
「……水死体みたいになってるぞ」
「おーけー、その喧嘩買ってやるぜ」
顔を上げた麗佳が、きっと俺を睨む。
「明日、お菓子ボックス補充しといてやる」
俺はソファ横の箱――《麗佳のお菓子ボックス》を指差した。
「お菓子~♪ ……じゃなくて!
危うく騙されるとこだった。毎回それで機嫌直すほど軽い女じゃねーぞ私は!」
なお、普段はそれでだいたい直る。
今日はダメらしい。なら――最終兵器。
「明日の晩飯、チーズハンバーグにするか」
「わー浩一大好き~!」
抱きついてくる。距離が近い。近すぎる。
「……おい。子供じゃないんだから離れろ」
「いいじゃーん。私と浩一の仲じゃん」
良くない。
幼馴染みだろうが何だろうが、こいつは女で――身体が当たると普通に困る。
「いいから離れろ。お前の好きなカルーアミルク作ってやる」
「ほんと! ミルク多めね!」
すっと離れる。
扱いやすいにも程があるだろ。
俺が麗佳の世話をしているのは、彼女とその両親たちのせいだ。
仕事はできるのに生活力が壊滅的な麗佳を心配した彼女の両親が、俺に頭を下げてきた。
『少しの間でいいから、麗佳の面倒を見てほしいの』
まあ、正直俺もこいつの生活力のなさを大学生時代に見ていたのもあり二つ返事で了承した。
ほっとくとこいつ、一週間ずっと“ペ○ング“しか食わねーし、あっという間にごみ屋敷するからな。
その結果、麗佳は俺のアパートの隣に引っ越してきて、晩飯と酒と愚痴のために毎晩のように侵入してくるわけだ。
「おい、麗佳。起きろ。ここで寝たら風邪ひくぞ」
「うーん……ここで寝る」
「たく……結局、今日もこれかよ」
愚痴を聞き終えた頃には、麗佳は綺麗に酔いつぶれていた。
抱えて寝室に運び、ベッドへ降ろす。
寝息は規則正しい。こうなると朝まで起きない。
長い睫毛、潤いのある唇、すっと通った鼻筋。
職場では地味な空気をまとっているのに、顔立ちだけは整っていて――幼馴染みの俺でも、普通に美人だと思う。
「そんなにお持ち帰りされたいなら……いっそ……」
言葉が漏れて、慌てて口を塞いだ。
酔ってる。俺まで引きずられてる。
良くない。
幼馴染みだからこそ――踏み越えたら、今の関係が全部壊れそうで怖い。
軽く頭を振って、麗佳の髪をそっと撫でる。
そして俺は、寝室を出た。
◆◆◆ 麗佳視点 ◆◆◆
「……ちっ」
浩一の足音が遠ざかって、ドアが閉まる。
私はゆっくり片目を開けた。
酔いつぶれてる? してるわけない。
今日も今日とて“据え膳”作戦、完璧だったはずだ。
お姫様抱っこ。ベッドへ運搬。髪を撫でる。
――ここまでは、いつも通り。
なのに。
「『いっそ……』の続き! 言えよ! やれよ! 食えよ!」
心臓はさっきからうるさいくらいバクバクしてる。
恥ずかしくて、自分から誘うなんて無理。
だから私は、毎回こうやって“事故”を装って据え膳する。
既成事実さえ作れれば、浩一は責任取って結婚って言い出す。
あいつはそういう男だ。堅物で、真面目で――優しい。
なのに、食わない。
「……これだから童貞は」
枕に顔を埋めて、私は小さく唸った。
これは告白させる作戦もちゃんと練る必要がある。
この堅物を落とすには、計画が必要だ。
読んでくださってありがとうございます。
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もらえないと静かに心を無にして天井を見つめます。
でも書きます。
たぶん書きます。
性分なので。




