「イヤホンポケットのなかで絡まる法則」
放課後。ベンチ。
ケロ子は赤縁メガネの奥で、もへじの漫画を読んでる。カエルのヘアピンはいつも通り。
もへじは顔に「へのへのもへじ」の紙を貼ったまま、ポケットに手を突っ込んで固まった。
「……あった」
「うん」
もへじはイヤホンを引っぱり出した。
出てきたのは、イヤホンじゃなくて“事件”だった。
「……見て」
「見いひん」
「見て。ポケットの中で、文明が発達してる」
ケロ子はページをめくる。
「絡まってるだけやろ」
「違う。これは“結び”や。意思がある」
「ない」
もへじはイヤホンを持ち上げる。
片方だけが、もう片方を縛り上げて、さらに自分も巻き込んでいる。
「なあ、なんでポケットに入れた瞬間に絡まんねん」
「入れ方が雑」
「雑ちゃう。丁寧や。俺、丁寧に“ぐちゃっ”て入れた」
「丁寧にぐちゃって何やねん」
「ちゃんとポケットの底に、優しく落とした」
「優しく落とすな。」
もへじは紙の顔を押さえ直す。
「俺な、今までずっと考えてたんやけど、ポケットの中って異世界なんちゃうか」
「急にファンタジー」
「そう。異世界転生してる。イヤホンが」
「イヤホンの転生先、ポケットは嫌やろ」
「でも行くしかないねん。俺が入れるから」
ケロ子は淡々と返す。
「お前が悪い」
「いや、ポケットにも責任あるやろ。入れた瞬間、外界と遮断される。重力が変わる。時間も歪む」
「歪んでるのはお前の理屈」
もへじは絡まりをほどこうとして、すぐ手を止めた。
「待って……これ、ほどき方が分からん」
「引っ張ればええやん」
「引っ張ったら負けや」
「何に」
「イヤホンに。引っ張ったら、こいつら“これが正解”って学習する」
ケロ子は漫画を閉じずに言う。
「学習してへん。お前が同じことしてるだけ」
「いや、してる。ポケットの中で社会ができてる」
「社会?」
もへじは真剣な声で続けた。
「ポケットの中にはルールがある。まず、片方がリーダーになる」
「どっちが」
「右。右は政治家。左は一般市民」
「他方から意見がきてまうぞ」
「右が先に“輪”を作る。そこに左が通ってしまう。通った瞬間、税金が発生する」
「何の税金」
「絡まり税」
「最悪の財政」
もへじはイヤホンを掲げたまま言った。
「しかもこの税、納めたら納めた分だけ複雑になる」
「それはただの地獄や」
「地獄が社会やろ」
「違う」
ケロ子はページをめくる音だけで否定した。
もへじは急に思いついたように言う。
「分かった。検証する。今からもう一回ポケットに入れて、出してみる」
「やめろ」
「科学や」
「破壊や」
もへじはイヤホンをいったんほどけてないまま、ぐっとポケットに戻した。
そしてすぐ取り出した。
「……ほら」
「うん」
「増えてる」
「当たり前や」
「いや、数秒やぞ!?ポケットの中で何年経ったんや!」
「お前が押し込んだ時点で戦争起きたんやろ」
「戦争……」
もへじは紙の顔を押さえながら、深刻そうに言った。
「俺、ポケットに入れるたびに戦争を起こしてるんか」
ケロ子は淡々。
「起こしてる」
「うわぁ……最低や俺」
「最低の基準そこなん」
もへじは絡まりの中心を見つめる。
「なあケロ子、これさ。片方だけ絡まるように見えるけど、ほんまは“ポケットの壁”が黒幕なんちゃう?」
「壁?」
「ポケットの縫い目。あいつが全てを操ってる」
「縫い目に謝れ」
「縫い目ってさ、触ったら分かるけど、ちょっとザラついてるやん」
「うん」
「あれがイヤホンを捕まえる。捕まえて離さへん。まるで…」
「まるで?」
「ぬか漬け」
「例えがピンとこん」
「でも近い。イヤホンがポケットに漬かってる」
ケロ子は漫画を閉じた。
返却の時間じゃなく、ツッコミの限界だった。
「貸して」
「え、ほどけるん?」
ケロ子は答えず、もへじの手からイヤホンを取ると、自分のポケットに“ぐっ”と突っ込んだ。
「え?」
そして一瞬だけポケットの中でゴソゴソして、何事もなかったみたいに取り出した。
ほどけている。
もへじは固まった。
「……は?」
「はい」
ケロ子がイヤホンを返す。
もへじはイヤホンとケロ子のポケットを交互に見て、声が出た。
「なにしたんや!」
ケロ子は淡々と答える。
「反対意見は即、粛清。ポケットの外に追放」
「リーダーは強制交代。片方に権力集中させへん」
「結び目は国家機密。勝手に見たら逮捕」
「輪っか作った時点で違法。見つけ次第取り締まり」
「ほどき方は一つに統一。マニュアル以外は違反」
「ポケット内は常時監視。動きは全部検閲」
「イヤホン同士の接触制限。勝手に絡むの禁止」
「自由に絡まる権利は廃止。秩序が優先」
「ほどくには許可制。勝手に解放したら罰」
「反抗したコードは再教育。真っ直ぐになるまで出てこさせない」
もへじは一拍で理解して、叫んだ。
「この独裁者が!」




