「10円ガム」
放課後。
駄菓子屋の前のベンチ。
もへじは、顔に「へのへのもへじ」の紙を貼ったまま、10円玉を指で弾いていた。
ケロ子は赤縁メガネの奥で漫画を読んでいる。カエルのヘアピンは今日も定位置。
もへじが言った。
「なあ、10円ガムってさ」
「うん」
「味、3秒で消えるよな」
「消える」
「はやすぎん?」
ケロ子はページをめくる。
「10円やし」
「10円やからって、3秒で終わってええんか」
「ええやろ」
「良くない。味の命が軽すぎる」
ケロ子は淡々と言う。
「味ってそういうもんちゃう。最初だけ頑張る」
「最初だけ頑張るって、俺みたいやん」
「自覚あるんや」
「ある。だから腹立つねん。ガムに共感してもうた」
ケロ子は漫画を閉じずに目だけ動かした。
「買うん?」
「買う。検証する」
もへじは立ち上がって、駄菓子屋に入っていく。
数秒後、戻ってきて小さい箱を掲げた。
「これな。10円ガム」
「味何」
「青りんご」
「定番やな」
もへじは箱を開けて、ガムをすべて手に取り出した。
「今から測る。味の寿命を」
「どうやって」
もへじはスマホを取り出した。
「ストップウォッチ」
「暇やな」
「暇やからここおるねん」
もへじはガムを口に入れて、噛む前に言った。
「スタート押すで」
「勝手にしろ」
「3、2、1……スタート」
噛み始めた瞬間、もへじの紙の顔が少しだけ上を向く。
「へ」の字が、今だけ嬉しそう。
「……おお」
「どう」
「うまい!」
「最初だけな」
「待って、まだ2秒や。今の“うまい”は純度100のうまいや」
「うざ」
もへじは噛みながら、真剣に目を細めた。
「……今、2.5秒」
「…………」
「今、2.8秒」
「とうに5秒たっとんねん」
もへじの動きが止まった。
「……」
ケロ子はページをめくる音だけ出す。
「消えた?」
「……消えた」
「ほらな」
もへじは慌てて噛むスピードを上げた。
「いや、でも、余韻がある!」
「味じゃなくて香りちゃう?」
「違う。これは青りんごの魂」
「魂って味すんねんな」
もへじはベンチの背もたれに頭を預けた。
「なんでやねん……。青りんご、短命すぎるやろ」
ケロ子が淡々と言う。
「3秒で仕事終えるの、むしろプロやろ」
「いや、プロは長く楽しませるやろ。ショート動画か」
「ショート動画で楽しませれるのもプロやろ」
「俺の人生ももう味がない」
「人生のピーク学生より前なことあんの」
「逆に今がピークかと思うと寒気するわ」
「……確かに」
もへじはガムを噛み続ける。
口の中はもう“何か”の感触だけ。
「なあ、これさ」
「なに」
「消えた後、ずっと噛まなあかんの罰ゲームじゃない?」
「ガムってそういう食べ物やろ」
「そうやけど! せめて噛む意味がほしい!」
ケロ子は漫画を閉じて、もへじを見た。
「じゃあ高いガム買え」
「そういうことちゃうねん。10円ガムの美学があるねん」
「美学?」
もへじは指を立てた。
「まず、子どもでも買える」
「うん」
「箱を開けるとテンション上がる」
「うん」
「最初の一噛みがピーク」
「うん」
「で、3秒で消える」
「うん」
「この落差が芸術やろ」
「ただの落とし穴やん」
「落とし穴こそ芸術かつ、駄菓子屋や」
「名言っぽくすな、地獄に落とすぞ」
もへじは急に真面目な声になった。
「でもさ、3秒で消えるってさ……人生の縮図じゃない?」
ケロ子は目を細める。
「また始まった」
「いや聞け。例えば青春とか」
「絶対、みきり発車で到着駅決めてないやろ」
「最初だけ甘くて、すぐ味なくなる。でも噛み続けたら——」
ケロ子が遮る。
「顎が疲れる」
「そう。顎が疲れる。それが大人や」
「あんま適当に喋るなよ?」
もへじはガムを指で押さえながら、さらに言う。
「でも、ここで工夫がある」
「何」
もへじはポケットから、もう一箱ガムを出した。
「追いガム」
「やめろ」
「3秒で味消えるなら、3秒ごとに足せば永久機関や」
「口の中が地獄になるだけや」
「俺は今から証明する。青りんご永久化」
「やめろって」
もへじはストップウォッチを見て言った。
「3秒経過……追いガム投入」
「早すぎ」
もへじの紙の顔がまた上向いた。
「うまい!」
「そらうまいけど」
「待って、これ、革命や……!」
ケロ子は冷静に言った。
「その革命、口の体積に限界あるで」
「限界を超えるのが人間やろ」
「お前、限界超えるのそこなん」
もへじは勢いに乗って、さらにもう一枚出した。
「じゃあ追加」
「やめろ。もうやめろ」
「青春は短いんや! だから俺は今、味を足して延命する!」
もへじは三箱目を入れようとして、口が閉じない。
「……入らん」
「アホなん?」
もへじは無理やり押し込もうとして、頬が膨らむ。
紙の「へのへの」が、横に伸びたみたいになる。
「まって!!??」
柄にもなくケロ子が大きな声を出した
「自分その顔でどうやってガムたべた??」
へのへのもへじが書いた紙がもへじの顔を覆っている
「あんた今その口パンパンのガム私の前で出してみ?」
「何その性癖珍し」
「ちゃうわ、学生特有の知的好奇心や」
「よりスケベに感じてきたわ」
「いいからはよ出し!!」
ケロ子の声が回りに響いた
そしてもへじはゆっっくりとガムを飲み込んだ




