無色反転
階級都市**色都**は、光によってその残酷な秩序を保っていた。
都市の天を覆うのは、支配者たる金種の民が放つ、目眩いばかりの神光。それは彼らの富と、世界を「調律」する支配権の象徴だった。光は熱を持たぬが、重く、都市の隅々まで行き渡り、そこに住まう人々の心までを監視しているようだった。
そして、その神光が届かぬ都市の底、常に薄暗い影に沈むのが、無色の民の領域である。
主人公の少年は、その闇の中で育った。彼の名は、この物語ではまだ語らない。彼は、この都市にとって**「存在しない色」を持つ者。持てるものは、仲間のためのちっぽけな知恵と、いつかこの冷たい秩序を打ち破りたいという胸の奥の静かな怒り**だけだった。
「――光の周期は、残り三分。」
少年は、自作の粗末な腕時計型端末を指先で叩いた。錆びた鉄と粘土でできた、無色の民の唯一の財産だ。
彼は、色都の底に張り巡らされた魔導炉の廃棄管を這っていた。金種のエネルギー炉から伸びるこの管こそが、彼にとって命綱だった。目的地は、廃棄管の先にある、電力制御室の裏側。そこには、金種が「ゴミ」として数日後に捨てるはずの小型エネルギーコアが一時保管されている。無色の民の生活をあと一週間支えるには、それだけで十分すぎた。
少年の動きは、都市の機構に詳しすぎるがゆえに、まるで管の一部が動いたかのように滑らかだった。彼の体には、都市のどこに死角があり、どこに監視の目があるか、すべてが刻み込まれている。
彼は、最後のセキュリティ・トラップを、盗んだ細い魔導線一本で解除した。
「成功だ。」
小型コアを背負った袋に収め、少年は安堵の息を漏らした。だが、その瞬間、彼の耳が、微かな、しかし決定的な異音を捉えた。
上層から、金属の靴音が三拍子のリズムで近づいてくる。それは、この時間、この場所を巡回するはずのない音。
「罠……!」
彼は慌てて身を翻し、元来た道を逆に、都市の廃墟へと向かって駆け出した。
無数の廃棄物が積み重なり、迷宮と化した色都の底。
その暗闇の中、金属音が止まり、静寂が訪れる。少年は、古い冷却装置の影に身を潜めたまま、息を殺した。心臓の鼓動が、自分の耳元で轟いている。
「ノイズよ、止まれ。」
声は、冷徹だった。
感情の揺れが一切ない、まるで世界を測る定規のような冷たさ。それが、光の調律者、金種の精鋭隊長の声だと、少年は知っていた。
「調律を拒否する者は、都市の汚点だ。無色の民は、秩序を乱すノイズ。その身を以て、調律を学ぶが良い。」
闇の奥から、数筋の金色の光の線が放たれた。それは、金種が誇る**神光制御**の術。光は壁を貫通し、少年が隠れていた冷却装置の影を精密に切り裂く。
少年は反射的に横へ跳んだ。遅れて、彼のすぐ後ろで、冷却装置の分厚い鉄板が、熱線を浴びて音もなく溶断される。熱気が肌を焼き、金属が焼ける匂いが鼻をついた。一秒でも遅れていれば、彼の体は骨ごと両断されていた。
「チッ……」
少年は、舌を打ちながら、知恵を絞る。光の調律者は、闇の中で正確な位置を把握している。逃げ場はない。
彼は、逃走ルートの途中、過去に金種に破壊された魔導車の残骸が積み上げられた場所を思い出した。彼は懐から、数個の粗末な火薬玉を取り出した。
「どうせ、このまま殺されるだけだ。」
彼は腹を括り、全速力で残骸の山へ向かって駆け出す。背後からは、カガリの「神光」が執拗に追いかけてくる。
残骸の山の直前で、少年は火薬玉を路地の特定のポイントへ叩きつけた。爆発の連鎖が始まる。
ドッ、ドッ、ドォン!
火薬による物理的な破壊と、カガリの放つ熱線による金属の蒸発。二つの力が反発し、残骸の山は予測不能な形で崩れ落ち、路地の幅を完全に塞いだ。
「――小賢しい。」
路地の奥。精鋭隊の先頭に立つカガリは、崩れ落ちた瓦礫を前に、わずかに眉をひそめた。彼の完璧に整えられた服には、一片の土埃もついていない。
部下たちが瓦礫の除去にもたつく中、カガリは静かに撤退を指示する。
「追いすぎるな。我々の使命は秩序の維持であり、無意味な死傷ではない。あのノイズが盗んだ情報の価値は低い。しかし、その予測不能な知恵は危険だ。警戒レベルを上げろ。」
カガリは、路地の壁に残された熱線の痕と、火薬玉の焦げ跡を交互に見つめた。金種の高度な術とは違う、原始的で、しかし彼らの秩序の予測から外れた反抗の跡。
「…面白い。この色都の底で、初めて調律の外の動きを見た。」
カガリは闇の奥へ静かに背を向けた。その心には、**秩序を乱す微かな「異音」**への、冷徹な興味が芽生えていた。
一方、崩れた瓦礫の下を、呼吸器の限界を超えて潜り抜けた少年は、都市の最奥の廃墟に辿り着いていた。
彼は、額の汗を拭い、背中の袋を抱きしめる。
「勝ったのは、たった一度の逃走だ。」
この成功は、金種のシステムを打ち破ったのではない。ただ、一秒先を読む知恵で、一時の命を繋いだにすぎない。彼が知恵でどれだけ足掻いても、金種の精鋭が放つ一筋の光の術の前には、塵にも等しい。
彼は、暗闇の中で、深く握りしめた拳を見つめた。
このままでは、いつか必ず、仲間も自分も**「調律」の名の下に壊される。彼は、この都市の光に対抗しうる「力」**が必要だと、痛感していた。
(仲間は、あと三日の命だ……)
少年の瞳に、怒りとは違う、切実な焦燥が宿る。そして、その焦燥こそが、彼を禁忌の伝説へと駆り立てていくのだった。




