7.裏通りの酒場とイヴェリンのお誘い
「で、引き受けるのか引き受けないのか?」
クロイツェル伯爵家のタウンハウスでのパーティに、第一魔法騎士団ご一行が訪れてから一週間後。
王都の大通りから数本入った裏道にある薄暗い酒場の中二階、他から少し離れた席にフードを被った男が二人座っている。
一人は顔が見えないよう周囲に気を配っているが、もう一人はフードから覗いているクルリと巻かれた特徴的な前髪を隠しきれていない。
「ははっ。イタズラ程度なら仲介してもいいかと思ったが、アンタの言う通りにしたんじゃこっちの身が危険なんでな。お断りだ。」
顔の見えない方の男が椅子を引く。
「おい!前金はもう払っただろ?!金だけ取って逃げるつもりか?!」
焦って男の腕を掴んだ拍子にフードがずれ、ランプの明かりに照らされたコロネリオ・クロイツェルの顔が浮かび上がる。
「ありゃ情報料だと言ったはずだぜ。仲介する相手だってもう当たりをつけてたんだ。だが、あの女王サマ相手にそこまでやろうなんて、そんな馬鹿な伝手はねえよ。」
「女王サマだと・・・?俺が言ってるのは第三王女のイヴェリン・ルクレインの事だぞ。」
「わかってるさ。あの姫さんを裏ではみんな女王サマと呼んでんだ。傍若無人で、意にそぐわなけりゃ平民も貴族も王族も関係ねぇ。生まれながらの支配者で独裁者で暴君だよ。あの女王サマを嵌めたいんなら、帝国から軍隊でも引っ張って来るんだな。」
「じゃ、じゃあ、あの団長の、平民の男だけでもいい!あの王女はアダムスとかいう男に熱を上げているんだろう?!」
「・・・馬鹿言うんじゃねえ。あんなバケモンを標的にしたら、王都の裏社会に生きてる奴らが一人もいなくなっちまう。」
「は・・・?お、お前、一体何を・・・」
「じゃあな。せめてここの酒代くらいは奢ってやるよ。」
「お、おい・・・!」
コルネリオの制止の声も聞かず、立ち上がるフードの男。
階段に向かって歩き出し、数歩進んで足を止める。
「あ~・・・これはサービスだが、ここから五つほど南に行った通りにあるドラゴンの看板のバーに、姫さんに恨みがある奴が集まってるって噂は聞いた事がある。ホントかどうかは知らねえがな。」
そこまで言うと、そのまま階段を降りて行った。
一人残されたコロネリオ。
数分間同じ体勢のまま座っていたが、突然残っていたぬるいエールを一気に飲み干すと、「ドラゴンの看板・・・」と呟きながら店を出て歩いて行く。今いる裏通りよりも暗い、南の方角へと。
「アダムス!」
第一魔法騎士団の訓練場。毎朝誰よりも早く訓練をしているアダムスがいないのは、王城に呼び出されている時だけだ。
皆が準備運動を終え模擬戦を始めてしばらくした頃にアダムスの姿を見つけ、えがおで駆け寄って来るイヴェリン。
ちなみに呼び出しには副官であるオリヴァンと、諸々の手続きをする事務官のキリル・ハイネも同行してたので一緒に訓練場に来たのだが、イヴェリンの視界には入っていない。
魔法騎士団唯一の魔法眼鏡使用者、キリル・ハイネ。
イヴェリンと同期の二十二歳、子爵家の次男で、センター分けにした前髪が眼鏡にかかる姿が知的で可愛いと女性団員に人気があり、特に可愛いもの好きのカリナのお気に入りだ。
書類仕事が苦手なアダムスが団長になってから新たに出来た役職の事務官に付いてはいるものの、剣も魔法も一般団員並みには使える上に訓練と並行して事務作業もこなしているので、実はスタミナは魔法騎士団でもトップクラスである。
「今日は何の用事で呼び出されてたの?」
「ああ、ウチのジジ・・・祖父からの連絡と、そろそろいい時期だし北の森の遠征の相談だな。」
アダムスがジジイと言いかけたのは、祖父であるウルバヌス・オルドの事だ。
数十年前に起こった魔物の大氾濫、いわゆるスタンピードと呼ばれる大災害を止めた、言わずと知れた大英雄である。
平民でありながら当時の騎士団長を務め、スタンピードの最前線で剣を持ち王国を救った功労者だ。
また魔法師団と騎士団の連携の悪さを危惧した当時の国王が、二つの組織を合併させて魔法騎士団を誕生させ、伯爵位を授けウルバヌスを団長に任命しようとした際「魔の森から出てくる魔物を見張りながら余生を過ごしたい」と固辞した話は平民の間で未だに語られる伝説となっている。
「おじい様は何て?」
「おじい様なんて呼び方は似合わねえよ、あの頑固ジジイ。」
「あら、アダムスのおじい様なら私のおじい様も同然よ。」
本気なのかわざとなのか。二人の会話を聞かされている方が恥ずかしくなってきたので、オリヴァンとキリルはそっと距離を取って訓練に参加し始めた。
「そこまで心配する事じゃなさそうなんだが、どうも無許可の人間が魔の森に入った形跡があるみたいでな。王都から人を派遣して調査するらしい。」
魔物を生み出す森。通称魔の森。
ルクレイン王国の最東部に位置する巨大なその森は、世界中のSランク以上の魔物を生み出してきた森と言われている。
そして前回のスタンピードが生まれ、ウルバヌスが魔物を倒しながら押し返した森でもある。
早くに両親を亡くしたアダムスは、祖父であるウルバヌスと共にその魔物の森近くの村で育ったのだ。
だがある時期を境に森からの危険が少なくなったため、現在はウルバヌスが一人で魔の森を見張る役目を負っている。
「ウチの子達何人か行かせようか?身軽だし、調べ物も上手いわよ。」
「ん~どうだろうな。一応国からの派遣になるから、もし協力が必要な時は直接依頼が来ると思うぞ?」
イヴェリンの言う『うちの子』とは諜報ギルドの『影』の事である。
依頼があれば世界のどこにでも行くのでフットワークも軽く、必要な情報は何でも持ってくるのだ。
「北の森へはいつ出発?」
「昨夜魔物の目撃情報が届いたらしいから、今日の午後を休みにして準備、夜に出発だな」
「準備期間に半日も取ってくれるの?団長様ってばお優し~い。」
楽しそうに笑うイヴェリン。
アダムスが団長に就任後の一年ほどは「今から遠征だ!」と突然言い出し、訓練の汗も流す暇もなく出発していたのだ。
これは団員たちが団長をからかう鉄板ネタとなっている。
「もう忘れてくれって・・・。魔物は待ってくれないから、良かれと思ってやってたんだよ。」
アダムスの持論にも一理あるのでみな従っていたが、物資などの準備不足で倒れる者が続出したため半日は時間を取るように改善したのだ。
ちなみに最初に文句を言ったのもイヴェリンで、カリナ曰く「女の子は準備に時間がかかるものなの!」とプリプリしていたらしい。
「んふふ。ずっと忘れてあげないわよ。・・・あっ!じゃあ午後に預かってた剣取りに来る?私も荷物整理するから、一緒に行かない?」
あたかも今思いついた!という顔で両手を叩いて提案するイヴェリン。
たが二人でのお出かけに期待して、チラチラとアダムスの様子を伺っている。
最後に行った遠征で固い魔物と戦った際に刃こぼれしたので、イヴェリンがオーナーを務める『中央商会』に研ぎをお願いしていたのだ。
「ああ、そうだな。じゃあ一緒に行くか。」
パァァァ!と光り輝く満面の笑み。
その流れ弾を食らった少年の面持ちが残る新入団員がオリヴァンに言葉を零す。
「団長はなんであの微笑みを受けて平気なんすか・・・?強くなるとあんな風になれるんすかね?」
「強くなっても、あんな鈍感な男にはならなくていいからね~。はい、余計なお喋り分、素振り五百追加~」
声にならない悲鳴を上げる少年の向こうで「じゃあ、後でねっ!」と跳ねるような足取りでイヴェリンが訓練に戻って行った。




