31.戦いの後
ニコニコニコニコニコニコニコニコ・・・・
イヴェリンの笑みが止まらない。
なまじ人外と見紛うほど美しいものだから、薄暗さも相まって女神が降臨したと錯覚するほど幻想的だ。
気付けば空を覆っていた雨雲は戦いの風に乗って流れ去り、神々の住む星々は煌めいて存在を主張し、冷たい雨に濡れた大地はその余韻を消し去っている。
一際明るい光を放つ月の光と、街に灯り始めた魔法道具の街灯に照らされたイヴェリンの表情は、それ自体が発光しているかの如く輝いている。
そして、その様子を見た団員達が聞こえないようにボソボソと言葉を交わしている。
「副団長が入団してきた時から居るけど、あんな顔初めて見たわ。」「眩し過ぎて直視出来ない・・・美人の笑顔って破壊力すごいね。」「オークの頭持ってんのに神々しいってどういうこと?」
イヴェリンが満面の笑みのまま手に持っていたオークの頭を荷馬車へと放り込んだ。
そう、今はキリル経由で盗み聞きしていた団員達がアダムスにたっぷり怒られた後、街と魔物の片づけをしている所である。
大噴水広場には荷馬車が数台並べられ、各自倒した魔物や壊れた屋台や破片を運んでいる。
死後も毒がある魔物や魔物が生きていた場合に備えて王都の人々はまだ家の中にいるので、現在広場にいるのは冒険者ギルドの職員と第一魔法騎士団、王城から駆け付けた第二魔法騎士団数名だけだ。
「うへぇ・・・マジでオークロードじゃん。スコット、こんなのまで倒せるようになってたのかよ。」
第二魔法騎士団の団員が、第一魔法騎士団のスコットに話しかけている。
オリヴァンの同期で友人のスコットも貴族なので、第二魔法騎士団の団員とも顔見知りのようだ。
「当たり前だろ?第一じゃこのくらい出来て当然なんだから。」
「マジか〜。卒業した時はお前も俺と似たり寄ったりだった癖に・・・。俺もそっちに入ってりゃ良かったかな。」
「やめとけやめとけ。お前この間、第二の訓練がキツイって言ってただろ。ウチの訓練、というかウチの団長、アレだぞ?」
二人がチラリとキリルに指示を出すアダムスを見る。
目の前でサンドレイスを一撃で倒したところを目撃はしたが、未だに信じられない。
「なあ、王城に来たヴァンパイアが言ってたんだが、第一の団長の説得で魔の森に帰る事にしたってホントか?」
「あ〜・・・俺は直接見てないけど、団長だし本当なんじゃないか?あの人ならあり得るわ。」
「ホントなのかよ・・・ヴァンパイアなんて初めて見たけど、とんでもない迫力だったぞ?あの場にいた全員一捻りに出来そうって言うか。」
「へ〜、俺もヴァンパイア見た事ないんだよな。やっぱ一回は戦ってみたいよな〜。」
「・・・第一にいるとそういう感想になるんだな。やっぱり俺、第二で良かったわ。」
その二人の目の前にゴブリンを二匹ポイポイッと投げたカリナが、噴水の前に仁王立ちしているアダムスにすすす・・・と近付いた。
「団長~、あんまり長くイヴェリン様待たせないでくださいよぉ?」
「・・・うるさいぞ。ちっ、ちゃんと、考える、つもり、では、いる。」
「・・・いつまでに?」
「いっ?!いつまでっ?!」
「団長ももういい歳なんだし、イヴェリン様も王族なのに婚約者がいない現状がおかしいんですからね?」
「むぅ・・・わかって・・・は、いる。」
「ちょっとカリナ?余計な事言わないでよね?」
デスウッドの枝を薪のように数本抱えたイヴェリンが通りかかってカリナをじろりと睨む。
だが睨まれたカリナはおどけた仕草でイヴェリンに向かって敬礼した。
「ワタクシめは、第一魔法騎士団副団長イヴェリン・ルクレイン様の副官として、言うべき事をお伝えしてるだけでありますっ!」
「またそんなふざけて・・・自分のやり方でアプローチするんだからいいのよ。」
「この団長ですよ?!鈍感が鎧来て剣振り回してるんですから、押し倒したって組み手になりますよ?!」
「やぁね、そこが可愛いんじゃないの。」
キリルに枝を渡しながら、ふふふっと微笑む。
自分の話を、しかも顔から火が出るような話を目の前で繰り広げられている事に居たたまれなくなったアダムスが、思わず大きな声を出した。
「だっ!だが、指名手配されてた奴等は良いとしても、クロイツェル伯爵家の次男まで渡してしまったのは早まったかもな!・・・重犯罪貴族としての除名手続きはもちろん、クロイツェル伯爵に報告すると考えると、気が重たいな。」
話を変える言い訳には使ったが、実際アダムスは本当に憂鬱だ。
特に成金と言われるクロイツェル伯爵。
パーティの様子では次男のチョココロ・・・コロネリオの事を可愛がっていたようだし、本人のせいとはいえ、金や人脈を使って嫌がらせ程度の事はしてくるだろう。
それにコチラに非がないとしても、子の死を親に伝えるのは楽しい事ではない・・・。
「ああ、大丈夫よ。あの笑い玉みたいなわっはっは親父なら、息子共々もう貴族名簿から除名させてるから。」
「・・・ん?」
「え、イヴェリン様、いつ手を回したんですか?」
「あのクソ前髪と前の情報ギルドの馬鹿共が結託したあたりかしら。アイツら、うちの子達が数人潜んでる中で密談してたのよ!あんなので情報ギルドを名乗ってたんだから恐ろしいわよねぇ。」
「・・・それっていつ頃ですか?」
「北の遠征の前ね。報告を貰ったからクロイツェル伯爵の長男に家督を譲る手続きをするよう奥様のサビーナ様に知らせを出して、遠征から帰ってきたら返事が来てたからすぐ除名申請をしたのよ。元々領地経営や実務は全てサビーナ様と長男のケヴィン様がされてたしね。爵位を剥奪して領地の没収でも良かったんだけど、交換条件を出して、襲爵した後に父親を除名して伯爵家を残してあげたの。」
アダムスとカリナが顔を見合わせる。
が、その様子に気が付きことなく、上機嫌なイヴェリンは喋り続けている。
「サビーナ様も離縁しようとされてるらしいけど、逆恨みされても面倒だし対策をしてからになるんじゃないかしら。まあ多分タウンハウスかどこかのお屋敷を一つあげて離縁するあたりが落としどころでしょうね。でも領地からの仕送りが無くなったお金のない中年を助けてくれるオトモダチなんていないだろうし、落ちぶれていく一方よ。ざまあみろよね!」
おっほっほ!と劇場の舞台で輝く悪役よろしく高笑いしたイヴェリンが、二人の視線に気が付いた。
「何よ、何か文句あるの?いいでしょ、親父も連帯責任で同じようにしてやろうかと思ったけどやめたんだし、サビーナ様達にも良い結果になったんだし。」
「・・・イヴェリン様?今回の襲撃、以前から知ってたって事ですか?」
「え?・・・あ。」
「イヴェリン?」
カリナの言葉で喋り過ぎた事に気が付くイヴェリン。
アダムスも先ほどまでの照れた顔は消え去り真面目な顔になっている。
「あ~っと・・・ぜ、全部知ってたわけじゃないのよ?何をいつどうする~みたいな詳細とか、ビックリひんやりモンスターバッグ(小)の事もちゃんと調べるまで分かってなかったわけだし・・・。北の森を実験に使ってたんだろうってのが分かったのも、王都内で小袋を見つけてからだし・・・。」
「アイツらが共謀していたのを知ってたなら、報告するべきだろう!しかも標的がお前だって事は把握していたんだろうが!」
「あ、それはアタシも知ってました。」
カリナが手を挙げる。
「あぁ?!お前もか!何で言わなかった!」
ビリビリビリ!
アダムスの怒号がカリナを直撃し、その勢いで一歩後ろずさる。
大噴水広場に面した家屋の窓が揺れている。
迫力に気圧されて、カリナがつい口を滑らせた。
「オッ、オリヴァンも知ってますっ!」
「何だと?!オリヴァン!お前も来いっ!」
「えっ?!何すか~?!俺ちょっと手が離せなくて~!」
返事をしたオリヴァンは離れた所で巨大なサンドリザードを数人がかりで運んでいる。
サンドリザードとはサラマンダーに似た火を吹くトカゲだが、大きさはその数十倍はあり、成体だと大の大人が四、五人がかりでないと運べないほどだ。
「懸念事項があれば逐一報告するように常々言っているはずだ!下の者を指導する立場のお前達が、見本を見せなくてどうするっ!」
働いているオリヴァンは呼べないと判断し、カリナとイヴェリンに向かって叱咤を始めるアダムス。
心配しているからこその怒りだが、低レベルの魔物なら睨むだけで逃げていくような実力を持つアダムスの本気の怒りは度を越えて怖い。
「だ、だって、黒いナントカの事は知ってましたけど次男坊の事は知らなかったし、イヴェリン様が何もしなくていいってぇ・・・。」
Sランクの魔物を火力オンリーでぶっ飛ばしたカリナが涙目になってイヴェリンに責任を擦り付ける。
両手を前で組んでモジモジしていたイヴェリンがあっ!という顔でカリナをひと睨みすると、口を尖らせて小さな声を出した。
「だって、カリナが言ったんだもん・・・。」
「ええっ?!アタシ何も言ってないですよっ?!」
「言ったわよ!『あんな堅物には、策を弄すくらいじゃないと』って!灯火亭でっ!」
「あえ・・・?あ~・・・それは、言ったか、も・・・?」
「だからっ、あの前髪男を使ってヤキモチ妬いてもらうとか、私が襲われそうになって焦らせるとか、そういう風に持っていこうかと思って・・・。」
『あんな堅物』が示すのが自分の事だと気付いたアダムスが衝撃を受けている。
顎が外れたのか、口が大きく開いたまま閉じ方を忘れてしまったようだ。
呆れると言うより引いた顔をしたカリナが問いかける。
「焦らせるって・・・団長がいたら大体解決するんだから意味ないじゃないですか。それに、策を弄するにしても王都全体にひんやりバッグはやり過ぎですよ。その前に止めないと。」
「だから言ってるじゃない。詳しい事はわかってなかったのよ。影達にそれを調べさせる前に、アダムスの事を調べるように指示しちゃったから。」
名前を出された拍子にアダムスが口が閉じた。
「おっ、俺のせいだってのか?!」
「べっつにぃ、そんな事は言ってないけどぉ。アダムスは私じゃなく違う女の子を探してると思ってたからぁ〜。まさか助けた女の子の顔もわからなくなってるとは思わないじゃなぁい?」
「んぐぅっ・・・。」
「だから仕方ないわよねぇ。別に情報ギルドは独立した機関であって、魔法騎士団の為に在るんじゃないんだもの。ボスの私が調べて欲しい情報を優先したっておかしな事じゃないわよね。」
「・・・今回だけだ。」
「え?」
「今回はっ!俺にも、混乱させた責任の一端があると判断するから、不問にするっ!だが、次またこんな事をしたら・・・」
「したら、どうするの?」
「・・・っ!おっ、俺に、ふっ、ふっ、触るのを、禁止するっ!!」
数秒間の、間。
「っえぇ〜っ?!ヤダヤダヤダっ!それは嫌よっ!」
「だったらちゃんと魔法騎士団としての職務を優先しろっ!」
「じゃあもうしないから触っていいのよね?」
「それとこれとは話が別だっ!」
顔を真っ赤にしたアダムスと、ジリジリと近付こうとするイヴェリン。
数時間前とは関係が変わってしまった二人の姿を、周囲の団員達は笑みを堪えながら見守っていたのだった。




