2.レストラン『灯火亭』にて
「で、告白はしないんですか?」
第一魔法騎士団副団長付きの副官カリナ・ヴォルクの言葉に、イヴェリンは手に持って食べていた暁鳥の塩焼きを落としそうになった。
ここは魔法騎士団御用達の酒場・・・ではなく、下位貴族が使う個室のあるレストラン『灯火亭』。
と言っても料理自体は平民の酒場にあるような気取らない物が多く、貴族出身者が多い女性団員達のお気に入りの場所でもある。
今日のメニューは家畜化された魔物である暁鳥の塩焼きに彩り豊かなサラダ、東方の砂漠の国から取り寄せた豆を見込んだスープに南国のフルーツの盛り合わせ、それに王都でも珍しい冷えたエール。
暁鳥はその肉自体に辛味があるので、余計な味付けをしない塩焼きが人気だ。
メニューだけを見れば女性らしいラインナップだが、その量は二人しかいないのに四、五人前ほどある。
魔力はカロリーよ!とイヴェリンが常々言っている通り、訓練で魔法を連発した後の団員達の食欲は尋常ではない。
その為、女性団員達は人目を避けて個室のあるこの灯火亭に集まるのだ。
「あっぶない。もう、何よいきなり!」
「いきなりじゃないでしょ!もうイヴェリン様が副団長になって五年、入団してからだと六年ですよ?!」
言い終わると同時にジョッキに半分ほど残っていたエールを一気に飲み干すと、個室の前を通りががった給仕にお代わりを二杯頼み、明るい髪色のショートヘアを指先で弄ぶ。
「アタシはね、イヴェリン様を応援してるんですよ?!あんな可愛げのない団長を引き取ってくれる奇特な人なんて、他にいないんですから!」
「可愛いのが好きなのはアンタの趣味でしょ。」
カリナの可愛いもの好きは団員たちの間では有名な話である。
身の回りの雑貨から始まり、幼い可愛い男の子や女の子に会いたいが為に入団当初から孤児院に多額の寄付をし続けているのだから、その性癖は筋金入りだ。
本人も愛らしい見た目をしているが、怪力を誇る伯爵家出身なので「可愛くない父や兄と似たような顔の自分は可愛くない」との事で、ひたすら孤児院にいる子供たちに貢いでいる。
もし子供たちに犯罪紛いの事をしようものなら・・・と、入団前に情報ギルドに調べさせたイヴェリンも当初は考えていた。
だが、どうも見て愛でる事を至上としているようで、子供に手を出す事もイヴェリンの恋敵になる事もない、と判断した事は、本人には内緒である。
「アタシはね、イヴェリン様が入団してきた時はどうせ王女様の気まぐれのお遊びだと思ってたんですよォ?それがどうですか!団長の地獄の訓練で先頭切るわ、実力で副団長になるわでこりゃ遂に我が第一にも新しい風が吹くぞ~と思ったのに!なのに、なのにィ・・・」
「カリナ、飲み過ぎよ。」
「も~!なんでさっさと襲わないんですか!群がってきたバカ貴族共にはあんなに行動が早いのに!」
バンバンと料理が乗ったテーブルを叩く。
カリナが言っているのは、イヴェリンの入団当初の話だ。
イヴェリンの本性を知らない貴族たちが「王女ともあろう方が剣を握るなど・・・」「女性たるもの、男に後ろで守られているべきだ」などと直接・間接問わず言ってしまったが為に、様々な不祥事で次々に爵位返上に追い込まれた一連の出来事の事である。
中には妻帯者にも関わらずイヴェリンの肩を抱き耳元で「それほど荒ぶりたいのであれば、いかがです?私と今夜・・・」と囁いてしまった貴族もいた。
が、その場で治癒魔法も効かないほどに股間を叩きのめされた挙句、次の日には国から与えられている王領配当金を使い込んでいた事が新聞に載ってしまい、妻に当主の座を明け渡して隠居する羽目になったのだ。
貴族の数がみるみる減っていくことを危惧した国王が最終的に「王国の礎を担う者を貶めるは、すなわち国そのものを貶めるに等しい。ゆめゆめ忘れることなきよう。」と布告、つまり「イヴェリンのいる魔法騎士団に余計な事を言うな、やるな」とお達しが出て、やっと騒動が収まった事件。王都で知らない貴族はいないだろう。
新しく運ばれてきたエールに口をつけながらカリナが続ける。
「もう団長も三十超えてるんですよ!いくら平民出身でも五年も団長を務めたんだし、引退したら騎士爵は確実なんだから、そろそろ何も知らない貴族が縁談持ってきたり」
「しないわよ。」
「・・・え?」
話を遮られたカリナがキョトンとした顔で聞き返す。
「アダムスの所にそんな話持ってくる貴族はいないわ。」
すました顔で最後の暁鳥に手を伸ばすイヴェリン。
しばし考えて意味を理解したカリナが「こわっ」と呟いたが、それが聞こえたのかムッとした顔をする。
「別に非道な事はしてないわよ。ただそういうお嬢さんには、もっとふさわしい相手との出会いがあったってだけ。」
怖いのはその事じゃないんだけどなぁ・・・と思いつつ、少し恥ずかしそうにしているイヴェリンを見つめる。
情報を仕入れ手を回したのは、王都で一番売れている新聞社をも傘下に持つ大商会『中央商会』のオーナーの彼女か。
もしくは、どんな秘密も秘密に出来ないと言われる少人数の精鋭達で構成された情報ギルド『影』の飼い主である彼女か。
団長であるアダムスとは手が触れるだけで嬉しそうに頬を染めていたのだが、五杯目のエールを空にしてもその表情に変化はない。
遠征先で見たサキュバスすら霞んで見えるほどの美貌。
砂埃や汗で汚れているはずなのに艶々と輝くブロンドの髪はフローラルな香りを纏っている。
テーブルに乗った豊満な胸や、横に組まれた程良い肉付きの長い脚は男性を魅了するのに必要な要素を全て揃えている。
中身はどうであれ、その外見があればどんな男でもイチコロになりそうなものだが・・・。
「団長の鈍感さも問題だよねぇ。」
どんな貴族出身の女性団員にも平等に接し、だが紳士的にふるまうアダムスは当初こそ女性団員に密かな人気があった。
しかし貴族特有の回りくどい誘い文句が通じていなかったアダムス。
入団して一年で団長に就任すると同時に魔法騎士団の訓練方法を一新し、瞬く間に第一騎士団を最強軍団へと育て上げたのだ。
だがその訓練のせいで恋愛対象としてみる女性団員はいなくなり、イヴェリンが入団してからはそんな身の程知らずは皆無となったのだ。
「団長にとっても、もうイヴェリン様は特別な存在になってると思うんだけどな~。何かハプニング的な、こう、恋心に発展しそうな何かがあれば・・・」
「いいのよ、今のままで。余計な事考え」
「そうだっ!」
今度はカリナがイヴェリンの言葉を遮って続ける。
「ね、あの成金伯爵家から招待状来ました?!」
カリナが言う伯爵家とは、最近王都の貴族の間で話題となっている、西方にある領地で鉱山と小さな交易都市を所有していた由緒あるクロイツェル伯爵家の事だ。
その領地にある鉱山で、希少なミスリルが発掘されるようになったのが約十年前。
ミスリルの恩恵を受け小さかった交易都市も活気付き、以前とは比べ物にならないほど裕福になった伯爵家当主は、先月からその実務を長男に任せて次男と二人、王都のタウンハウスに滞在している。
妻に似て真面目で堅実と評判の長男は既に婚姻済で子も二人もうけており安泰の身のはずなのだが、未婚の次男の出会いの為という名目で有力貴族を招いて連日パーティを開いており、人脈を作って陞爵を狙っているともっぱらの噂だ。
「来てるんじゃない?行かないから知らないけど」
興味なさげにフルーツの皿に手を入れると、小さく赤いチェリーの実を摘まんだ。
王族で大商会のオーナーで片思い中のイヴェリンは、人脈作りも成金のおこぼれも出会いも必要としていないのだ。
「それ、行きましょう!私も親から言われて行かなきゃなんで、ご一緒しますし!」
「なんで私がそんなのに・・・」
「団長にエスコート頼みましょ!いつもと違う姿を見せるんですよ!着飾ったドレス姿とか、いつもと違う雰囲気でドキッとさせて、ダンスして密着するのは鉄板でしょ?あと、前に会った事あるんですけど、あそこの次男って女とみればすぐに口説いて来るんですよ。だから、団長に嫉妬させて危機感を持たせるんです!!」
チェリーの実を口に運ぼうとしていた形の良い指が止まった。
「・・・そんなに上手くいくかしら?」
おっ?
イヴェリンの反応を見たカリナの目が光る。
子供じみた作戦だが、恋愛の駆け引きを知らないイヴェリンには効いたようだ。
顔の前でチェリーをクルクルと回して思案している様子もいじらしい。
団長の事となると途端にポンコツになるのが可愛いんですよねぇ。とまでは、鉄拳が飛んできそうだから言わないが。
「あんな堅物には策を弄すくらいじゃないと、いつまで経っても進展しませんよ~?!あ、あと、副団長のドレス作る時、私の分もマダム・サスレリアにお願いしまあっす!」
マダム・サスレリア。
王都で大人気のデザイナーで、普通の貴族であれば数年前から予約を取る必要がある。が、イヴェリンだけは特別だ。
「カリナってば、そっちが目的なんじゃないの?」
「違いますよう、副団長の恋も応援してますよう」
うふうふうふ、と笑うカリナ。
そんなカリナに聞こえないように「策を弄す、ねえ・・・」と呟いた顔は、灯火亭の薄明りに照らされて妖艶な笑みを浮かべているように見えた。




