28.あれもこれもオマケにそれも
「・・・何が望みだ?」
アダムスから殺気が放たれる。
魔法を使えないアダムスだが、敵を威圧する時に見せるその気迫は戦い慣れていない者なら震えて動けなくなるほどの空気を発する。
「やだなあ、わかってる癖に。ヴァンパイアはプライドが高く損が嫌いだ。それは、この僕でも例外じゃあない。」
「・・・王都まで連れて来られて、手ぶらじゃ帰れねえって事か。」
「ふふふ。流石僕のアダムスだ。そうだね、魔の森にいる僕の配下たちに何か手土産くらいは貰って行こうか。」
「・・・倒した魔物なら構わん。持って行け。だが、人間はダメだ。」
「どうしようかなあ。僕の可愛い配下の子達は人間の血を好んで飲みたがるんだよね・・・知ってるだろう?」
赤い瞳を細め、血の香りが漂うような甘美な笑顔を見せるヒューベルト。
口からは細く鋭い牙が覗いている。
ヒューベルトは人を襲わないと言っていたが、その配下のヴァンパイアは違うのだろう。
もし本気で人を襲おうとするならば王都の住人がその牙の犠牲になってしまう。
アダムスの身体に力が入り、手に持った剣がカチャリと音を立てる。
張り詰めた緊張感の中、アダムスが動いたら自分もすぐに続こうとキリルが集中力を高めていた。
その時。
「ちょっと待ってちょうだい!」
アダムスの後ろからピンと伸ばした手が出て来た。
イヴェリンの顔に良い事を思いついた!と書いてある。
振り向いたアダムスの眉間にしわが寄る。
「おい、イヴェリン、お前なんかまたろくでもない事・・・」
「つまり、お土産にする人間と、ヒューベルトさん用のお土産が欲しいって事でしょう?!」
アダムスを無視した質問にルビーのような紅い瞳を丸くすると、妖艶な笑みは消え、途端に少年のように楽しそうな表情になる。
「ああ、そうだよ、愛らしいお嬢さん。君が人間を用意してくれるのかな?ヴァンパイアに攫われ、血を啜られる哀れな人間を・・・。」
「ええ!そこの馬鹿共と、王城にも二人いるらしいからそいつ等も持ってっていいわ!あと、そうね・・・キリル!今回ので素材にならない魔物はっ?!」
「おっ、おいイヴェリン・・・!」
「えっ?!あ、えっと、そ、そうですね、そこに落ちてるリトルオーガと王城のサンドレイスでしょうか。」
「じゃあそれもオマケで付けたげる!どうかしら?」
まるで屋台で安売りをするような口上を並べだしたイヴェリンを、アダムスが慌てて止めようとする。
「待て待て待て待て!イヴェリン、お前何を勝手に決めてるんだ!こいつらは第一魔法騎士団に任せた後、裁判にかけて・・・」
「ええ、その裁判で何度もこいつらのくだらない言い分を聞いて、貴重な食糧と限られた牢と警備する人件費と裁判官や傍聴人たちの時間を無駄にした挙句、何か月もかけて判決が出るわよね。こんな事件を起こしたんだから、間違いなく死刑は免れないハズよ。」
「そ、それはそうだが・・・」
「そ・れ・に!!」
顔の横でビシッと音がしそうなほど人差し指を立てると、アダムスの鼻先に細い指先の爪をチョンと当てる。
「国を揺るがすような重大事件の裁判で、判決を決めるのは誰かしら?」
「・・・っ!!お・・・王族、だな・・・。」
「そうよっ!しかも、国王陛下じゃなくても王族に籍を置く人間なら誰でもいいのっ!つまり、第三王女のこの私が判決を下す事は間違いかしら?!」
「間違い、では、ない・・・。裁判の過程をすっ飛ばした事以外はな・・・。」
「節約よ、節約!無駄を省くのは良い事じゃないの!」
「いやでも、だが、なあ・・・?」
額に手を置いて反論の言葉を探すアダムス。
が、脳内のどこを探しても説得出来そうな材料は揃わなさそうだ。
そして、アダムスも別にどうしても助けたい相手と言う訳でもない。
チラと目線を上げてイヴェリンの顔を盗み見ると、視線に気付いたイヴェリンがにんまりと嬉しそうな顔をする。
その顔を見て、諦めきれない表情で、諦めた溜息を吐いた。
どうやら降参のようだ。
二人の様子を楽しそうに見守っていたヒューベルトがイヴェリンに向かい直って微笑んだ。
「ただの麗しいお嬢さんだと思ったらお姫様だったのか。どうりで気品があると思ったよ。どうだい?気が向いたらヴァンパイアになってみないかい?」
「おい、やめろヒューベルト。牙を切り落とすぞ。」
「嫌だねぇ、余裕のない男は嫌われるよ。」
そう言うと、背中のマントが風に揺られてはためいた。
パタパタと揺れるとその輪郭を段々と崩し千切れ、散り散りになった黒い蝙蝠が羽ばたきながら地面に伏せたハスラー達とリトルオーガの死骸を包み込み始める。
「お、おい、やめろ・・・!せめて、人として死なせてくれ・・・!」
「いやだ、ヴァンパイアの餌になるなんて・・・・!」
命乞いする声も長くは続かず、頭から足先まで真っ黒になったミイラのような人型がゴロンと並べられた。
「自分たちが連れて来たんでしょ?ちゃんと最後まで責任取りなさい。」
もう聞こえていないかもしれないが、イヴェリンが吐き捨てた。
「あとは王城に二人と・・・そこの逃げようとしていたのも貰ってっていいのかな?」
ヒューベルトが離れた場所を指さした。
大噴水から出て逃げようとしていた、黒い、元コロネリオだ。
「あっ!ちょっと待ってくださる?その黒いの、一度取っていただけるかしら?」
ヒューベルトが興味深そうに片眉を上げると、指をひょいと動かす。
すると、人の輪郭を模っていた黒い蝙蝠がバラバラと離れ、コロネリオが五体満足な状態で現れた。
「ぐはっ、はっ、はっ・・・な、何が・・・?!」
カツカツカツとブーツのハイヒールを鳴らしながら近付いて行くイヴェリン。
軽やかな音に気が付くと、何故かコロネリオが嬉しそうな顔をする。
「お、おお!イヴェリン・・・!やっぱりお前は俺の事が・・・ぐえっ」
イヴェリンが、その形の良い美脚を後ろに引いて思いっきり振り抜き、コロネリオのみぞおちを蹴り上げた。
見た目に反する脚力で飛ばされ大噴水の中に一度落ちると、バウンドして外の石畳の上に落ちる。
無表情のまま、さらに近付くと足を上げ、一度、二度、と無造作に踏みつけた。
コロネリオの・・・股間を。
「ぐぎゃっ・・・!!!!!!あっ・・・あがっ・・・!!!」
カエルが馬車に踏みつぶされたような声を出し、白目を剥き、口の端から泡を吹いたまま気絶する。
「フンッ!これでもまだまだまだまだ足りないけどっ・・・!アダムスに免じてこれくらいで勘弁してあげるわ。ああ、お礼は結構よ。その汚い声をもう聞かなくていいのが何よりのお礼だから。」
長い髪をなびかせコロネリオに背を向けるイヴェリン。
ふと前を見ると、男性陣が何とも言えない複雑そうな顔をしている。
心なしか皆少し猫背になっているようだ。
「あら、どうしたの?」
「イヴェリン、お前なぁ・・・いや、何でもねえ・・・。」
「急所の攻撃は見てるだけで痛いんでやめてくださいってば!こっちまでダメージ食らうんですよ!」
キリルが痛くないはずの股間を抑えながら抗議すると、イヴェリンに鼻でハンッと笑われた。
その背後ではまた黒い蝙蝠にその姿を覆いつくされていくコロネリオの姿。
そのままハスラー達と同じ黒いミイラになり、三人と共にズルズルとヒューベルトの元へと引き寄せられると、元通りマントの形へと戻った。
ヴァンパイアの固有魔法だろうか、魔物を収納していた小袋と同じく物体の質量の法則を無視している。
「いやはや、なかなか危険なお姫様のようだし、勧誘するのは止めておこう・・・。じゃあ僕はそろそろお暇しようかな。王城はあそこに見えてるやつだね?」
ヒューベルトが右手に見えていた城の屋根を指差すと、思い出したようにキリルが叫んだ。
「あっ!オリヴァンさんに連絡しとかないと!いきなりヴァンパイアが現れたらパニックになりますよ。ヒューベルトさん、王城いる団長の副官に説明しておきますので、その人の元に行ってください。」
「その子は連れてっていいの?」
「ダメです!!」
キリルの返事にカラカラと笑っている。
「ええと、あとついでに全員に状況の確認もして・・・。」
からかわれたキリルはそれどころでは無いようで、ブツブツと呟きながら少し離れて後ろを向き、イヴェリンのネックレスに向かって話をし始めた。
「じゃあアダムス、たまには遊びにおいでよ。お姫様も一緒にさ。僕の妻達も増えたから紹介してあげよう。」
「討伐してもいいなら行ってやる。殺されたくなけりゃそれまでに人を食わないように教え込んどけよ。」
「ははは、またね。」
是とも非とも言わずマントをふわりと翻すと、現れた時とは反対に黒い蝙蝠の形が一気に散らばり、空へと消えて行った。
「あ~あ、陛下になんて言って謝るか・・・。いや、陛下より第一団長の方が何か言ってきそうだな。あと宰相も文句言いそうだ。はあ・・・。」
「いいわよ。私が代わりに報告しに行ってあげるから。ねえ、そんな事よりも・・・。」
「おい、そんな事って。大事な事だろ、首謀者が・・・」
「それより!!アダムスも聞いてたでしょ?!あの男が言ってた・・・私の、ほ、ほ・・・惚れた男って・・・!」




