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完全無欠の第三王女は最強剣士を射止めたい  作者: 斉藤りた


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27.一難去ってまた一難

アダムスの剣が、イヴェリンの首を撫でた。


大きく一歩前に踏み込み、軽く上げた剣先を右から左下へと振り下ろす。

雨雲が落とした雫を割り、イヴェリンの金髪を掠めながら首元へ。


白い柔肌に密着した隷属の首輪に、剣先が食い込んだ。

赤、黄色、薄緑。色とりどりの宝石の存在すらその刃には雨粒と同じ柔らかさを示している。


右耳の下から、左の顎下まで一直線、迷いのない剣筋。

その使い手を表す切り口は、強く、優しく、そして真っ直ぐだ。


カランッ・・・


首輪の落ちた音が、イヴェリンの解放を知らせる。

が、同時にコロネリオが喜びの声を上げた。


「や、やりやがった!・・・ははははっ!コイツ、自分の部下を殺したぞ!イ、イヴェリンめ、ざまあみろ!好いた男に殺されて、惨めな最後が・・・ぐべっ!」


バシャーン!


コロネリオが吹っ飛び、しぶきを上げながら大噴水の中に落ちた。


「ぶはっ!げはっ、はっ、な、なん・・・!」


水を飲みながら起き上がったコロネリオが見たのは、前かがみで降り始めた雨に練れた髪の毛を垂らして下を向いた、イヴェリンの姿。

ゆらりと身体を揺らすと、髪の毛をかきあげてコロネリオを刺すように・・・いや、真っ二つにした後切り刻んですり潰しミンチにしそうなほど睨んでいる。


「なん、なんでっ・・・?なんでお前生きてるんだよ?!」


「・・・アンタの親に死体を返す時、人の形をしていられると思わない事ね・・・。」


「ひぃっ・・・!」


雨で空気が冷えたせいか怒りで体温が上がっているのか、イヴェリンから薄く湯気が出ている。

もしくは残った魔力がイヴェリンの怒りに反応して燃え上がろうとしているのかもしれない。

暗く見えないイヴェリンの顔の中で瞳が街の明かりを反射して浮かび上がり、まさにこれから獲物を捕食しようとする魔物のようだ。


「こら、イヴェリン。やり過ぎるなってさっき言ったばっかりだぞ。」


地獄の底から睨み上げているような形相のイヴェリンの頭を掴んで、グイ~ッと上へひっくり返す。


「アダムス。離して。」


「ダメだ。お前はやり過ぎる。ちょっと蹴るとか殴るくらいなら見逃してやるが、止まらないだろ?」


「やられた分しか返さないから!頭と本体は残しとくから!」


「本体ってなんだ本体って。ダメだ、第一に任せるぞ。」


「本体はあの前髪よ!ほら、私が無事だから元気なくなって巻きが取れてきてるし!あの前髪だけ残しとくから、後はぐちゃぐちゃにしてもいいでしょ?!」


「前髪は一番いらないだろ・・・ダメなもんはダメだ。それに一応まだ貴族籍なんだから、過剰な暴行を加えたら陛下に迷惑がかかるだろ。」


先程のオーガと見まがうほどの顔つきから、一気に乙女の顔になったイヴェリンが、どこか楽しそうにアダムスと会話を弾ませている。

会話の内容は乙女とは程遠いが。


「大丈夫よ。もう何日も前から貴族じゃないから。」


「・・・え?どういう」


「団長っ!!」


空気を切り裂く鋭いキリルの声。

アダムスとイヴェリンが即座に反応する。

瞬時に剣を抜きキリルの声が放たれた方向と逆に飛んで距離を取ると、剣を構えて戦闘態勢を取る。


「袋が動いていますっ・・・!」


三人の目線の先には、ハスラーが手にしていた小袋。

倒れた三人から少し離れた場所でモゾモゾと蠢いている。

Sランクの魔物を入れた切り札のハズだったが、重界魔法を食らった衝撃で手から離れ、落としていたのだ。

重界魔法と雨のせいで魔物が目を覚まし、今まさに出て来ようとしている。


「・・・ふはっ!ふははは!やはり神は俺を救おうとしている!この俺は、お前たちのような下賤な人間とは違うんだ!お前らみたいなのは、ここで汚ぇ魔物と戦ってろ!魔物も王都も知った事か!」


コロネリオがバシャバシャと大噴水の中を歩き、アダムス達と逆方向に向かって逃げようとしている。

だが突然、その歩みが止まった。

水音は止み、コロネリオの不快な負け惜しみももう聞こえない。

コロネリオの後ろ姿が徐々に黒いモノで隠されてゆき、やがて真っ黒な人の形をしたモノが出来上がった。


「だ、団長、あれって・・・。」


「しっ!」


アダムスが神経を尖らせて動く袋から出て来ようとしている魔物に集中している。

すると、その集中をあざ笑うかのようにハスラーが下から声を出した。


「あれは、流石のお前さん達も敵う相手じゃないと思うぜ。ホントに偶然捕まえて・・・油断してたんだろうな、死んだ魔物の生き血を啜啜るのに夢中になってたからよぉ。俺も初めて見た、Sランクの中でもさらに上位の存在・・・ヴァンパイアだ!」


袋から、真っ黒の物体が大量に羽ばたきながら溢れてくる。

蝙蝠の形をしているが、生きているわけではない。

ヴァンパイアだけが使える特殊な固有魔法で、捕食対象を拘束し生き血を啜るために飛ばすものだ。


これ以上はSランク、と定められた中にもさらに強い存在が在るが、その中でも上位に位置する魔物には共通点がある。

意志を持ち、思考能力を有し、会話が可能で戦いの際に知略を用いる事が出来る魔物だ。

それらの中でも特に有名なのはサキュバス・インキュバスとヴァンパイア。共に人間と会話し、外見も見目麗しい人間でしかない。

だがその危険度はヴァンパイアが段違いだ。


サキュバスやインキュバスは意思疎通が出来るのでランクこそSだが、精気を吸い取るだけで即座に命の危険がなく、戦闘力も弱いので実際の実力はCランクに近い。

対するヴァンパイアは相手の血を啜り物理的に生命力を飲み尽くし、更に強力な固有魔法も使えて肉弾戦にも長けている。

見つかればその配下になり価値がなくなるまで一生血袋として生きるか死かの二択になると言われている危険な魔物だ。

ある地方では、村に現れた一人のヴァンパイアが村人全員を自分の食料として飼われていたという記述も残っている。


「これでお前達も道連れだ!こいつを捕まえてて良かったぜ!さあ、出て来い!」


まるで自分が召喚したかの如くハスラーが叫ぶと、黒い羽ばたきが集まって行く。

黒の羽々が段々と人の輪郭を模っていくと、血の香りを帯びた古風な黒の燕尾服に深紅の裏地のマントをはためかせる、青白い顔をした初老の男が現れた。

アダムスよりも背が高くオールバックにした白髪、瞳と唇は血の色をしていて、明らかに人とは違う鋭利な二本の牙が生えている。


まさに絵にかいたようなヴァンパイア、そのものだ。

その男が、ゆっくりと顎に手を当て優雅な動きで辺りを見回し始めた。


「さあ!血に飢えたヴァンパイアよ!この王都を、お前の血肉として・・・」


「おや?君は・・・」


ハスラーが地面から叫ぶ声を無視して、ヴァンパイアがアダムスに目を止めた。

キリルとイヴェリンが剣をさらに強く握り、いつでも飛び掛かろうとつま先に力を入れる。

アダムスをじっと見つめていたヴァンパイアが、真っ赤な口をゆっくり開いた。


「・・・アダムス?アダムスじゃないか?」


「ん?・・・お前・・・ヒューベルトか?」


アダムスの、場違いで間の抜けた声が大噴水広場に響いた。

ヴァンパイアはその冷酷に見えた表情を一変させ、パァァァァと音が出るほどに破顔する。


「やっぱりアダムスか!懐かしいね!地震が起こってから全然会いに来てくれなくなっちゃって・・・もう五十年は経ったかい?」


「二十年も経ってねぇよ・・・お前、何してんだ。」


「何って・・・ここはどこだい?」


物珍しそうにキョロキョロするヴァンパイアに、イヴェリンとキリルはもちろん、地面に突っ伏したままの男達も固まっている。

だが、その中でも自分に酔った演出を叫んでいたハスラーが、一番最初に意識を取り戻した。


「・・・っ!!お、おお、お前、んなっ、何が・・・何で・・・何っ・・・!何がどうなって何が何だっ!!」


思考がそのまま口から出て来たのだろう。

支離滅裂である。

ハスラーの叫び声で現実に戻ってきたのか、イヴェリンとキリルも慌てて口を開く。


「アッ!アダムス!この人って!・・・え?人?」


「団長っ?!ヴァン、ヴァンパイアですよねっ?!」


思わず剣を下げ、アダムスの背後に隠れる二人。

アダムスが、困ったような、面倒そうな顔をして頭を掻いた。


「あ~・・・まあ、こいつは確かにヴァンパイアなんだが、魔の森の顔馴染みで・・・とりあえず危険はないから大丈夫だ。」


「・・・っ?!きっ、危険がないヴァンパイアって何ですか?!Sランクの魔物ですよっ?!」


キリルが思い出したように剣を向ける。


「何と言うか・・・コイツはヴァンパイアの親的な・・・群れのリーダー的な奴なんだが、人は食わねえし、魔物も生きてるのは嫌らしくてな。魔物の血しか飲まない悪食(あくじき)なんだ。」


「やだなあ、グルメと言ってくれないかな。生臭いのを好まないだけだよ。生きてると生温くって気持ち悪いじゃないか。やっぱり死んでないとねぇ?」


「同意を求めるな。死体の血も俺は飲まん。」


「・・・人間は食べないの?本当に?」


ここぞとばかりにアダムスの腕に手を絡めたイヴェリンが、アダムスの後ろに隠れたまま聞く。


「おや、美しいお嬢さん。そうだね、好むヴァンパイアもいるけど僕は好きじゃないな。だけどお嬢さんはとても魅力的だ。・・・死んだらその血を飲ませてもらってもいいかな?」


「おい、やめろ。討伐するぞ。」


「おお怖い。アー坊ってば可愛げが無くなったねぇ。」


「アー坊って呼ぶな!」


「ゴホン!」


収集が付かなくなってきた状況を整理しようと、キリルが咳払いで目を集めた。


「ええと、ヒューベルトさん。団長が信用されているのなら、危険性がない魔物として僕らもそれに倣います。現状の説明をさせて頂いてもよろしいですか?」


そう言うと、ヒューベルトが何故ここにいるのか、何が起こったのかについてキリルが簡潔に説明を始めた。

こういう役はキリルが適任だ。

フンフンと話を聞いていたヒューベルトがハスラーたちを一瞥するとアダムスに尋ねた。


「つまり、この子達が僕を捕らえて目的のためにここに連れて来たって事だね?」


「そうだ。まあ出て来たのがお前で良かった。他のヴァンパイアなら面倒だったからな。だが・・・」


一瞬眉間にシワを寄せ考えるような表情を作ると、言いにくそうに口を開いた。


「・・・ヒューベルト、お前、大人しく魔の森まで帰ってくれるか?」


三人を見下ろすヒューベルトの、真っ赤な口が三日月形にニヤリと開いた。

ふとキリルがアダムスの手元を見る。

団長の手にはまだ剣が握られている。


・・・警戒を、緩めていない?

はっ!とした時、ヒューベルトが明るく言い放った。


「ヴァンパイアに大人しく帰れって?それはちょっと都合が良すぎるかな。」

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