20.デスウッド討伐講座とお花畑
バサバサッ!
目の前で暴れていた数本の枝を一気に切り落とし、アダムスが口を開いた。
「いいか、ニコラス。デスウッドはトレントより枝が多いんだ。」
「はいっ!」
大噴水広場から10分ほど走った市場のある通りで、三階建程の高さのある巨木のデスウッドと対峙しているのはアダムスとニコラスと呼ばれる新人団員だ。
彼がオークキングとの戦いでエアラッシュを繰り出すも、傷一つ付けられずに敗れたのは記憶に新しい。
他のベテラン団員達の地区には格下のゴブリンが現れたのに、自分の所にBランクのデスウッドが現れるなんて・・・と嘆いてはみたものの。
目の前に魔物がいる事実は変わらず、しかもデスウッドは枝の数の多さから数人がかりで討伐するのが定石なのに、ここにいるのは自分一人。
堪らず助けを呼ぶと団長が猛スピードで魔物を跳ね飛ばしながら駆けつけてくれ・・・何故か、デスウッドの討伐講座が始まった。
「トレントはその場から動かないが、デスウッドは素早く走り回る。あと、トレントとの違いが分かるか?」
上空からアダムスの頭を粉砕しようと鞭のようにしならせた太い枝は、軽く横に一歩踏み出されたことによって市場の石畳に埋まる。
同時に首を刎ねようと水平にアダムスの頸部を狙った刃のような枝も、落とし物を拾うような気軽さで避けられ空気を分断する。
先程から枝を切ったり避けたりはするものの、真剣に戦っているようには見えない。
どうもせっかくの機会だから魔物との戦い方を教えるつもりのようだ。
アダムスが生徒に教えるように優しい口調なのは、ニコラスがまだ幼さの残る顔つきをしているせいだろう。
「え、ええっと・・・。」
ニコラスのフワフワとした茶色の猫っ毛の中で、学園で魔物額を教えていた教授の言葉がリフレインする。
「あっ!ま、魔法!追いつめられると、葉から空気中の魔力を吸い、水魔法を使います!」
デスウッドの方を向いていたアダムスが、キョトンとした顔で振り向く。
「え?そうなのか?」
「だっ!団長!前っ!」
デスウッドが葉を広げ、アダムスとの間の空間に小さな水滴が生まれる。
まるで小さなシャボン玉のようにも見えたが、その数はみるみるうちに増えていき、やがて二人と一体を挟む空間が埋め尽くされた。
「そうそう、これが水魔法だ。でも葉から魔力を吸って作ってるなんて知らなかったな。」
呑気な口調で話すアダムスに何と言えばよいのかわからず、口を開閉させる。
すると、目の前に浮かんでいた水玉が、ゆるりと一斉に動きを見せた。
「ニコラス!この攻撃の弱点は何だ?」
「えっ?!・・・習ってません!」
「ただの水だって事だ。毒じゃないから、自分から当たりに行けば致命傷は受けない!」
そう言うと、飛ばされてきた水の弾丸を剣と腕と鎧で受け止めながら、そのままデスウッドとの距離を一気に詰める。
「そして、デスウッドの倒し方は!幹を真っ二つにする事だ!」
アダムスの剣が、左から右へとまっすぐに線を引く。
その線を境に、デスウッドの太い幹が上下に別れ、ゆっくりと向こう側に倒れ込んだ。
「これが、トレントとの違いだな!」
振り向き、Bランクの魔物を一撃で倒したとは思えない爽やかな笑顔でニッコリと笑う。
笑顔を向けられたニコラスは、頭に浮かんだ疑問を思わず口に出していた。
「・・・トレントも、真っ二つに切られたら死ぬんじゃないんですか?」
「ん?・・・それもそうだな。まあ植物系の魔物は切っちまえばいいって事だ!」
わっはっはと笑うアダムスから目を逸らし、足元を見る。
先程の水魔法の痕跡。
ブーツのつま先スレスレの石畳に、人差し指ほどの深さの小さな穴が出来ている。
こんな威力の水魔法の中を、防御魔法も使わず走って・・・?
『団長の真似は出来ねぇんだから、目指すんじゃねぇぞ。ありゃ方角を示してくれる北星くらいに思ってるのがちょうどいいんだ。』
頭の中に、北の森の遠征で一緒に組んだ先輩の言葉が聞こえる。
なるほど、これは無理だ。
トレントだってそこから動かないから低ランクなだけで、討伐するには数人がかりで何時間もかかるのが常識なのに、まるで何てことないような口ぶり。
いや、実際団長にとっては何てことないんだろう。
「ははっ。」
思わず笑いが出る。
自分の上司が非常識なほど強いなんて、これほど心強い事はない。
「団長、今度自分にも稽古をつけてください!」
「ん?おお、いいぞ!最近みんな嫌がるから、みっちり鍛えてやろう!」
あっ、余計な事言ったかな・・・と一瞬思うが、軽く頭を振り、腹をくくる。
第一魔法騎士団として、強くなれるだけなってやろう。
せめて、いつかは一人でBランクの魔物を倒せるように・・・。
「そういえば団長、団長や副団長以外の先輩達ってドンくらいのランクの魔物まで倒せ」
『団長!大至急王城に戻ってください!オリヴァンさんから要請です!』
頭の中に響くキリルの叫び声。
急いでアダムスの方に向きなおると、もう小さく見える背中が角を曲がろうとしている所だった。
「団長!ありがとうございました!」
声が聞こえたのかどうかわからないが、まずは自分に出来る事をやろう。
気持ちを新たに、ニコラスが剣を握り直した。
アダムスが城門へと続く道を走りながら顔を上げると、王城の向こうに黒い雨雲が見えた。
まるでおとぎ話に出てくる悪戯好きな妖精女王がこの状況を楽しんでいるかのようだ。
妖精たちが雨雲を運んで来る前に、後手に回っている現状を変える一手が欲しいな。
アダムスがそう思った時、城の中から叫び声が聞こえた。
「うわぁ~っ!」
「やめろぉ〜!助けてぇ!!」
アダムスが突風のような速さで場内に入ると、階段を駆け上がり声の元に駆け付けた。
だが、目の前に広がる光景を目にして、どうしていいのか判断に迷って動きが固まる。
「あっ!おい、第一団長!これをどうにかしろぉ!」
壁際に追い詰められているのは、陛下への報告に同席していた第一魔法騎士団長のテオバルト・グラシエルだ。
だが、数時間前の姿とは全くの別人になっている。
身に着けていた煌びやかな鎧は一部が溶けて上半身部分だけになり、下半身は素足で下着だけが辛うじて残っている。
オリヴァンを盾にして剣を振り回しているが、その剣も根元だけしか残ってない。
「あっ!団長いい所に!こいつが余計な事するから、増えに増えて手に負えないんですよ!」
「何だと貴様、子爵家の分際で!グラシエル侯爵家を馬鹿にするのか!」
「侯爵家は馬鹿にしてませんて。第二団長を馬鹿にしてるんすよ。」
「きっ、貴様っ!あっ!こら、こっちに来るな!おい、第一団長!早く助けろ~!」
テオバルトとオリヴァンに近付いて行っているのはピンク色の花の形をした、風船のような魔物。
バルーンスライムやフローラルスライムなど、地方によって呼び名は変わるが、あまり見かける事のない珍しいスライムだ。
フワフワと空中を漂いながら触れた対象を溶かして養分とする魔物で、簡単に避けられて危険性も低いためFランクに指定されている。
「なんだ、バルーンスライムじゃねぇか。なんで俺を呼んだんだ。」
よく見ると廊下の先までかなりの数のバルーンスライムが空中を漂っていて、城の装飾と相まりファンシーなお花畑の空間が出来上がっている。
「だってこのヒト、下手に切り付けて分裂させるもんだからどんどん増えるし、俺にしがみついてワ~ワ~言うから剣もブレるしぃ。」
基本的に討伐対象になることがないバルーンスライムだが、魔力を目に集中させると見えるようになる魔核と呼ばれる部分を物理的に攻撃する事だけが唯一の討伐方法である。
だが魔核を確実に壊せなかったり、魔法で攻撃してしまうと分裂して一個が三個に、三個が十個に、とドンドン増えてしまうため注意が必要な魔物でもある。
冒険者ギルドでは、手出し禁止の魔物の一つとして冒険者登録の際の初心者講習で必ず教えている。
「国王陛下もここにいたんですけど、ついさっき第二の団員が来たんでやっと避難してもらったんすよ~。俺一人で子守しながら陛下とか守ってさぁ~。」
「わかったわかった。で、陛下は無事なんだろうな?」
「他の方々と一緒に、魔物が居ないのを確認した部屋に避難してもらいました。王城の近衛兵と第二もいるんで、ここが片付くまでは持つっしょ。」
「よし、じゃあ片付けるぞ。第二団長、オリヴァンから離れて、カーテンの後ろにでも行っててくれ。」
言うや否や、アダムスが手に持っていた剣を腰に仕舞う。
それを見たテオバルトが慌てて声をかける。
「おっ、おい!コイツは剣じゃないと・・・いや、その前に魔力がないと、魔核が見えな・・・」
パンッ!
アダムスがシャドーボクシングのようなポーズで素早いパンチを繰り出すと、浮かんでいたバルーンスライムの一体が弾け飛んだ。
「はっ?!な、なんで・・・?」
「第二団長様ってばウチの団長の戦い見るの初めて?なんか団長は何となくで弱点がわかるらしいし、この程度の魔物に剣なんて使わないっすよ。」
「・・・何だそれは。無茶苦茶じゃないか・・・。」
「そそそ。ウチの団長無茶苦茶なの。で、そろそろ離して貰ってもいいっすか?」
肩をがっしりと掴んでるテオバルトの手を指さして言う。
しぶしぶ手を離すと、自分が下着姿だったことを思い出したのか急いでカーテンの後ろに隠れた。
オリヴァンが近くにいたバルーンスライムを細身の剣でスッと静かに刺すと、パンっと風船が破けるように弾ける。
そのまま続けて二個、三個、と移動しながらどんどん数を減らしていく。
すると、同じくバルーンスライムをジャブで撃破し続けるアダムスと背中合わせになるようにオリヴァンが立ち、小声で話しかけた。
「そのまま聞いてください。多分このスライムエリアを抜けたあたりの廊下、ここから三つ目の出窓の前に、見えない誰かがいます。」




