19.ビックリひんやりモンスターバッグ(小)
訓練場を走り抜けたアダムスがチラリと横を見た。
自分と同じスピードで走る美女が身に付けているのは、髪と同じプラチナゴールドをした新しい鎧だ。
細かな細工が施されており、肩や肘部分には色とりどりの宝石が光を放つ。
上半身を守る金属の厚みは見るからに薄く胸の所は谷間を強調するようなデザインで、下半身は視線を奪うように膝上のスカートがひらりと広がり、白いタイツに包まれた脚線美は高いヒールのブーツに吸い込まれている。
ちなみに細かな装飾のデザインがアダムスの新しい剣の鞘と同じである事は、乙女の秘密だ。
「なぁ、その鎧ってホントに大丈夫なのか?」
キラキラと輝く鎧・・・というよりもイヴェリンのスタイルを強調するだけの服はどう見ても観賞用で、実戦向きではない。
アダムスの心配そうな視線を見たイヴェリンが羽のようにふわりと笑う。
「多分アダムスのより頑丈よ。ダイヤモンドシープの毛を練り込んだオリハルコン製で、この模様は魔力増幅回路を描いてるの。タイツとスカートはその毛を編み込んだウチの特許商品で、この辺の宝石は水とか炎の魔石ね。」
ダイヤモンドシープは北の森周辺の草原にのみ生息する羊の魔物だが、その付近に住む住民により家畜化されており、その羊毛は非常に高値で取引される。
気性は温厚で攻撃力も低いが、その毛の固さからCランクに指定された珍しい魔物だ。
その毛で紡がれた糸はダイヤモンドのように固いとされていて、特殊な技術を持った職人でないと加工出来ないのだそうだ。
「げっ。ダイヤモンドシープとオリハルコンって・・・いくらするんだよ。」
「うふふ。片腕で魔法騎士団の予算一年分くらいかしら。今度手に入ったらアダムスの分も作ってあげるわよ。」
「いらねぇ、いらねぇ。死ぬまで借金が残りそうだ。」
と、ブンブンと顔の前で手を振って拒否される。
ミニスカートを履いたアダムスの姿をイヴェリンが想像した頃、城門が見えてきた。
「ぎゃあああっ!」
「「!!」」
門兵の頭に白っぽい毛をした中型犬ほどの大きさの魔物が取り付いている。
一人が自身の頭から魔物を引きはがそうと必死にもがき、もう一人の門兵は手に剣を持ってはいるが、もがいてフラつく同僚の動きのせいで魔物に狙いを定められていないようだ。
「ファングモンキーだ!」
アダムスが剣を構えると、声に反応したのか門兵の頭から顔を上げこちらを向いた。
顎の下までありそうな長い2本の牙を持ち、赤い目と白い体毛を持つBランクの猿の魔物だ。
門兵の肩の上で一瞬沈むと、そのまま助走もなしに五メートルほどの距離を飛んでアダムスに襲い掛かる。
「キエ~ッ!」
耳をつんざく高音の叫び声。
声に魔力が乗っているのか、剣を構えていた門兵の視界は歪み、平衡感覚を失い膝をつく。
超音波のように周囲に広がる声は、流石のイヴェリンですら一歩後ろに下がらせた。
ザシュッ!
たがルクレイン王国第一魔法騎士団の団長は、そんな超音波などものともしない。
一撃で頭を落とし、返し刃で尻尾を切り落とした。
地面に落ちた尻尾がウネウネと蠢き、やがて動かなくなる。
「尻尾の先の毛の中に毒針がある。処理する時は気を付けろ。城の医師に見せる時は毒を受けた可能性があると伝えておけよ。」
「はっ、はいっ!アダムス殿!ありがとうございますっ!」
同僚を抱え起こしながらお礼を言う門兵を尻目に城門を後にしたアダムスが、走りながら首を捻った。
「なんでアイツ俺の名前知ってるんだ?」
横でプハッ!と横を走るイヴェリンが吹き出した。
そりゃ平民なのに第一魔法騎士団長で英雄の孫で皆んなの憧れの存在だもの、とは教えてあげないつもりのようだ。
「ね、そんな事より、ファングモンキーって・・・」
「ああ。『魔の森』にしかいない魔物のはずだ。それがここにいるって事は・・・。」
「この間おじい様が言ってた無許可で魔の森に入ったって人間。そいつが、今回の『ビックリひんやりモンスターバッグ(小)』の犯人って事ね。」
「・・・何だって?」
「『ビックリひんやりモンスターバッグ(小)』よ。わかりやすくていいでしょ?カッコいい名前なんて付けたら犯人の思う壺だもの!」
「・・・お前、ツブランに新しい商品の名前つけるなって言われないか?」
「あら、何で知ってるの?」
アダムスがイヴェリンの問いかけに答えず真っすぐ走り続ける。
城下町は魔響の鐘のおかげだろう、人々の姿はほぼ無く、残っていた僅かな人々も瞬く間に屋内に入り、窓に付いた木扉を閉めていく。
静まり返った大通りを走り続けると、数分もしないうちに城下町の中心地、大噴水広場に到着した。
剣を手に持ち、柄に埋め込まれた石に触れる。
「アダムスだ。現状を報告してくれ。」
『団ちょ』『sふぃdhふぃ』『今南の』『そこにイヴェリ』『ですかっ?!』
石から一斉に団員達の声が溢れ出し、その勢いに思わずアダムスが腕を伸ばして剣を身体から離す。
耳を近づけていたせいで鼓膜がビリビリしている。
「・・・すまん、問題ない奴は今は報告しなくていい。自分たちの判断で行動してくれ。とにかく市民に被害を出さない事が最優先だ。俺たちは大噴水広場付近を片付けるから、報告が必要な奴と助けが必要な奴だけ連絡をしてくれ。すぐに向かう。」
そこまで言うと、カリナと共に王城のサポートを任せていたオリヴァンの声が飛び出してきた。
『オリヴァンです!ここは雑魚が多いんで、カリナをキリルの北三番地区に回し、キリルをそちらに向かわせてます!』
『キリル、もうすぐ到着しま・・・』
そこまで聞こえると、背後の通りから人が飛び出してきた。
「したっ!副団長、ネックレスを貸してください!僕が全地区からの報告を聞いて、必要な情報だけそちらに回します!副団長は魔物に集中して下さい!」
ずれた眼鏡を直しながらキリルが手を出した。
情報処理能力だけはイヴェリンに劣らないとの自負があるキリルなら、この場を任せられそうだ。
「オッケー!キリル、任せたわよ。」
「魔物を一掃する。何かあれば指示を出してくれ。」
イヴェリンが投げたネックレスを慌てて拾ったキリルが四つん這いのまま顔を上げると、スラリと剣を抜いたアダムスと横に並ぶイヴェリンの周りの景色が歪んでいる。
魔物の魔力を求める習性を利用する為、イヴェリンが自身の魔力を放って誘引しているのだ。
よく見るとイヴェリンのブーツは地面から離れ、拳一つ分ほど宙に浮いている。
「す、すごい・・・身体を浮かせるほどの魔力・・・」
この時キリルは気付かなかったが、魔物を呼び寄せる為にイヴェリンは魔力を出しながら複数の魔法を同時展開していた。
魅了魔法、芳香魔法、音奏魔法を組み合わせ、王都中に風魔法で飛ばすという離れ業だ。
イヴェリンの全身から放出された魔力は蜃気楼のように体の輪郭に沿った景色を歪め、魅惑的な太ももを隠していたスカートは魔力の波でゆらりゆらりと揺れている。
やがて魔力の放出を終えたイヴェリンのヒールが大地とキスをした時、近くの屋根の上から顔を出したリトルオーガが三匹、イヴェリンに向かって飛んできた。
リトルオーガとは、小さなツノを持つ幼児ほどの大きさをしたオーガの下位種だ。
魔法を使えず単体では弱いが、必ず数匹がかりで標的を襲い、長い指と強靭な握力で手脚を掴んで握り潰す非常に厄介なC ランクの魔物である。
冒険者ギルドでは必ず距離を取って闘うよう指導しているが・・・。
バシッ!
アダムスにかかると片腕の一振りで三匹まとめて両断されてしまう。
飛んできたリトルオーガの血を避けたイヴェリンが、左手の平の上に氷の粒を作りながら右手の剣でアダムスの背中に飛びつこうとしたゴブリンの頭を刺す。
ふと辺りを見渡すと、周囲には数十匹のゴブリン、所々にオークや犬の魔物のコボルトなどが集まってきている。
「ゴブリン、多くない?!何よコイツら!」
「魔の森への途中にゴブリンの泉って呼ばれるゴブリンダンジョンがあるからな。そこで調達したのか、も、なっ!」
喋りながらまた一撃で数匹分のゴブリンの首を切り落とす。
アダムスが言っているのは水のようにゴブリンが湧いて出てくるゴブリンしか出てこないダンジョンである。
「ゴブリンの泉って・・・ネーミングセンス無いわね!」
イヴェリンの左手で作った氷が一斉に放たれ、一粒一粒が意思を持ったように魔物の頭を撃ち抜いてゆく。
「イヴェリンなら、何て!付けるんだ?!」
アダムスが大きく横に振った剣が、オークの身体をその後ろに隠れていたコボルトごと真っ二つにする。
「そうね、ゴブリンパラダイスとか?!」
「ちょっと、お二人とも!せっかくカッコよかったのに、気の抜ける会話やめてくださいよ!」
片手でズレた眼鏡を直しながら、反対の手でゴブリンを倒したキリルが叫ぶ。
眼鏡のせいか弱そうに見られるキリルだが、普段から皆と同じ訓練をこなしながら同時に書類仕事も請け負っている。
つまり一般団員と同じ程度の強さを持ち、スタミナもあるということだ。
そのキリルが、ゴブリンの攻撃を避けると防御魔法を展開させ、ネックレスを耳に当てた。
身体をドーム状に包むバリアに二匹のゴブリンが飛びつき、引っかいたり噛みついたりしている。
「・・・団長!東二番地区でデスウッドです!新人のニコラスが今交戦中ですが、枝が多くさばき切れないようで、周囲の建物に被害が出てます!」
デスウッド。
トレントと呼ばれる木の魔物の中で悪意を持ち樹齢百年を超えた種だけがデスウッドと呼ばれるようになる。
トレントとの違いは俊敏に動き回り、枝を鞭のようにしならせて攻撃し、人や動物、魔物を捕まえると養分にするため幹に取り込む点だ。
その為Dランクのトレントの上位種としてBランクに登録されている。
「イヴェリン、キリル!こっちは任せた!」
「ええ、雑魚ブリンばっかりだし大丈夫よ!」
「行ってください!」
雑魚ブリン?雑魚ゴブリンの事か、と考えながらアダムスが身体を翻し、雑魚ブリンを数匹なぎ倒しながら横道へと走って行く。
その時のアダムスは全速力で走りながら、行く手を阻む魔物に集中していた。
そのせいで、気が付かなかったのだ。
いつもの彼ならば気が付かないはずがない、不穏な存在感。
その目の前を、アダムスは駆け抜けて行った。




