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完全無欠の第三王女は最強剣士を射止めたい  作者: 斉藤りた


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14.大断層と憧れ

その日は朝から森の様子がおかしかった。


いつもの魔の森の朝といえば、雄鶏の身体に蛇の尾を持つコカトリスの鳴き声が響き渡り、鷲の上半身とライオンの下半身をもつグリフォンが空中で縄張り争いをし、森の中からは様々な叫び声が聞こえてくるおどろおどろしいものだ。

それが、何もない。

何の鳴き声もなく、ただ木の葉が揺れる音がかすかに風に乗って聞こえるだけだ。


「おいジジイ、ちょっと外に出てみろよ。何かおかしいぞ。」


「なんだ?メスドラゴンでも落ちてたか?」


まだ薄暗い早朝に先に起きたアダムスが異変に気付き、寝起きの祖父のウルバヌス・オルドに声をかけた。

二十三歳のアダムス・オルドはまだ線の細さの残る体つきをしているものの、数々の傷跡やその体つきから歴戦の冒険者のような凄みを感じさせる。


二人が住む、魔の森のすぐ横、王都へと続く道沿いに構えた一軒家。

その家から出て来たのは、第一魔法騎士団団長に就任したアダムスに見劣りしないほどの体格をした白いひげを蓄えた老人だ。

だが筋肉は隆々とし、生命力にあふれた瞳には何の衰えも見当たらない。

大きなあくびをしたウルバヌスは森の様子を見て、その表情を一変させた。


「おい、こりゃあ・・・なんだ?」


「知らねえよ。でも、おかしいだろ。」


何かがおかしい。だが、その理由が分からない。

もしかすると、魔物の大氾濫(スタンピード)の再来かもしれない。


そんな考えがよぎった二人はすぐさま身支度を終え、外で武器を手に臨戦態勢を取る。

だが、朝日が昇り、上がり、空の一番上に到達しても尚、魔の森に変化はない。


「なあジジイ、前の魔物の大氾濫(スタンピード)が始まる時ってどうだったんだ?こんな感じだったのか?」


「あぁん?知るわけねぇだろ。俺ぁその時、王都で・・・」


ゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・


二人の足元から、いや、足の下の、もっともっと深い場所から、低い音が地面を通して体に響いてきた。

地面を見ていた二人がお互いの顔を見ると、同時に森と逆方向へ全速力で走り出した。


何が起こるのかハッキリと分かっていたわけではない。

ただ、その場にいてはいけない。

それだけは本能で感じ取ったのだ。


そして、その判断は完全に正しかった。


凄まじい速さで走る二人。

世界一速いと言われる幻獣のペガサスすら捕まえそうなスピードで走る二人の足が、揺れる地面に取られてよろけそうになる。


地震だ。

それも、とてつもなく大きな大地震である。


猛スピードで走る馬車の荷台にスライムを詰め込んで、シートを被せた上を走るような不安定さ。

地面は波打ち、方向感覚は失われ、背後からは世界中に響き渡るかのような轟音が聞こえてくる。


二人が走りながら振り返ると、魔の森が地平線の向こうに沈んでいく所だった。

魔の森のシンボルとして最深部に千年前からあると言われる木の魔物のトロントの死骸、『魔の世界樹』の頂点の枝葉も隠れていく。

そして森の木が途切れる場所、二人の住んでいた家が崩れ落ちて見えなくなり、だんだんとその地平線が近づいて来る。

地面が失われていっているのだ。


「ジジイ!あれヤバいんじゃないのか?!」


「言われなくても見りゃわかる!おいアダムス!俺より遅いなんて、お前ホントは俺より年寄りなんじゃねぇのか?!」


「このクッソジジイが!お前より遅い訳ねぇだろが!」


更にスピードを上げる二人。

崩れゆく地面が追いかけてくるが、それよりも横を走るお互いに競うように走り続け、気が付けば馬車で丸三日はかかる村が見える場所まで来ていた。

森の一番近くにあり、アダムスの両親が住んでいた村でもある。


振り返ると、どこまでも続く地平線がいつも通り広がっている。

ひとまず、迫りくる地面の崩壊から免れたようだ。


いつの間にか揺れなくなっている地面を両足で踏みしめ、剣を構えて逃げてくるであろう魔物に備えるアダムス。

その様子を見てウルバヌスは村に走り、村人の無事と状況の確認、王都への知らせを頼みに行く。


その後ウルバヌスもアダムスの横に並び、やがて陽が落ち、夜になり、次の日になっても魔物が襲って来る事はなかった。

もう一日村の手前で魔物が来ない事を確認した後、二人は魔の森へと向かった。

被害の様子を確認するためだ。

だが、そこで二人は信じられない光景を目の当たりにする。


周囲を警戒しながら地平線の途切れ目へと近付いて行く二人。

地面がなくなっている所まで辿り着くと、二人は言葉を失った。

これまで万の魔物が生まれる場所として、人々を恐怖に陥れてきた元凶。

その万魔の森(パンデモニカ)があった場所には、何もない空間だけが広がっていたのだ。


二人の足元から先、大地は裂け、どこまでも落ちていきそうな深淵のような崖が口を開けている。

視線を巡らせると、その深みのはるか向こうにさらに絶壁がそびえ、その上にいつも隣にあった魔の森があった。

大地に連なっていた森は、今や深い谷に隔てられ、沈み込んだ別世界のような場所に広がっている。

まるで神が魔の森よりも大きな穴をあけ、そこに魔の森をもう一度置いたかのようだ。


「何じゃこりゃあ・・・。」


先に口を開いたのはウルバヌスだった。

完全な陸の孤島と化した魔の森が、自分達の足元よりも下の位置にあるのだ。

遠くに見える魔の森からは、いつも通りの叫び声がわずかに聞こえてくる。

いつも見上げていたグリフォンの縄張り争いを、まさか見下ろす日が来ようとは・・・。


「これ、どこまで続いてるんだ?まさか、魔の森全体がこうなってるのか?」


アダムスの口から出た素朴な疑問に、ハッとするウルバヌス。

これまで魔の森から出てくる魔物は、どういうわけか二人の家がある王都側からしか出てくる事はなかった。

だからこそ、そこに家を構え、さまよい出て来た魔物を倒せていたのだ。

だが他の場所からも際限なく湧いて出てくるようになってしまうと、自分達だけでは守り切れないかもしれない。


だが大地と魔の森とを隔てる崖は見渡す限り続いていて、自分の立っている場所が一番近くにあるようにも見える。

眼下ではこちらに向かって来ようとしたのか、ゴブリンを巨大化させたような魔物のトロールが数匹、魔の森の端からジャンプしてそのまま崖下へと落ちていっている。


「一体どうなっとるのか・・・何もわからんが、急いで戦わにゃいかん事もなさそうだ。」


ウルバヌスがそう告げてからちょうど二十日後。

王都から来た専門家による調査隊により、魔の森は完全に陸地と離れ深い崖に囲まれた孤島と化した事、更にこの規模の地震は数千年に一度であろうという事が判明した。

つまり、今後数千年間は魔の森からの危険や魔物の大氾濫(スタンピード)にルクレイン王国が晒されることがなくなったのだ。


また、魔の森の向こう側は隣国で、人の住めない砂漠が広がっている。

隣国も独自の技術で調査を行い、同じく魔の森の孤島化を確認。

二カ国協議の結果、この大事件が世界中に向けて発表される運びとなった。

ちなみに、魔の森のせいであまり交流のなかったこの国とはその後外交が盛んになって行くのだが、それはまた別の話である。


それからさらにニヶ月後には、今度は大臣や行為貴族が集まって行う王国評議会が開かれ、陸と隔たれた魔物の動向調査の為、継続して魔の森を監視・調査する必要性。

さらに魔の森でしか取れない希少性の高い素材や鉱物の採取を行う必要性があるとの結論が出た。


その結果、国家魔法師が総動員され、魔の森へ続く唯一の道が作られた。

と言っても人が一人通れる程度の細く弱い架け橋で、魔物が通ればすぐに切れる仕組みを組み込んだ魔法の懸け橋だ。


その懸け橋の横にウルバヌスが居を構え、魔の森に入る採取者や冒険者を管理する事となり。

専門家の言う通り魔の森から魔物が出てくることは無くなり。

かくしてルクレイン王国は世界中の魔物が生まれる森を有しながらも、安全に暮らせる国になったのだ。


これが王国史、いや世界史に残る大災害、大断層カタクリズム発生時の話である。






「で、念のためジジイと一緒に一年くらい橋の手前に住んでたんだが、魔物は出てこないしジジイはうるさいしで、王都に来て第一に入団したんだ。確か・・・二十四の時だったかな?」


すっかり温くなったエールに手をかけたまま、オリヴァンとセイルがアダムスの顔を見ながら固まっている。

気付けばその後ろにも数人の団員が立ち、話に聞き入っていたようだ。


「な?大して面白い話じゃなかっただろ?」


言い終えると残っていたエールを一気に飲み干すアダムス。

それを見てオリヴァンも思い出したかのように同じく手元のエールを飲み干す。


「いやあ・・・初めてちゃんと聞いたけど・・・。」


「す、すごいですね・・・。」


セイルも口を開くが、身体の方はまだ力が入ったまま固まっている。


「ああ、ホント、あの揺れとか地面が消えて行く様はすごかったぞ。」


うんうんと頷くアダムスを見てオリヴァンとセイルが顔を見合わせる。


「いや、すごいのはそっちじゃなくて・・・。」


大断層カタクリズムは新聞にも載ってたし知ってるけど、俺らが言ってるのは団長の方だってば。」


「は?俺か?」


「サラッと話してたけど、子供の時からコボルトの群れとか、ソルジャーアントの巣とか、ありえないっすからね?」


「何言ってんだよ。あんなの十歳くらいのガキでも潰せるだろ。」


「普通のアリの巣ならね?!ソルジャーアントって一匹が俺くらい大きいからね?!」


「別にお前でも倒せるって。」


「今の俺ならねぇ~?!人外の団長に鍛えられましたからぁ?!」


「オリヴァン、お前酔ってんのか?」


「団長の話聞いたら酔いも覚めるってぇ!」


ヤイヤイと騒ぐ団長と副官を見ながらやっと体が動いたセイルが残っていたエールに口をつけると、背後にいる団員に「団長はバケモンだからな?アレにはなれないって覚えとけよ?」と声をかけられた。


ブンブンと首を振って同意しつつ、でも、憧れるのは仕方ないよなぁ・・・と改めて思うセイルだった。

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