『呪われ聖女』のお世話係 〜孤独な姫様を幸せにするだけの簡単なお仕事です!〜
『呪われ聖女』――魔王を打ち倒す時にその身に呪いを受けて血に飢えた魔物となり、婚約者から捨てられて一人寂しく塔の中で暮らすシェリー姫。
そんな彼女の元へ、貧乏貴族の少年サイラスが世話係としてやって来る。
彼はシェリー姫の身の回りの世話をしたり彼女と言葉を交わしたりしながら少しずつ少しずつ彼女の心を解きほぐしていく――。
二人の関係の行方は果たして。
純愛ハッピーエンド(に多分なる)物語。
聖女として悪の魔王を倒し、その身に呪いを浴びた姫がいた。
それを理由に婚約者だった相手に婚約破棄されたという彼女は、今は幽閉されて一人きり。その功績を讃えられるどころか恐れられている。
そんな姫君――『呪われ聖女』である彼女のお世話係になった。
貧乏伯爵家の次男坊の、この僕が。
(呪いなんてどうせ大したものじゃないだろうけど、うまくお世話できるか不安だなぁ。だって相手は姫殿下だもんなぁ)
僕がやって来たのは、王都のはずれにある古びた塔。
その一番上に『呪われ聖女』シェリー様は囚われている。
僕は呪いを信じていない。伝染するなんて言われているのは、きっとみんな必要以上に怖がっているからだ。
取って食われるなんて言われているのは、迷信か何か、あるいは姫の名を貶めたい貴族の誰かがばら撒いた嘘だろう。
だから僕はこのお世話係に選ばれても、ちっとも怖くなんてなかった。
ただ僕なんかがシェリー様に会って本当にいいのだろうかと、そちらの不安はなかなか消えてくれない。
今まではシェリー様のご兄弟、つまりこの国の王子殿下たちが嫌々ながらやっていたという『呪われ聖女』のお世話係。
しかしみんな結婚したり嫌がって放棄するなどして誰もいなくなり、困っていたところに名乗りを上げたのが僕の父、ドウェイク伯爵。大量の報酬と引き換えに、僕にお世話係をやらせるというのである。
うちは没落するかどうかの貧乏。少しでも機会があれば貪欲に食らいつかなければ生きていけないし、長男じゃない僕には仕事が必要だった。
それがわかっていたので僕も首を縦に振り、ここまできたわけだが。
(なんかどんどん緊張してきた……。ああ、なんで震えてるんだ。しっかりしないと!)
ずっしり重たい大扉を開けて、螺旋階段を登って登って上を目指す。
そして登り切った先、ひんやりと冷たいドアの向こうに話しかけた。
「シェリー姫殿下、失礼します」
艶のあるさらさらとした黒髪、伏し目がちの血のような赤い瞳。
だぼだぼの黒いドレスを着た妖しげな美貌の女性が、小さな部屋の隅のベッドで静かに横たわっていた。
「ようこそ、私の監禁部屋へ――。あなた、可愛らしい坊やね。お気の毒さま、もしかして私の贄にされたのかしら?」
静かに身を起こした彼女がくすくすと笑う。
なのにその声は乾いていて、まるで面白くもないのに笑っているように聞こえた。
(綺麗な人……)
僕の視線は彼女に釘付けだ。
こんなに美しい人、はじめて見たと思う。肌はところどころ赤黒いアザのようなものがあるし、耳は化け物のように異様に長い。それなのに、そんなのがどうでも良くなるくらい美しいんだ。
「僕はサイラス・ドウェイク。あなたのお世話係です」
「あら、そう。期待して損したわ」
はぁぁ、とため息をつきながら、興味を失ったとばかりに再び寝そべるシェリー様。
僕は慌てて、彼女に持ってきたものを渡した。
「これ、お食事――僕の手作りです。つまらないものですが!」
お世話係になると決まった時、一番苦労したのは料理だった。
うちは貧乏だからメイドを雇うこともできないので、掃除や洗濯くらいはできた。でも料理はずっと母任せでやったことがなくて。
だから頑張って頑張って練習して、作ったのだけど。
シェリー様はやっぱりつまらなさそうに言った。
「珍しい子もいたものね、私に食事を渡そうだなんて。私が普段何を食べてるか知らないの?」
「すみません。お口に合いませんでしたか……?」
怒らせたのかも知れない。
ビクビクする僕に、シェリー様は言った。
「――血よ」
「えっ……」
「だから、私、血をいただくの。今だって坊やの首にしゃぶりつきたくて仕方ないのよ」
自分の手の甲に軽く歯を突き立ててから「こんな風にね」と微笑む。
その歯には、いや、牙には、真っ赤な血がドロっとついていた。
僕はすっかり彼女の仕草に見惚れ、しばらくの間動けなくなった。
(なんで僕はこんなにもドキドキしてるんだ!?)
わからない。わからないけど、胸の鼓動が鎮まりそうにない。
「怖がらせたかしら。怖いなら、おうちへ帰りなさい」
「……っ、怖くなんて」
「嘘つきな子。どうせみんな、私の前からいなくなっていくくせに」
それからシェリー様は何も言わず、すぐにすぅすぅと寝息を立て始めてしまった。
眠った……のだろうか。演技じゃないよな、多分。
半信半疑ながらほっと胸を撫で下ろす。
(こんな不思議な人もいるんだなぁ)
シェリー姫は僕より十歳も年上の二十五歳。
適齢期の二十歳をとうに過ぎた、いわゆる嫁ぎ遅れだ。
聖なる力を身に宿して生まれてきたおかげか、たった一人の王女だったおかげか。過去には五人もの婚約者候補がいて、激しい争奪戦の末に婚約者の地位を手にしたくらいの人気者だったらしいけど……。
『呪われ聖女』となった今は、はっきり言って変わり者のお姉さんにしか見えない。
今日から僕はこの人の身の回りの世話をしていく。
ベッドは使われているので諦めて、まずは床を磨くところから始めよう。
監禁部屋と彼女が呼んだこの一室は、全体的に埃っぽくて汚い。
シェリー様自身はもちろん、結構長い間、誰も掃除していないようだ。
大変な仕事になるのは間違いけど頑張ろうと、僕は腕まくりした。
掃除は終わった。洗濯も、終わった。
生まれてはじめて母以外の女の人の服を触って、下着とかを洗って、怒られやしないだろうかと内心ヒヤヒヤしていたけど!
でもシェリー様はずっと寝ているだけだったから何か事件が起こったりはしなかった。
部屋はぴかぴか、薄汚れた衣装もまるで生まれ変わったかのよう。とてもスッキリした。
(次は食事……じゃなくて、血か)
さすがに人の血肉というわけにはいかないけど、代わりになるものを探さなくては。
僕は一度塔を出て、最寄りの街へ行く。と言っても、結構歩かなければならない距離だったけど。
大型動物の肉。それも血抜きをしていない新鮮なやつ。
何軒も何軒も探し回って、やっと見つけた。目が飛び出そうになるほどお高かった。
それを袋に詰めて腕に下げ、シェリー様のいる塔へと戻る。
そして帰ってきた僕の見た光景は――。
「普通に食事してるじゃないですか!」
「久々に食べてみたら意外に美味しかったわ。ごちそうさま」
すっかり僕の手料理を食べ終えて、舌なめずりをする『呪われ聖女』の姿だった。
彼女曰く、これは僕らにとってのおやつのようなもので、血が主食なのだとか。
僕が買ってきた動物の肉はがっつくように食べていた。血に飢えたケダモノのような目を見てちょっと、ほんのちょっと背筋が冷えたのはナイショの話。
「これからも私の元に通い続ける度胸があるなら、食事と血肉、どっちも持って来なさいな。信じずに待っててあげる」
口の周りをべったりと赤く汚したシェリー様に言われて、僕はコクリと頷く。
お世話係の仕事初日。僕はすっかり、彼女の虜になっていたのかも知れない。
第三回この作品の作者はだーれだ企画 参加作品