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7/10

それは妥協の恋だった

どこにでもあるようなクソッタレな人生を生きる女子高生の睦。

上っ面を装い、胸の中の想いを紛らわせながら、愛してもいない相手にチャットで告白する。

『好きです、付き合ってください』

けれど睦はどんどん本気になってしまい、苦しんでいくことに――。


これは、妥協の恋から始まる醜い青春の話。

『好きです、付き合ってください』


 チャットアプリに一言打ち込んで送信する。

 どこにでもあるような、あまりにも薄っぺらい定型文の告白だった。


 胸に燻り続ける恋心を紛らわせられるのなら、誰でも良かった。

 ぎゃあぎゃあと騒ぐことしか知らない喧しい獣たちを切り捨てて、選択肢に残ったのが偶然彼だった――ただそれだけの話。


 別に好きなんかじゃなかった。

 愛は欠片もありはしなかった。

 わかりやすく言ってしまえば、妥協だ。


 昔、『妥協で付き合うのは不誠実だ』とテレビかSNSかどこかしらで聞いたことがある。

 確かにそうかもしれない。だが、誠実かどうかはという問題は心底どうでも良かった。


 どうせ誠実な人間なんて、この世にはいやしないのだ。


 私が特別に運がなかったわけではないと思う。

 私の周囲に在ったのは、ネットを漁ればいくらでも体験談が出てくる類のありふれた闇の一つでしかなくて、けれど人間不信になるには充分過ぎた。


 ギャンブルに明け暮れて浪費と暴力暴言の限りを尽くし、散々家族の人生を狂わせて私の心をズタズタにしきってから自分勝手に飛び降り死した、汚物を煮詰めたようなゲロ親父。

 泣いてばかりで自分だけ助かろうと娘をゲロに捧げた、馬鹿でどうしようもない母親。

 自分だけ見て見ぬふりをし、家を出てのうのうと生きているクソ兄。

 勇気を振り絞って死にそうになりながら助けを求めても無視しやがった、事なかれ主義の教師連中も。

 顔が可愛いからと私を表向きは褒めるくせに、醜い嫉妬を向けるブスどもも。


 唯一優しくしてくれた人だって、私を裏切った。私じゃない誰かを選んだ。

 だから、もういい。

 もういいの。


* *


 私は自分を着飾るのが嫌いだ。

 穢されて汚れ切った自分がいくら取り繕ったところで、この上なく滑稽なことのように思えてしまう。

 ましてや今は、綺麗に見せたい人なんて誰もいない。


 こんな風に考えずにいられたら……綺麗なままでいられたなら、どれほど良かったか。


 でも普通の女子高生のように振る舞わなければいけないから、癖の強いボブヘアを梳かして高く結い、病的に白い肌や唇にうっすらと紅をさす。

 制服のスカートは折り返して短めに。リボンは自由に選べるので、心持ちとは反対にわざと明るい色にした。


「よし、これで可愛くなった」


 鏡の前で笑顔の練習。

 高校入学した頃は引き攣っていたとは思えないくらい、今はすっかり完璧だ。


 誰にも私の内心なんて悟らせない。

 弱いところや汚いところは、もう誰にも見せたりしない。

 もう、二度と。


 本当は、夢にまで見た恋があった。


 同じバレー部の……同じだったバレー部の女王、加嶋先輩。

 レシーブする時の姿が最高に格好良くて、健康的な小麦色の肌が眩しく、眼差しが凛々しい、憧れの人だった。


 ――睦ちゃん、大丈夫?

 ――いつでも頼ってくれていいからね。


 生まれて初めて私を気遣う言葉をかけてくれたから、私はありのままの自分を曝け出した。


 ――今度一緒に遊びに行こ!

 ――なんで優しくするかって? だって睦ちゃんは自慢の後輩だもん。


 二人でカラオケに行った。人生初カラオケだった。

 誕生日プレゼントをもらった。バレンタインデーにはチョコレートをもらった。ホワイトデーにたっぷりお返しした。

 全部全部嬉しくて涙が出そうだったけれど、本当はたった一言が欲しかった。


 『大好きだよ』って。


 傲慢にもほどがある。

 恥ずかしい。救いようがない。でも、本気だった。


 ――ごめん、今日デートだから部活休むね、ほんとごめん!

 ――あ、睦ちゃんにはまだ言ってなかったっけ。あたし、彼氏できたの。


 気づけば、先輩の隣には見知らぬ人物がいた。

 先輩と同学年の三年生。茶髪に染めてピアスを開けた、いかにもチャラそうな男子だった。


 いやだ。

 いやだ。いやだったけれど、いやだと叫んだとしてもきっと、現実は変わらなくて。


 そりゃあそうだ。

 加嶋先輩にとっての私は、女同士で、年下で、ただの部活の後輩でしかない。

 先輩は男という存在を簡単に受け入れられるし、チャラ男と深い仲になっても嫌悪感を抱いたりはしないのだろう。私とは違って。

 最初から特別になれるわけがなかったのに、愚かにも、私は思い違いをしてしまった。


 加嶋先輩は私の、私だけのものなんだ、なんて。


 どうやって先輩の前から立ち去ったのか覚えていない。

 彼氏さんに失礼なことを言ったりしなかっただろうか。先輩を責めてしまったりしなかっただろうか。もしそうだったとしたら最低最悪過ぎるので、自分に残り滓の理性があったと信じたい。


 その翌日、バレー部を辞めた。

 一晩中流した涙でどろどろのぐずぐずになった自分の顔面を見られたくなかったから。先輩と顔を合わせた時、まともに言葉を交わせる自信がなくなってしまったから。


 死ね。死ね死ね死んでしまえとっととくたばれ消え去れ過去の私。


 汚いクズ野郎と馬鹿女の娘の分際で、恋する資格があるとでも思ったのか。

 年相応に、キラキラと輝くような青春を生きられるとでも思っていたのか。


「………………ダメダメ、笑顔をキープしなきゃ」


 呟いて、今日も学校の教室へと足を踏み入れた。

 妥協の恋を始めるために。



「ねぇ、連絡先、教えてくれない?」



 席替えで席が隣同士になったから、帰り道に可愛くおねだり。

 少し面倒くさそうな顔をされながらも連絡先を交換させた。


 私なんかに話しかけられてしかも連絡先まで聞かれて、なんとも不幸だな、と他人事のように思う。


「私は市野原(しのはら)(むつみ)。仲良くしてね!」

「知ってるとは思うが、俺は栗村。よろしく」


 顔立ちはいわゆるイケメンと言われる部類だが、制服は皺だらけだし前髪は目元まで垂れているし、かなり陰気そうな印象を受ける。他の男子と話しているところも見ないし、この時までどんな声かも知らなかった。

 私なんかにはお似合いかもしれない。いや、私の方がずっとずっと陰の者か。


 根っからの陰の者でありながら、必死で陽の者であるかのように装っているに過ぎない。

 全て加嶋先輩の真似っこだ。先輩が見たら、どう思うだろうか。


 何日か積極的な挨拶を繰り返し、笑顔を振りまき、夜はいくつかチャットを送る。

 そうして、じわりじわりと距離を詰めて――。


『栗村くんと一緒に過ごしてると、なんか、すっごく楽しい』


 ああ、気持ち悪い。

 胃がずんと重くなって、込み上げそうになる酸っぱいものを無理やり飲み下した。


 嘘じゃない。これは嘘じゃない。

 人と話すのは自分に居場所があるような気がして楽しい。上っ面で一時的な付き合いでも構わない、むしろその方がいい。


 そう、必死に自分に言い聞かせる。


 ぴろん。チャットアプリの既読がつく。

 相手の反応が返ってくる前に、私は続けた。


 躊躇いの気持ちが芽生える前に。

 先輩の顔を思い浮かべてしまう前に。


『好きです、付き合ってください』


 ――。

 ――――。

 ――――――――――。


「は?」


 親指を立てた巫山戯たリアクションマークがついた。それ以上、何分何時間待てども返信はなかった。


 『うん』でも『断る』でもいいから返信しろよ最低二文字だろ。どんな面倒くさがりなんだよ。

 それとも告白への返事をまともにする勇気すらない意気地なしなのか。私はそうでもないけど通常の告白はめちゃくちゃ勇気要るものだろうが馬鹿タレが。


 喉から出かかったお口の悪い言葉をグッと呑み込む。

 妥協の結果とはいえ、ろくでもない相手を選んでしまったかもしれない。


 悩みに悩んで、一応は喜びの意を伝えておいた。もちろん嬉しくなどなかったけれど。

匿名青春小説冒頭企画 参加作品

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