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『願い手』ではない異邦少女の革命記

人間ハンムマイランの叛逆に遭い、知恵・文化・自由・富・衣服を身につける権利を奪われた。

素っ裸で首に枷を嵌められ、マイランに家畜として飼われ甚振られる人間ハンム。そんな人間ハンムに、一般的な女子高生である希実が転生してしまった。

人間ハンムの少女――『願い手ナテギエ』に強く乞われて。

何もかもが希実の知る世界と大きく異なる。希実の当たり前は通じない。

右も左もわからないまま、家畜から解放されるべく頑張るしかなくなった彼女の話。

 人間(ハンム)は全てを失くした。

 人間(ハンム)を発展させてきた知恵や文化。持て余していた自由。時に誇り、時に奪い合っていた富。人間(ハンム)の階級の差を示していた、身を包む衣。

 首には枷が嵌められ、ただ無価値に草を食み、戯れに命を奪われる。それが現在の人間(ハンム)である。

 屈辱に耐えかね、ただ生きることに縋り、やがて人間(ハンム)は心を捨てた。


 かつて人間(ハンム)たちに崇められていた『願い手(ナテギエ)』と呼ばれた少女は、家畜と化していく同胞を眺め、深く深く嘆くばかりだった。


 不幸なのは人間(ハンム)ばかりではない。今は人間(ハンム)の上に立ち、好き放題に振る舞う(マイラン)もまた、人間(ハンム)と同じ歴史を繰り返すことだろう。

 (ドゴ)は救ってくださらない。


 自分の務めをきちんと果たせていたら、何か変わっていたんじゃないか。そう思えてならなかった。


 無力さを悔いて、ひたすらに責めて、自分で自分を傷つけて、疲れ果てて――そして。


 『願い手(ナテギエ)』の少女は最期に、願いを遺した。

 その強い願いは世界を飛び越え、確かに届いた。



 * *





 目が覚めると、墨汁をぶちまけたような真っ黒な空が広がっていた。


 それが空だと認識できたのは、うっすらと雲が視認できたから。一瞬目隠しされているのかと錯覚するほど昏い、夜よりも深い色合いの空。その下に希実(のぞみ)は身を横たえているらしい。

 後頭部に感じるちくちくとした感触は、芝生か何かのように感じられる。


 ――ここはどこだろう。


 昨日まで普通に、自室のベッドに寝ていたはずだ。今日もまた何の変哲もない日常が始まると信じて疑っていなかったのに、一体なんなのだ、この状況は。


 慌てて身を起こした途端、じゃらじゃらと金属音が鳴り響いた。


 その時ようやく自分の首に枷が取り付けられていることに気づく。

 冷たく硬い金属でできたそれは、近くに生えていた大木の幹に鎖で繋がれていた。


 真っ先に考えた可能性は誘拐。けれども、きちんと施錠された自室から攫われるとは考えにくい。


 おかしい点が他にもあった。

 希実自身の格好だ。見下ろすと素っ裸なのだ。

 大切な部分を一切隠していないから誰かに見られたら大変どころの騒ぎではない。しかも胸部の双丘はぺったんこだった。


「えぇっ!?」


 叫び声は妙に高く響いた。

 腕も短いし脚も細い、おそらく背も低い。


 希実は十七歳、華の女子高生。そこそこスタイルが良い方だったのになぜか幼女体型になってしまっている。

 もしかするとこの体は希実のものではないのかもしれない。


 たまらなく恐ろしかったけれど、鎖のせいで逃走は不可能。

 泣いたり叫んだりしたところで事態が好転するとは思えなくて、混乱する頭を必死に働かせた。


 仮説は二つ。


 一つ、夢。これが一番あり得る。夢ならさっさと覚めてほしいところだ。

 ポピュラーな方法、例えば、今見ているものを夢だと自覚する・頬をつねる・起きろと念じる等を全て試してみたが、結果は芳しくない。


 二つ、希実の知るものとは大きく異なる世界に来てしまった。

 荒唐無稽ではあるが、ここまで奇妙だと不思議とおかしくないように感じられる。


 ――ひとまずは人に話を聞こう。人に会えた格好ではないが仕方がないだろう。


 そう思い立っても周囲には鎖で繋がれた大木と、他には一面の草地しか見えない。草と言っても芝生ではなかったようで、濃い紫をしておりなんとも毒々しい。

 人間の姿が見えたのは、体感で三日ほどが経ってから。


 日が昇らないので正確な時間は測れなかった。とにかく長い時間であったことだけは確かである。


 これほど長引くと夢ではなさそうだ。

 特に飢餓感の現実味が強く、夢だと信じ続けるのは楽観的過ぎる。


 時折天から降り注ぐ雨のようなものを飲み水に、草のようなものを食事にしてどうにか生き永らえた。

 家畜か何かになった気分だった。そして事実、間違っていなかった。


 希実の前に現れた人間は、人間と称していいのかわからなかった。

 全身に絡みつく鎖。縛られながら這いつくばって移動し、汚らしい涎を垂らしている。

 今の希実と同じで、衣服なんてものは纏っていない生まれたままの姿……いや、生まれたままとは言い難いだろうか。


 腕と脚それぞれ一本ずつと片耳が消失しているのだ。無数につけられた青アザがひどく悪目立ちしていた。


「えっと……あの……大丈夫ですか」

「うぅーあー?」

「言葉、わかりませんか」

「あ、ああ、ぅお」


 恐る恐る話しかけてみれば、この反応である。

 言語が通じないというよりは意思疎通そのものができない、どこからどう見ても廃人。

 廃人はしばらく周辺をうろうろとして、それからどこへともなく這いずり去っていった。


 環境からして野生の人間だろうかと疑ったものの、鎖が巻かれているのだから、その線はかなり薄い。誰かに飼い殺しにされているに違いない。


 誰に?


「この世界の連中は知らないけど、少なくとも私は飼い殺しにされる謂れはないっての……!」


 唐突に囚われの身になり、推定異世界へ放り込まれ、しかもこんな扱い。

 わけがわからな過ぎて途方に暮れた。



 * *



 どいつもこいつも本当にろくでもない廃人ばかりであった。

 もどかしいことにこちらからは動けないため、向こうが来るのを待つしかないわけだが、這いずり回って呻くだけ。

 せめて大木に繋がれておらず、希実も彼らのように自由に動けたなら、草以外の食べ物を探しにいけたのに。


 雨水と草の生活にいい加減飽きて、いっそ何も食べたくないと思い始めた頃。

 いつも通り素っ裸の人間が訪れた。


 しわくちゃの老婆だ。老婆の裸なんて見て誰が喜ぶのだろう。少なくとも希実は嬉しくない。


 またか、と思って、声をかけようかどうか悩んだ。

 悩んでいたらなんと向こうから話しかけてきたのだ。


「……ナテギエ」


 意味不明にも程がある。

 とはいえ『あー』や『うぅ』以外に発語できる相手は初めてである。前のめりにならずにはいられない。


「ナテギエって私の名前!? 何なんですか教えてください!」

「ナテギエ、喋った?」

「はい、たった今話しました。私はナテギエというんですね」


 早速だが老婆の知る限りを根掘り葉掘り聞き出すことにした。


「つまり、ナテギエは『願い手』と呼ばれる特別な存在だと」

「うむ」


 『願い手(ナテギエ)』は、願ったことを現実にできる……そう老婆は語った。

 繁栄も死も好きなだけもたらせるわけだ。まるで夢みたいな話だから、やはり夢かもしれない。どうか夢であれ。


「『願い手(ナテギエ)』、我ら、裏切った」

「はぁ」

「お前、『願い手(ナテギエ)』か?」


 希実が『願い手(ナテギエ)』かと問われれば否。

 だが、この体は『願い手(ナテギエ)』なのだと思う。特別な存在であれば身動きを封じられているのも納得がいくから。


「『願い手(ナテギエ)』、鎖を解かぬの、何故(なにゆえ)だ」

「……あ、そうか」


 願えば叶うのなら望めば解放されるはず。

 試しに願ってみたら…………ダメだった。


 魂が別物だからだろうか。


「びくともしないんですけど」

「では、『願い手(ナテギエ)』、嘘」

「待って待って見捨てないで!! 助けてください!」


 頭を下げて頼み込んで、どうにか自由の身にしてもらった。


 枷を外すわけでも鎖を引き千切るわけでもなく、大木をへし折るという強引な方法で。

 老婆の細腕のどこにそんな力があったのかは知らない。


 解放されるが早いか希実はあたりの草をむしりとって、胸部と腰から下に巻きつけた。

 これで最低限の人間らしさを取り戻せた気がする。


「マイラン、怒るぞ」

「マイラン?」

「ハンム、マイランの家畜。家畜逃げ出したら、マイラン怒る」

「次から次へと頭が追いつかないんですけど」


 ざっくり受けた説明によると、この世界には三種類の階層がある。

 頂点は(ドゴ)の層。そこから下へ、(マイラン)人間(ハンム)


 人間(ハンム)は元は(マイラン)の上に立っていたが、叛逆に遭い、最下へ落ちたのだとか。


人間(ハンム)、知恵、文化、自由、富、衣、何もかも奪われた。言葉話せるの、もう一握り。(マイラン)に虐げられて数減ってる。いつか、皆滅びる」

「……それでいいんですか」


 老婆は沈黙を返す。


 もし、老婆の言うことが全て本当だと仮定して。


 人権皆無のディストピアで(マイラン)とやらの恐怖に怯える毎日を過ごし、そこら辺で野垂れ死ぬ未来しか見えなかった。

 そんな理不尽、御免被る。だから――。


「決めた、私、革命を起こす」


 ここへ希実を呼び寄せた誰かしらに向けて、思い切り中指を立てたのだった。



 * *



 ――希実が縛られていた草原とは遠く離れた、某所にて。


 ぐるぐる、ぐるぐるぐるぐる、ぐるぐるぐるぐるぐるぐる。

 三本のドパェジーが燃え盛る火の輪を潜っては消え、また現れて潜っては消えを繰り返すのをぼんやりと眺めながら、ラッスはこの世界に紛れ込んだ異物の存在を感じていた。


 ラッスは下々の者から(ドゴ)と称されている。

 決して高尚なモノではなく、世界を維持し管理するだけの装置でしかないが、故にこそ異物がはっきりとわかる。


「『願い手(ナテギエ)』め、余計なことを」


 革命などくだらないことを言ってどうするつもりなのか。

 何にせよ、ドパェジーに馬鹿みたいな動きで保たせている世界の円環が崩れてしまいかねないのは困りものだ。


「排除するべきか否か。お前たちはどう思う?」


 ドパェジーたちは何も答えず、一心不乱に羽を動かし、現れたり消えたりするのをやめない。

 ドパェジーもまた(ドゴ)の一員だが、ほとんど役に立たないのである。


 ラッスは二つの口からため息を吐いて、悩ましげに頭のプロペラを回した。

匿名独自ファンタジー冒頭企画 参加作品

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