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森の導の植物少女  作者: 文壱文(ふーみん)
第一章 樹海の妖精
9/50

渦潮の魔王-2

「先程も言ったと思うが! 三百年前の屈辱! それを果たす時が! 遂に来たッ!!」


 肩から顎の輪郭までを覆う鱗。

 側頭部から伸びた一対の角。

 龍を思わせる金色の(まなこ)

 ゴテゴテに裾の太い白のズボンと民族衣装のような袖の短い上着。

 と、見るからに樹海が出身ではなさそうだ。水面よりも青く深い髪は風にたなびいている。


「言い直さなくて結構。速やかにお帰り願いたいですね」

「それは困るぞ! 今すぐにでも勝敗を付けたいところだ!」

「はぁ、そうですか。なら、【|Osmotic Pressくたばれ】」


 三つの魔法陣が展開。シニカにしては珍しく、荒い言葉で魔法を発動した。高濃度の塩水でランシアを埋め尽くす。特に、ランシアの口角を集中的に攻撃していた。ランシアは透明なヘルメットを被ったような状態で、呼吸が出来ず気泡がポコポコ外に出る。


「ゴボゴボゴボゴボゴボゴボォ!! ……ぐ、ぐるじぃ」

「負けを認めるなら魔法を解くのも吝かではありません」


 ランシアは片腕で必死に地面を叩く。叩く際の力の入れ具合で口元から大きな泡が飛び出してしまう。

 貴重な空気の泡が消えてしまったことに絶望するランシア。終いには土下座のポーズでシニカにひれ伏していた。


「げほっ! がはっ! (しょ)っぱ!! うくっ!」

「はぁ。貴女が私に勝てたことなんて一度も無かったでしょうに」

「煩い五月蝿いうるさぁぁぁい! うるさいぞシニカ! 勝負に負けど、我は死んではおらん!! それに今のは不意打ちだろう!! こんなもの……我は認めん!」


 拘束が解かれるとランシアは立ち上がり、開口一番に飛び出したのは文句。


「では、そんな貴女に情熱的な死をプレゼントしましょう」


 シニカは手のひらの上に拳大の火球を出現させる。炎は赤色というわけではなく、青、紫を通り越して白色となった。膨大な熱量の塊を天高く掲げて、シニカは前髪の奥で双眸を光らせる。


「さて、どうしますか?」

「ひ、ひぃぃいぃ!!」


 間の抜けた悲鳴とともに、少女の心はぽきりと折れた。ぺたりと尻餅をつくランシアだったが、シニカにとっては()()()()


「それじゃあ、貴女が破壊していったこれら全て元に戻しておいてくださいね」

「そ、そんなぁ」


 因果応報。破壊した物を元通りにするまで、ランシアを帰すつもりは毛頭ないようである。涙目の魔王は手を地べたにつけて崩れ落ちた。


「し、シニカさん。これは一体」

「見ての通り罰掃除(ROUDOU)です。まったく、この魔王は要らない仕事を増やしてくれましたね」

「「はぁ」」


 普段のシニカからは想像もつかない呆れた視線と、その横で汗水を垂らす青髪の魔王という歪な光景に、思わずため息をこぼす。

 今も必要なだけの木を伐採し、魔法を使わずに加工をしているランシアの様子をじっくりと観察しながら、シニカは再びため息をついた。しかしその表情には好奇心が隠れており、マグとシーナは別の意味でため息をつく。


 ──やはり、シニカはサディスティックな面があると。

 魔法を使わずに、というところがシニカの一面をさらに助長していた。

 以前から少なからずS(サド)っ気のある一面があると感じていたシーナだったが、ここまで邪悪な笑みを見てしまうと過去に王国を滅ぼしたという話を改めて実感する。

 シーナはどこか複雑な面持ちで、シニカの横顔を見つめた。


「シニカ! 我の仕事は終わった! もう、帰るッ!!」


 既に加工されて凸凹の溝をつけた木材を横に並べ、ランシアは無い胸を張る。


「いいえ、まだですよ。まだ貴女の仕事は終わっていません。魔法を使わずに、しっかりとこれらを組み立ててくださいね」

「な、なッ……!!」


 不運な事に、自信に満ちたその表情は直ぐに崩れ去ることとなった。『ガビーン!』という擬音が顔に張り付く。

 ランシアの表情は、大変わかりやすいものであった。


((や、やっぱりこの人を敵に回してはいけない!))


 シーナとマグは再び戦慄する。


 ***


 建物の建設が無事に終わり、汗だくの状態でランシアはシニカを睨む。三百年前の屈辱と言いながら、新たに屈辱を与えられてしまったがために、今すぐにでも逃げたい気分だった。

 睨まれたシニカは涼しい顔をしており、その表情がランシアの心情を逆撫でしてくる。


「最後にお願いがある」

「突然に改まって、どうしましたかランシア?」

「我ともう一度……勝負してくれ! 今度は不意打ちなど無く、純粋に力が及ぶのか確かめたい!!」


 ランシアは傍らで眺めていた少年、少女を指さすと、審判役に指名した。


「確かマグ、そしてシーナと言ったか! お願いだ、審判役を務めてはくれないか!」

「別に、いい……ですけど」


 シーナは一瞬困惑するがランシアの頼みを了承する。すると長い青髪をたなびかせて笑顔が咲いた。


「ありがとう! 恩に着る!!」


 それからして、渦潮の魔王と呼ばれたランシアのリベンジマッチが始まる。

 ランシアの双眸には、地面に根を張り巡したアルラウネの魔王しか映り込んではいなかった。


「それじゃあシニカさんとランシアさん。ここの位置とあの位置に立って向かい合って下さい」


 比較的開けた場所へ移動し、あくまで公平になるようシーナが指示をする。二人の魔王の距離はわずか十メートルほど。普通の人間が十歩進めば接近できる距離である。

 合図があるまでは互いに魔法は発動してはならない。そして、開戦の合図はマグによって下される。


「始めっ!」


 瞬間、シニカは地面に魔法陣を展開させると、土の柱がランシアへ接近した。地面からせり上がり、順々に地面が隆起する。迫りつつある土の塊に対して、ランシアは空中に魔法陣を展開。

 属性陣は水。方位陣や沢山の魔法陣を並べて放ったのは糸のように細い水流。高圧の水流は勢いよく土壁となった柱を穿っていく。


「それだけじゃ甘いですよ。【消し飛べ(dry up)】」


 シニカは火と風の属性陣を展開し、けたたましい熱風を発生させた。熱は水流を一瞬で蒸気へと変貌させ、気流が水蒸気を押し返す。しかし、すべての水蒸気を押し返すのは難しく、シニカの根が温水に濡れた。根がふやけることで地上部(じょうはんしん)をまっすぐに保つことが難しくなる。


「なるほど。これを狙っていましたか」

「その通りだ! 今度こそは、我が勝つ!」


 ランシアは胸を張り、大きく笑ってみせた。地面を軽く蹴りシニカの眼前へ跳躍する。属性陣を描く指先は踊り、瞳の奥には熱が滾っていく。


 しかし、熱と水分を吸収してしまったシニカは──不敵にも笑っていた。


「でも、このまま負けるつもりはありませんので」


 シニカの双眸の奥で炎が揺らめく。水の泡が指の先に咲いた。


「その状態で水属性とはな。やはり今度こそ! 我が勝つ!!」

「さてどうでしょうか」


 ランシアが放った火の魔法にシニカは指先を立てて、水の泡をプカプカと前へ飛ばす。

 瞬間、雲の源が地表面を蹂躙し、視界が全て奪われる。混乱するランシアの声を耳にしながら、彼女がいるであろう場所へ方位陣と属性陣を展開する。

 属性は風。真空に近い空気弾を生成し、ランシアへ発射する。鼻の先に弾が直撃する直前で、勢いを失速させた。


「まさか、こんな……こんなことは。また負けた」

「はぁ、久々に良い運動になりましたよ。ありがとうございました。渦潮の魔王ランシア=トラク」


 地面に仰向けに寝そべったまま、ランシアは歯を剥き出しに笑っていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 第二の魔王(;゜Д゜) こいつぁ第三第四もいますね(;゜Д゜)
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