次帰ったら
シーナの質問にゲオルグは唸る。すると顎に手を当てて、話題ひとつひとつを順序立てた。
「魔なる精霊が生物に宿ることで魔王は誕生する。ここで示す生物とは動物に限定しない。当然植物に宿ることもあるだろう」
予想通りの答えにシーナの双眸は見開かれ、口角は持ち上がる。しかしゲオルグの話はまだ終わってはいない。
ただし、とゲオルグは補足をつけた。
「植物は基本的にその場を移動することができない。これは儂の推論だが、魔なる精霊は植物を好まないだろう」
動物のように身動きを取れない植物が魔王になったところでメリットは少ないのだ。
数少ないメリットと言えば、食事を必要としないことだろうか。
「シーナさん。君は『不殺の魔王』と密接な関わりがあったな。もしも植物の魔王が誕生するならば、魔王になる前はどこかの御神木だったのかもしれん」
ゲオルグの推論。シーナの喉がきゅっと鳴る。
シーナが常々感じていた違和感――パープレア大樹海の植物はどうにもおかしい。たとえばシニカは樹海の外へ出ようとしない。
もし仮に外へ出ようとしないのではなく、外へ出れないのならば、喉の異物もストンと腹の中へ落ちる。
(シニカさんはあの樹海から出れないのかも? それだとしたら、魔なる精霊が融合した生物に何か問題があるのかしら?)
まるで『不殺の魔王』エフェドラ=シニカという存在を封じ込めているようにも見える紫色の植物。
今のシーナは樹海の植物が敵に見えていた。
「そう視野を狭めるな。あくまでも儂の推論だと話しただろう」
肩に手を乗せられてハッとする。
「シーナさん。君は思考の坩堝に落ちることが多いのではないか? 一度頭を空にしてくるといい」
ゲオルグの言葉にシーナはゆっくりと頷く。すると職員室を出て行った。
その日の晩。シーナは冬空の中、煉瓦造りの中を疾走していた。しっとりとした風は冷たい。
運動着で覆われていない首から上は棘に刺されたように痛かった。目的も特になく、ひたすら走ることだけに集中する。
――思考が散らかっている。
シーナの頭の中を一言で表すならば、『汚部屋』だろう。考えることが多すぎる故に全てが中途半端なのだ。
(ゲオルグ先生のアドバイスは適切だった。今は色々が多すぎるのよッ!)
シーナはジョギングの最中額を拭った。汗の雫が袖に染みる。ヒリヒリと赤い両手を握っては開く。
辺りはすっかり暗くなり、星の瞬きが見え始める。
「わぁ……!」
満天の星空に足を止める。温まった両足に、首元からは湯気が立つ。しばらく空を眺めていると、シーナは来た道を引き返す。
空を見上げては足元を確認し、また空を眺めてしまうシーナであった。
***
翌朝、目が覚める。カーテンの外はまだ薄暗く、青白い光が隙間を縫う。
「んぅ……」
ベッドを出て着替えを済ませると、リビングルームへ向かう。火で湯を沸かしコップへ注ぐ。シーナは白湯を啜った。身体を温めつつ、溜め息をつく。
この時間、マグとノリアは起床していない。シーナひとりに許されたくつろぎの時間。悩みを誰にでもなく吐き出すことのできる時間なのである。
シニカの周りに生い茂る紫色の木々。あの植物の正体は一体何なのか。もしくは、シニカの正体は誰だったのか。ますます疑問が増えていく。
「……帰ったらシニカさんに聞いてみる、それしかないわね」
シーナは当初の目的だった魔法薬の講義が早く始まらないものかと、期待を募らせる。
「ふぁ〜、おはようシーナさん」
ノリアが起床した。欠伸をしながら階段を降りてくる。身支度は整えておらず、未だパジャマ姿であった。
ノリアに続き、マグもリビングへ降りる。既に私服に着替えたマグは開口一番。
「ノリア、今日は出かけるんじゃなかったのか?」
「あ!」
パジャマ姿のノリアを見て指摘した。
この日は幸いにも祝日。三人でどこかへ外出する予定だったのだ。
「私、着替えてくるね。お兄ちゃんもシーナさんも少し待ってて!」
するとノリアは猛ダッシュで階段を登っていった。
慌ただしい様子に誰かが溜め息をついたのは、言うまでもない。
「ノリア、置いていくぞー」
「あ! ちょっと待って!!」
シーナ達三人は街へ繰り出すべく、身支度を整えていた。
季節は真冬。着替える瞬間はいつにも増して冷感が肌を刺す。パジャマを洗濯籠に入れ、ブラウスやシャツ、コートを着込むとシーナ達は部屋を出る。
「早くー! お兄ちゃん置いていっちゃうよー!」
ノリアの声色は軽い。加護の件やら何やら慌ただしかったためか、久しく街を散策できていなかったのだ。今にも飛び跳ねそうな勢いでノリアは先を急いでいる。
露店からは肉の煙があがり、隣でマグの食指は動く。
「これ、買ってもいいか?」
「私の分もお願い」
「お兄ちゃん私も!」
結局、串焼きを三人分購入し、それぞれ分配した。食べ歩きしつつ雑貨店を回ったり、あるいは人の流れに身を任せたり。
気がつけば日が西に傾き始めていた。




