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森の導の植物少女  作者: 文壱文(ふーみん)
第四章 大烏の都
40/50

衰亡のオーバット

 戦火が国土全土に広がる。あちらこちらで聞こえる悲鳴、そして阿鼻叫喚。

 マグたちの出身地、オーバットは隣国のファルカトより侵攻を受けていた。農村が多いオーバットはその土地柄、自然に恵まれている。

 故にその資源を狙う国は多い。

 王はすでに没しており、王太子であるマグもまだ知識と経験に乏しかった。




 夜空が赤く光る。それが炎だと気がついた頃には時すでに遅し。王宮の外壁に火球が着弾していた。次々と流れる炎の雨に兵を掻き集める余裕もない。

 王宮内は既に混乱の渦に飲み込まれていた。


「マグ様。ノリア様を連れて今すぐにでもお逃げください」

「嫌だ。皆を見捨てて逃げるなんてできない!」

「まず御身が優先にございます! さあ、お逃げになってください!!」


 従者たちが口を揃える。どうにも納得できないマグだったが、従者の一人がマグの肩に触れた。真摯に訴えかける従者の姿にマグは首を頷かせた。

 裏手のドアの前まで移動するとマグは森の中へ逃げた。ノリアを連れ、遠くへ逃げ出した。


「どうか、ご無事で……」


 マグに仕えていた少女は彼の無事を祈り涙を流す。

 そして従者たちは一斉にナイフを取り出した。逆手に刃を握り、火球の飛来する方角へ一直線に走る。

 ファルカト国の戦力は強大。対してオーバットはただ土地に恵まれただけの弱小国家。

 この戦争に勝つことはできないと従者の誰もが理解している。それでもマグたちが無事でいれるように立ち向かった。


 敵の位置はそれほど遠くはなく、少し走り続ければ見つけられるくらいの距離。

 王宮近くの畑──高く聳える向日葵の影に、敵は潜んでいた。

 接敵した直後、炎の(つぶて)が迫る。

 従者たちは鮮やかな体捌きで礫をかわす。そしてナイフで一人一人、確実に捌いていく。

 不意打ちのように魔法が飛び交う状況で、少女(シノメ)は勝負を焦った。


 手に握ったナイフが敵兵の喉元を割く。風船の裂けるような音に顔を顰めるシノメ。

 その瞬間、何者かに手を掴まれる。その手は喉元を引き裂かれた敵国の兵士のものだった。掠れた声と吐息で何かを叫んでいる様子だ。


 瞬間、耳元を何かが通り抜けた。髪の数本と頬の表面を抉り取っていく。

 矢による攻撃。敵兵はシノメを拘束するために手を握っていたのだと、ようやく理解する。


「ッ!?」


 思いのほか掴む力が強かったのか、手を振りほどくことができない。次はシノメの眉間目掛けて、何者かが矢を(つが)える。


「────っ!!」


 声が出せない。

 シノメは強く目を瞑り、顔を下に向けた。しかし、訪れるはずの鈍い痛みはやって来ない。恐る恐る目を開けるが、シノメの瞳孔は更に見開かれることとなった。


「そんな、どうして」


 シノメが生きている理由──それはマグの従者、その一人がシノメを庇っていたからである。その顔は窺えず、足先は敵兵を向いていた。

 彼女を庇った女性は矢の的となり、大腿部、肩部、胸部など至る所から出血している。やがて後方へ倒れてしまった。


「シノメ、マグ様を追いかけなさい。生きているのかどうか、その安否だけでも構いません。どうか……お願いです」


 遺言に突き動かされるかの如く、シノメは走り出す。手放したナイフの代わりに不得意な魔法で道を切り拓く。

 シノメの左手からは炎が溢れていた。




 王宮のはずれ、近くの森。火の気は届いていないが、マグの足跡は一向に見つからない。仮に真っ直ぐ進んだとして村落があるとも思えなかった。


 ──目の前を真っ直ぐ進んだ先はパープレア大樹海なのだから集落なんてあるはずがない。


 シノメは唇を噛んだ。


 ***


 それからというもの、同胞からの音沙汰はない。実質、敵前逃亡してしまったということだ。マグを発見することも叶わず、志を同じくしていた者たちも殺められてしまっただろう。


 ──物心ついた頃には北の大地へ身を投げていた。


 何を考えて北へ進んだのかは彼女にも分からない。あるいは死に場所を求めていたのかもしれない。


 ヨークインは魔王の治める都市とだけあり、道を歩く人も多様だ。動物の耳を生やした者や、耳の形が異なる者。額から角が伸びている者など、多岐に渡る。

 しかし街を歩く人々の顔は窺い知れない。シノメは顔を下に向け、亡霊の如く彷徨っていた。


「マグ様」


 思わず口から名前が飛び出すも、仕えるべき人はここにいない。シノメは目的を失ったまま街を歩く。足取りはどうにも重たかった。

 視界はくるりと一回転して、鈍い痛みがやって来る。

 路銀はとうに底を尽いており、歩く気力もない。だらりと伸びた足先には力が入っていなかった。

 空腹と衰弱で意識が朦朧とするが、目下の隈がシノメの心境を物語っていた。


 ──すなわち、マグを見つけるまでは死ねないと。


「おやおや、どうしてこんな所で倒れてるんや? お主、動けるか!?」


 艶のある声。

 女性は紅色の唐傘で顔を隠している。表情は窺えないが、艶やかな黒髪が肩から下へ伸びていた。辛うじて見えた女性の素顔は、誰も彼も視線を集めてしまうような──絶世の美女だったという。




「目覚めたか?」


 首を回して声の主を探すと鏡の前に十二単を身に纏った女性の姿があった。


「こ、ここは?」

「ここはあての屋敷やで。お主はこの近くで倒れていたんや」


 見慣れない天井と煌びやかな内装と壁紙。オーバットの王宮よりも華やかだとシノメは思う。


「どうした私を助けてくれたのですか? 私は……」


 死にたかった、とは到底言えない。シノメは顔を俯かせた。


「なんや? 死にたかったのか? とてもそうには見えんがな」

「私は!!」


 女性の言葉に鋭敏な反応を返すシノメ。自身を否定されたような気がしたのだ。

 そんな様子に女性は、ベッドサイドまでやって来ると部屋の鏡を指さして怒鳴った。


「今お主がどんな顔をしているのか、その目で確り確認してみい!」


 ベッドから起き上がり、恐る恐る鏡の前に立つ。

 シノメの目は、まだ諦めきれていなかった。


「お主、何かを探しているみたいやな? 捜し物を見つけるまで、あての元で仕えてみないか? さすればお主の命と生活を保証してみせよう」

「っ!? 貴女はまさか『黄昏の魔王』……!」

「せやせや。あての名は『黄昏の魔王』リンフィア=アンカー。これでも魔王の端くれをやっとる」


 シノメの瞳孔が見開かれる。

 この瞬間、シノメの命は『黄昏の魔王』によって繋ぎ止められたのだった。

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