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森の導の植物少女  作者: 文壱文(ふーみん)
第二章 エルフの園
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長命種-7

 薬を配っては、湯を沸かす。その流れの繰り返し。湯気で火照る身体と額の汗は彼女らの頑張りを証明していた。

 住居ひとつを借りて、ひたすら同じ作業をこなすシーナ達だったが、お茶を受け取りに来たエルフ達は皆同じものを身につけている。


「マグが靴を……こんなに早く!?」


 ただでさえ編み物は膨大な時間がかかる。それを量産するなどきっと出来ないだろうとシーナは考えていた。

 しかし何故だろうか。エルフは皆、足袋を履いている。


「マグ、どうして。どうしてなの?」


 シーナの脳裏に失敗がちらつく。

 言葉に出さないにしても、内心では「どうして私の邪魔をするの?」と問う。湯気の熱気もあってか、思考が綺麗に纏まってくれない。


「シーナ、大丈夫? すごい顔してるけど」

「ええ、大丈夫よ……私は」


 フィーロから心配の声。彼女の肩に手を乗せ、シーナの様子を窺っている。シーナの視線の先は常に鍋に張られた水面があった。


「もう! 明らかに大丈夫じゃないでしょう!」


 堪忍袋の緒が切れた音。アーレは声高に叫ぶ。

 肩に乗せられた手を無理やり引き剥がし、アーレはシーナの両肩をがしりと掴んだ。


「ちょっと、何してるのアーレ!?」

「そんなの決まってるよ。シーナを鍋から遠ざけるの! 多分、力ずくじゃないと従ってくれない」


 アーレはそのように一言付け足して、フィーロを睨みつける。

 眼力に込められた意味。

 ──それすなわち、「一緒に手伝え」と。


「うん、分かったよ」


 フィーロは頷くと、未だに手を動かそうとしているシーナを押さえつける。


「嫌! 離して! ……お願いだから、離してよ」

「何を言おうと離さないよ。だってシーナ、自分がどんな顔をしているか見えてる?」


 アーレの言葉でシーナはふと、鍋の中──水面に映りこんだ自分に気づく。水の中にいた自分(シーナ)は酷く歪んだ表情(かお)だった。眉間には皺が寄り、顔色も悪く、疲れが目に現れている。

 少なくとも、男性の前で見せられる表情ではない。


「一旦、顔でも洗ってきなよ」


 感情の入り乱れるシーナに対し、アーレはそう諭す。涙を零しながらシーナは洗面所へ走っていった。


「……ここにシニカさんは、いるはずもないのに」


 去り際の一言。アーレの耳は聴き逃さなかった。


 ***


「どうして上手くいかないんだろう」


 本心が口から(こぼ)れる。顔を冷水で洗い流し、シーナは己に喝を入れた。この冷たさがどうにも心を抉ってくる。

 自分はシーナ以外の誰でもないのだと実感させられるのだ。どれほど頑張ってもシニカには届かない。

 自然と涙が出てしまう。不甲斐ない自分にシーナは、地面にぺたりと座り込んでしまった。


「もう、何をやってるのよ。本当の私はそんなものじゃないでしょう」


 自分を擁護する言葉が自身の口から出ていたことに目を見開くシーナ。


「……シーナ!」


 誰かがシーナの名前を呼ぶ。振り返るとそこにはマグの姿、息を切らし、膝に手と体重を預けて肩を上下させている。


「どうしてマグがここに?」

「ふ……はぁ、はぁ。フィーロに場所を聞いた……からな」


 荒い呼吸を繰り返しながらも、マグは経緯を話す。そしてマグは脈絡のない言葉を吐き出した。


「お前はシニカじゃないし、シニカにはなれない」

「っ!?」


 突然の言葉にシーナはマグを睨むが、すぐに顔を俯かせてしまう。


「だから、シーナはシーナで出来ることをやればいいんじゃないか? 一緒にエルフの人達を助けよう」


 マグは提案する。

 涙でくしゃくしゃになった顔を両手で拭い、差し出された右手を握った。マグはシーナを引き上げ、両肩に手を乗せる。


「俺はお前の力になりたい」


 真摯な眼差しで、話しかけるマグ。

 やがて恥ずかしさを覚えたのか、シーナは視線を逸らした。桶の中の水に映りこんだ自分を見て、シーナは口を開く。


「見えてなかったのは、私のほうだ」


 シーナはシニカにはなれない。そして同時に理解する。マグには周囲が見えていて、常に先を見据えていたのだと。

 潤んだ瞳でマグを見つめ、そして部屋の外へ視線を向ける。


「マグ、ひとつだけお願いがあるんだけど」

「なんだよ突然?」

「私の頬をぶってくれない?」


 予想だにしていなかったためにマグの思考が止まる。一瞬の間を空けたのち、マグは頷くと頬を平手打ちした。

 そして本気の拳がマグの腹を穿つ。


「うっ……ぷ、うえっ」


 腹を押さえて蹲るが、その姿勢から見えたシーナの横顔は明るい。シーナはマグに手を差し出して、花のような笑みを浮かべる。


「さあ、人助けの続きを始めましょ。マグ」

「ああ、もちろんだ! ……いや、仰せのままに。お嬢様」

「何言ってるのよ、早く戻るわよ。やること沢山あるんだから!」


 マグの軽口に冷たい目を向けるシーナだが、普段通りの彼女だとマグは確信した。

 マグの口元も無意識に綻んでいる。


「やっぱり、シーナはこうじゃないとな」


 最後にこぼれた本音は幸いにも、シーナの耳には届いていなかった。

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