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夕融けの零氷  作者: 蒼
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楽都 蒼鷹にて


その都市は、ひときわ賑やかだった。

 月詠(つくよみ)と呼ばれる大地の北西に位置する楽都“蒼鷹(そうよう)”。別名、白黒文明。

 月詠の地に点々と位置する村や街と比較してみると、都市全体の規模はそこまで大きいわけではない。

 だが、発展していないという意味合いとはかけ離れて、先人達の知識を駆使して造り上げられたこの地は、最新鋭技術を寄せ集めた結果と称しても過言ではないだろう。

 白黒の建造物が、奥に伸びている道を挟んで、所々に散らばって建てられていた。

 建物の形状は、縦に長かったり、横に広かったりと、大小まばらで、まるで統一性がなく、建ち連なるどれもが個性的であった。

 こぞって天を目指す白と黒の軍勢は、亭々たる佇まいも相俟って、異様な存在感を示していた。

 紫霄と共にカメラのワンフレームに収めたとして、決して馴染むことのない解像度の違うコラージュのように。

 白黒文明、と蒼鷹が呼ばれる由縁のひとつには、これがある。

 この都市は、他のどの村や街よりも音楽が盛んに行われており、昼夜問わず、あちらこちらから音が溢れ返っていた。

 流れる音調にまとまりはない。

 穏やかな波が緩やかに続くもの、激しく急速的で神経を駆り立てるもの、緩急の変化が甚だしく目立つもの…。

 それらは、区域ごとによって部類分けをされているようで、四方八方から聴こえる音楽は、まったく違うものであった。

 一部の界隈では、これらを“ロック”、“ポップス”、“ジャズ”、“クラシック”とジャンル分けをされたもので、とりわけ興に乗った者達が、それらに関心を持ち、爪先を向け、各々の任意によって分野を選び、進むのだ。

 

  ──そんな都市の一角。

 紅い着物を纏った人物が、悠々と亘理橋をくぐる。

 鳩尾から腰までの長さほどの鈍色のコルセットから視認できるように、その人物の体躯は布越しだが、女性のようにしなやかなアウトラインを描いていた。

 鳥の頭に獣の耳を取り付けたような半面を被っており、半面の頬部分には紅の線を三本、入り抜かれている。

 額から鼻下まで隠されているため、人物の顔は、口元と、葉の形状にくり抜かれた穴から除く目元以外露出していない。

 体躯のみならば、そこはかとなく女性的ではあるものの、さりとてはっきりとした性別までは分からなかった。

 その人物が橋をくぐれば、紅鏡により照らされ鮮やかな色彩を放っていた景色はやや暗くなり、明度が低く変化する。

 壁際には、長期間放置されているのか、砂埃を被った木箱が数個、階段のように積み上げられており、上に硝子の割れたランプが置かれている。

 持ち手は外れ、鉄部分もへこみ、見るからに使い物にならなそうだ。

 橋の裏には蜘蛛の巣が張られていた。

 人間が編んだ縫い物のように繊細で見事な出来栄えであり、とても頑丈そうだ。

 中央には主であろう腹の丸い大ぶりな個体と、両脇には小ぶりな個体が二匹、獲物を虎視眈々と待ち構えている。

 一体どれ程の刻、手入れを施されていないのだろう。引き伸ばされている煉瓦の通路にも砂利が散らばり、踏みしめる度に音が反響する。

 数歩進み、やがて遮られていた陽が頭上に現れ、間もなく周囲や足元を明るくした。


 途端に、鼓膜を揺さぶる、これは…音楽だ。

 どうやら、仮面の彼から数メートル離れたところで楽器を持った人間がひとり、路上演奏をしているようで。壁を背に小さな椅子に座り、語り弾いていた。

 ゆっくりと観客に囁きかける歌声は漣よりも優しく、夜明けと共に水面に写る地平線の朝やけの穏やかさを連想させる。不思議にも安堵感を覚えてしまう静けさ。肌を撫でる柔らかな風が心地いい。

 周りには数人、彼を囲うように集まり、みな彼の奏でる音に耳を傾ける。

 その光景に仮面の人物は、聴こえてくる音楽に合わせて機嫌良く鼻歌を鳴らし始めると、四拍のリズムに合わせて緩やかに頭を揺らす。それから前に踏み出した。

 すると――。

 

 ふと、目の前に影が落ちる。

 同時に一瞬で濃くなった気配に、仮面の彼が反応するし紅鏡の昇っていた方角へと視線を向けた。仮面の窪みから覗く瞳に写ったのは、腕を大きく振りかぶっている……瞬時に理解できたのは、そこまでだ。そして次に捉えたのは、腕を勢いよく振り下ろす間際――それは大鎌だった。

 仮面の彼は、反射的に後方へ素早く飛び退く。刃は彼がいた場所を叩き、切っ先は瓦礫を割って埋もれる。

 相当な威力から、明確な殺意を宿した一撃であった筈だ。いや、分析などしなくとも、先程の挙動から彼に危害を加えようとした確かな意思が在るであろう事は、火を見るより明らかだ。

 仮面の彼は顎を向ける。視界に捉えたのは、高く結い上げた赤紫の髪を揺らしながら大鎌を持ち上げる女性の姿。紅鏡を背に、紫黄水晶の炯眼が再び彼へと焦点を定め、女性は体勢を整える。――次が、くるか。仮面の彼は突然の事態に動揺する素振りもなく、臨機に呼吸を止め、動きを逃さぬよう観察と沈黙に徹す。

 …女性がやや屈み、ぐっと足に力を入れた。


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