季節外れのかき氷
まごう事なき氷の暖簾だった。和菓子屋さんの軒先に氷の暖簾。違和感があるような,ないような。これは氷の販売許可証なんだそうだ。
「本当にたべる気か?かき氷」
「寒い時ほどアイスと一緒だしー。美味しいよ…多分」
「多分って」
呆れながらも引き戸を開けて翔も店の中に入っていく。
カランカラン
と呼び鈴が鳴って奥からでてきた黒いプルオーバーに和エプロンをした売り子さんが応対した。
「いらっしゃいませ」
「氷ください」
茉琳が笑顔全開、手まで振って頼んでみる。
「氷…?」
相手はキョトンとしている。
「かき氷でした。外に暖簾があったんで。是非ください」
「ちょっと待っててね」
といって奥に売り子さんが引っ込んだ。
「ないのかなぁ?」
「そんな雰囲気じゃなかったよ」
そんなおしゃべりをしていると、容器に一塊の氷を入れて売り子さんが出てきた。
「よかったです、冷凍庫に氷が残ってました」
「ヤッタァ、何かけようかな」
茉琳は壁に貼ってあるお品書きを見てる。
「イチゴ、メロン、グレープ、レモン、マンゴー、ここはやっぱりブルーハワイで」
「何がやっぱりなんだか。俺は宇治金時にミルクで」
「えっ、ミルクあるの! お姉さん、ミルク追加でマシマシでお願い」
「ブルーハワイのミルクかけ、宇治金時のミルクかけですね。奥にあるテーブルでお待ちください」
売り子さんの案内で店の奥へ。奥の小じんまりとしたスペースにた太い丸太を真っ二つに割ったテーブルがおいてある。6人も座れば、満席になる。
シヤッ シヤッ シヤッ シヤッ
2人のすぐそばのカウンターにある鋳鉄製の氷スライサーがブロック氷を回転させ、削っていく。茉琳なテーブルについて、両掌の母指球を頬につけて微笑みを見せている。
「この音、聞いてるとワクワクするぅ」
「確かにな。しばらくかき氷なんて食べてなかったけど、期待感半端ないって」
そのうちに青と深緑の色のついた氷が入った発泡スチロールのカップが出されてきた。
「お待ち堂様でした。宇治金時とブルーハワイ、ミルクマシマシで」
両手をあげて茉琳は喜んでいる。
「キレーな青だしー。美味しそう。翔のも食べさせてね」
「デザートグラスなら、もっと気分でたかなぁ」
「すいませんね。元々、露店用ので用意してたんで、色々足りないんですね。はい、スプーンストローです。お客さんは1番目なんですよ」
申し訳なさそうに売り子さんは話しをしてくれた。
「1番だって、よかったねー、翔」
ニコニコと青と白に彩られたかき氷を茉琳は口に運んでいく。
「茉琳、そんなに掻き込むと……」
「う〜」
スプーンストローを持ったまま、茉琳は手のひらの母指球で顳顬を抑えて苦悶し出した。
「キーンってきたぁ、治らないよー」
「それ見な、慌てて掻き込むから、そうなっちゃうんだよ」
と翔はゆっくりと味わうように氷を口に入れていく。
「う〜」
翔も顳顬を人差し指の関節で揉んでいる。
「キーンってきた」
「みなっシー」
たい焼き屋まで歩き、食べて、お寺まで移動と体を動かして水分を欲していたんだろう、黙々、シャキシャキとスプーンストローをすすめていく。
すると突然、茉琳が自分の携帯を取り出して画面を見だした。更に口を開けて。
「見てみて、翔。舌が青くなってるよ」
デロンと舌をを出して茉琳は翔に見せた。舌先をウニウニ動かして淫美に見せようとはしているのだが、翔はそれから視線を外し、顔を背けて、
「茉琳、可愛い女の子は、大口開けて舌なんか見せないよ」
茉琳は目を見開き、舌を引っ込めて両手で口を隠す。
「これなら良い? 可愛い?」
茉琳は唇から少しだけ舌を出してきた。
「おう、カワイ かわい 可愛いよ」
「なんか事務的なりー」
翔が目を逸らしたのは理由がある。茉琳が舌を出して見せびらかした時に見えたのだ、舌にある3箇所の凹み。ボディピアスでタンセンターと言われる舌の真ん中に1箇所、その左右のタンリムと呼ばれるところにひとつづつの2箇所。ピアスは外しているのだが、跡が無くなり元に戻るのには時間がかかる。痛々しくて見てられなかったのであった。
かき氷は季節外れではあったのだが以外にも美味しかったことに満足して店を後にした。
「デザイングラスは考えておきます。またのお越しを」
歩き回って、燥ぎ回って疲れたのだろう、茉琳は帰りの電車で翔の肩に寄り添い、寝てしまっている。
翔は誰に聞かせるでもないのに、
「まさか、茉琳と遊ぶようになるとはなぁ。人違いだったんだよ。なのになぁ」
一人愚痴る。すると、
『翔くん、たい焼きもっと』
「?」
寝言であったのだが、翔はびくんと肩を揺らしてしまう。
「なんで茉莉と同じに聞こえるのかなぁ」
翔には記憶にある友人でもあった彼女の顔と茉琳の寝顔が重なって見えるのだった。