遅くなった贈り物
校舎と校舎の間にある中庭のベンチに座って日向翔は途方に暮れていた。
キャンバスに来たものの,急に講義が休みになってしまった。あまりにもいきなりだったんで、行くところもなくベンチに座ってぼーっとしているしかなかったったりする。
ハッと思いたって翔はデイバックから大手通販の茶色のパッケージを取り出した。
しばらく前に友人へのプレゼントのつもりでネットで頼んだ本なのだが、出版が遅れたため彼の地元に配送されたものの、進学で単身、大学に来た翔は自宅での受け取りができなかった。
気を利かせて親が翔の下宿先へ送ってくれたのだが,このプレゼントを贈る相手は、この世にはいない。既に亡くなってしまっていた。癌だったのだ。そのね本を読んでもらうことは,もちろん一緒に空へ送ることも、地に帰すこともできなかった。
「発売が遅れたなんて、言い訳になるかなぁ」
ひとりごちてプレゼントのパッケージを開き,中身を取り出してみると表紙を黄色のカラーで装丁された、手のひらサイズのミニ本。それをジッと眺めていると、
「見ぃーつけたぁなりぃ」
いきなり、肩口から頭が現れ、翔は声を掛けられた
。そして,甘い香りが頭を包みこむ。
「うわぁ、その声! 茉琳か?」
「そうなし。翔、こんなところでどうしたなりか?」
驚いた翔が振り向くと、同じ大学に通う茉琳がいる。ブリーチをして黄色に染めた長い髪が見えた。手入れが良くないのか髪がよれていたりする。毛の生際の黒髪の部分がも増えてプリンと呼ばれる部分も大きくなっていた。
折角、顔つきも整っているというのに、どことなくピントのズレた表情となってしまっている。
翔は動揺から立ち直り、息を整えた。
「講義が休みになって休憩してる。茉琳こそ,どうしたの? 講義じゃないのか、休講にでもなったのか」
「違うなし、ウチはサボリぃ。ちょっとケーキ屋さんに行ってたえ。話題のスィーツなりね。人気があって、朝早くから行って並ばないと売り切うなしよ」
確かに茉琳はケーキ屋のPOPが印刷された紙袋を握っていた。甘い香りはその袋から香っている。
「サボリって。茉琳! 1人で出歩いて大丈夫なの? 転んたりしなかった?」
「うん、大丈夫だったなしな。スィーツのことばかり考えて忘れていたなりよ。えへっ」
「えへっ,じゃないよ。全く。何事もなくてよかったけど、心配するこっちの身にもなってくれよな」
「翔ぅ、ごめんえ。もう、しないから許してほしいなりよ」
茉琳は、肩を落としてしょんぼりしてしまう。そんな時、翔が手にしたものが、ふっと彼女の目に止まる。それを茉琳は気になったようで、翔の肩越しに彼の手元を覗き込む。
「何を持ってるえ? それって本なしか。何の本なり?」
「これか。これは詩集だよ。俺の知り合いが、以前欲しいって言ってたんだよ」
翔は、茉琳に本をかざす。
(これって、この前、私がファンシー雑貨本屋で探してたやつ。翔くん………)
茉琳の中にいる茉莉が彼が持つ本を見つめて、思わず呟いてしまった。
「茉琳,なんか言った?」
「ううん、言ってないしぃ。でも、翔がポエムなんて意外なり」
「俺じゃないって。知り合いがだよ」
(そう、私が生きている時に教えたの)
「うーん、どうしよう」
翔は、唸って本を見つめ、じっと考え込むと、
「そうだ。茉琳、この本をあげるよ」
と、詩集を茉琳に差し出してしまった。意外な申し出に、茉琳は翔を見つめて聞き直してしまった。
「えっ、翔! ウチにくれるえ?」
「そっ、茉琳にプレゼントするよ」
「本当に、いいなり? ありがとなし、翔」
「貰ってくれると俺も嬉しいよ」
「そうなりな。喜んで貰うなしよ。これ、ウチの誕生日のプレゼントなり」
「「えっ、茉琳! 今日,誕生日なの?」」
どういう訳か、翔と茉琳、2人がハモって驚きの声をあげてしまった。
(何で教えてくれなかったのよ。お祝いぐらいしてあげたのに)
「そうなし、言ってなかったえ。今日はウチの誕生日なし。ドンドンドン バブゥ パフぅ。嬉しいなりよぉー」
茉琳は翔の手から奪い取るように詩集を受け取ると頬擦りせんばかりに喜びの声をあげる。
「驚いたよ。俺の知り合いも誕生日だったんだ」
(私も驚いたよ。茉琳と誕生日が同じだったなんて)
茉琳は、手元の詩集と翔を交互に伺いながら、恐る恐る、聞いて来た。
「でも、翔。本当にウチが貰って良かったなりか? 知り合いの人に送るんじゃなしえ?」
「そのつもりだったんだけど、贈る相手が居なくなったんだよなぁ」
「居なくなった? それって」
(そう、私は癌で翔を置いて死んでしまったの)
「今は天国にでもいると思うよ。俺の親友にして戦友な奴なんだ」
『翔くん………』
(そう、クラスのイジメにあっても2人で励ましあって頑張ったものね。貴方は私とって掛け替えのない人よ)
翔の話を聞いた茉琳は自分の胸を手で抑える。眉をギュッと顰めて何かを堪えるように唇を噛んで、
「だから、彼奴と誕生日が同じって何かの縁だと思うよ。だから、茉琳。それを受け取ってくれ。彼奴も喜ぶと思うんだ」
翔は茉琳に微笑みながら話しかける。
『翔………』
「どうかしたの? 茉琳」
(ああ、あなたの気遣いが嬉しいよ。ねえ、茉琳。翔の気持ちを気取ってくれる)
彼女の髪がまるで意を決したように振れる。
「おおきにな。翔。ウチは喜んで貰ってあげるさかいな。大事にするえ」
そして、パッと顔を上げると満面の笑みを翔に向けた。晴々とした笑顔を向けられ、翔の方が赤くなってしまう。
すると、茉琳は翔の隣に座ると手に持つ袋を開いて、ウキウキと中身のチーズケーキを取り出し並べていく。
「そならな、翔。みんなでお祝いしよーや。ウチと其奴の誕生日。丁度、ケーキも買ってきたさかい。中身は、美味いって評判のチーズケーキや。ほっぺが落っこちるぐらいおいし〜で」
そして、翔との間に置かれたケーキは三つ。
「ところで茉琳さん。なんで3個あるのかな」
「ウチがひとつでしょ。翔がひとつ。あれえ、おかしいな………、そうや! 翔の話してくれたん人がひとつや、ウチが代わりに食べてやるわ」
「でもね。二つも食べると、又、お腹ポッコリだよ、茉琳。いいの? 折角,頑張って,体を絞ったのにいいの?」
「ひどいなしい。そんなこと言わんといてや。明日から絶対、ダイエットするなしー」
「その言葉って失敗する人の常套句だけど」
「えっ! ダメなん」
茉琳は両手で口を塞いだ。
(翔のいけず。折角の雰囲気,壊さないでよ)
と茉莉は胸の内で頭を抱えてしまった。
「まぁ、でも、今日は目を瞑りましょう。茉琳の誕生日だもんね」
「やったあ。翔なら,そう言うてくれるって思ったで」
茉琳は両手を万歳させて喜んだ。そして,何を思ったか、翔の頭を抱え白分のタワワな胸に埋もれさせた。
「茉琳! 止めて。発作が出ちゃうから。知ってるでしょ。俺の体質」
(そうよ,何してるの。彼、過呼吸になって大変なんだから止めてえ)
「いやや、このまんまがええんやないかい。こんな気持ちいい奴、そんなにおらへんて」
茉琳は、更に強く翔に抱きつく。そしてタワワな胸に埋もれさせた。
「ちょっと、うぐっ。息が………、で、できない」
『ごらぁ茉琳! けしからん胸、押し付けるなぁ。私の翔を殺す気かあ」
茉琳の中に同居する茉莉の魂が彼女の所業に耐えきれず,叫び声を上げるまで揉み合いは続いたのだった。